時事寸評 書評コーナー

welcome to shimada's homepage

ブログ/2011-11-12

Top / ブログ / 2011-11-12
画像の説明

太平山登山

 今日は朝から快晴!こんなに天気がいいなら紅葉でも見に行こうか、ということに衆議?一決しました。日光のいろは坂に行くか、長瀞にでも、という意見もありましたが、もうチョイ手軽に太平山登山で我慢しようということになりました。
 太平山は、東武日光線で新大平下駅で下車するのが一番の近道。早速、リュックを担いで出かけました。昼食は茶店で美味しいものを食べようということになり、持参せず。
 杉戸高野台駅で乗車。新大平下駅で下車し、歩いて登り始めました。途中、道を間違えたらしく、大中寺の方に向かってしまいました。大中寺は、戦国時代末期に越後の上杉謙信の叔父の快叟良慶が大中寺の住職だったことから、当時焼失していた七堂伽藍を上杉氏が寄進、また永禄12年(1569年)上杉・北条の両氏がこの寺で和を結んだ(越相同盟)ことでも有名なんだそうです。

画像の説明

大中寺から太平山へ 

 この大中寺から太平山に登るためには、かなり遠回りになってしまったようです。大中寺に到着したのはいいものの、文字通り人っ子一人いず、お坊さんの姿も見当たらない。登山道も分からずウロウロしていたところ、リュックを背負った中年のおば様が、一人どこからか現れて、登山道の入り口を教えてくれました。
 ハイカー用の登山道なのですが、岩だらけで結構きつい勾配。息をぜいぜい吐きながら、ひとしきり登りました。時既に1時近くになっていたので、焦りました。それでも何とか、太平山の近くまでたどり着くことができました。観光客の車がかなりの量縦列駐車しており、結構お客で賑わっていました。一時過ぎでしたが、皆さん栃木市内を一望できる縁台に座り、道路の反対側のお店から卵焼きやら、団子、そばやうどん、中にはビールなどを注文している人もいました。帰りには車の運転があるので、私はビールを飲んでいる人を羨望の目で眺めておりました。

画像の説明

お弁当お弁当!

 
 私らも一番高いところにあるお店に入り、お団子と卵焼き、それに天ぷらそばを注文しました。ゼイゼイ言いながら登ってきたので、何でも美味しくいただきました。見ていると、ほとんどのお客は、車で登ってきちゃうんですね。せっかく近場の山に登るのに、何も車で登らなくてもいいのに、とも思いましたが、大きなお世話ですね。

画像の説明

そして山頂へ

 遅めの昼食後、更に、太平山の山頂を確認しようということになり、頂上を目指しました。矢印があり、「頂上まで5分」との表示に促され、登り始めました。昼食で腹が膨れていたことと、休んだあとだったせいか、やたらに足が重く、とても5分でなんか登れませんでした。多分たっぷり20分はかかったと思います。「あの5分という表示は間違っている」とぶつくさ言いながら、登った山頂には、高揚感を増すような景色や看板は何一つなく、ただ、一本の松の木に小さく「341m」という観察札(下の写真参照)のようなものがくくりつけられていただけでした。周りの木に遮られて景色は全く拝めません。もう少し観光地らしく、商売気を出して整備してもいいのにとも思いましたが、今の時代、こういう素朴さが案外受けるのかもしれませんね。

画像の説明

 下りは、ほとんど車道に沿って歩いたので、あっという間に下山してしましました。最近はほとんど山歩きをしていなかったので、ふくらはぎが痛くなり、明日は「痛てて痛てて」といいながら歩くことになるのかと心配しました。
 下りきったところ、太平山の門番のような位置に国学院栃木高校がありました。時刻表をみたら、1時間後に来るというバス停で待っていたら、スクールバスの案内人のような人が、「すぐに出発するスクールバスに乗れますよ」と言うので、一緒に乗せてもらうことにしました。スクールバスですから途中では一切停車せず、まっすぐに栃木駅に向かいました。ほかにも何人か登山客が乗り合わせていましたが、何だかのんびりした田舎に来たようで、爽快な気分で帰途につくことができました。



コメント


認証コード(4135)

powered by Quick Homepage Maker 5.1
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional