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ブログ/2012-01-01

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謹賀新年

狂奔の一年

 明けまししおめでとうございます。今日から新しい年の始まりです。昨年は、本当に大変な年でしたね。未曾有(「みぞうゆう」と呼んでいたマンガ好きの総理大臣がいましたね。)の東日本大震災とそれに続く津波と原発事故。本当に日本中が狂奔した一年でした。
 しかし、日本人は、これまで天地を揺るがすような大きな出来事が起きた後には、必ず飛躍的な復活を遂げてきました。明治維新や太平洋戦争の敗北などはその例でしょう。それまでションマゲを結い刀をさし、将軍による幕藩体制によって統治されていた社会が、いきなり天皇を推戴し、ざんぎり頭になって文明開化の社会を作るっていうんですから、天地のひっくり返るような激変だったと思います。

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敗戦はより悲惨

 私が2歳の時、太平洋戦争の敗北がありました。この敗戦という事実は、東日本大震災の何倍にも相当する大激震であったはずです。日本の多くの都市は、米軍のB29によって空襲を受け、最後のとどめは2発の原子爆弾の投下でした。東京も空襲の波状攻撃を受け、東京中が火の海になり、何もかも失ってしまいました。日本の家屋はほとんどが木造ですから、火災には弱い。米軍はそのことを知りつくして、四角形になるように焼夷弾を投下し、逃げ道を塞いだんです。要するに非戦闘員を含めた皆殺し作戦です。私はその時に撮影された死者累々の生々しい記録写真を図書館で見たことがありますが、とても正視するに堪えない惨状でした。
 また、それに続く耐乏正活は、東日本大震災の比ではなかったと思います。「仮設住宅が足りない!」「ボランティアが足りない!」というレベルの話ではありません。そもそも仮設住宅などを行政に要求できるような状況にはなく、ボランティアという概念すらありませんでした。しかも、経済的にはハイパーインフレーションという怪物が、国民を襲っていました。私も幼な心に少しは覚えていますが、人々は自分の食べるものを得るために、官憲の目を盗んで買い出しに行っていたものです。買い出し列車は、ヤミ米列車と言われるように、文字通り、列車の屋根にまでよじ登り、人々は必死になって生き延びようとしていました。

日はまた昇る

 しかし、そのような悲惨な体験をした国民も、このように立派に立ち直ってきました。今の政治家はお世辞にも立派とは言えませんが、国民の知的レベルは高いのです。これから東北地方がどのように復活を遂げていくのか分かりませんが、元来は知的レベルが高く、潜在的には進取の気性、改革意欲の横溢している国民性ですから、間違いなく、見事に復活していくものと思っています。
 今日は元旦、天気も曇天で快晴とはいきませんが、皆さん、元気を出して歩いていこうではありませんか。きっと希望の持てる明るい未来が待っています。私も、微力ながら少しでも世の中のお役に立つことができればという気持ちで一杯です。この度の大震災を経験したことによって、多くの日本人も、同じような気持ちを強くしているのではないでしょうか。本年も、何卒よろしくお願いいたします。



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