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ブログ/2013-03-20

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遅めのひな祭りをしました

 今日は、少し遅めですが、孫のひな祭りをしました。3月3日は、関係者の協議が調わず、日延べになったんですね。左奥に鎮座している三段飾りのお雛様は、ご覧のように、この家の棚のため特別に誂えたようにぴったりと納まっています。

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 今日は、当家と娘婿のご両親双方を交えての、合同ひな祭りというわけです。ひな祭りと言っても、要するに、みんなが顔を合わせて食事会をする、というだけのものなんですけどね。何のことはない、食事の支度をする主婦にすべての負担がのしかかるだけという、昔ながらの行事に過ぎません。
 前日には孫の幼稚園の卒園式もあったんですが、卒園式には、親1人分の席しか用意されていないというので、当然、我々も欠席しました。入園式は何の制限もなかったのに、なぜ卒園式だけ親1人分だけに制限する必要があるのか全く理解できませんでした。
 その理由が分かりました。写真撮影などを禁止し、園側が雇った専属のカメラマンが撮影し、それを卒園アルバムとして、1部3千円で父兄に販売するんだそうです。なるほどなるほど納得です。父兄が来るとみんなデジカメで撮影してしまうので、記念アルバムが売れなくなってしまうんですね。

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 それにしても今日の主役である孫娘は、つい4日前、3月16日に晴れて1歳の誕生日を迎えました。日ごとに成長が感じられ、可愛らしさも増してきています。1歳前後というのは、ハイハイと独り立ちの中間くらいの段階ですね。まだ1人歩きはできませんが、伝い歩きは得意です。
 言葉も、まだ「パパ」と「ジイジ」位しか話せません。もっとも、パパの発音ははっきり分かりますが、ジイジの方は、贔屓目に聞いていればそのようにも聞こえる、というレベルです。普通は、「ママ」が最初に覚える言葉だと思うんですが、この孫娘は、なぜかパパとジイジなんです。もっとも、私が行ったときは、自分の顔を指押さして、何度も「ジイジ」と言うように調教しているし、婿さんも、風呂に入れるときに「パパ」と言えるように特訓しているらしいので、当然と言えば当然なんですね。

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 このくらいの子供というのは、音感もいいんでしょうか。ちょっとした音楽が聞こえると、体全体でリズムをとるんです。私は小学校に入ってやっとカスタネットを持たしてもらい、猿のようにカタカタ鳴らしたのが初体験でしたから、音感とはほど遠い生活でした。長じて「ど演歌とカラオケ」しか能がないというのは、そのせいだと勝手に解釈しています。
 右の写真には、前日19日にもらったばかりの卒園式の卒園証書も飾ってあります。幼稚園なんて学校じゃないんだから卒業証書なんて必要ないだろうと思っていましたが、とんでもない。しっかりと「当園の3カ年の過程を終了したことを証する」なんて偉そうに書いてあるんです。「ぼくの大学の卒業証書よりも立派だよ~!」と言ったんですが、ホントにすごいもんです。

 それにしても幼稚園なんて、私の子供頃にはありませんでした。世の中のどこかには存在したのかも知れませんが、少なくとも私の住んでいた那須地方にはありませんでした。ですから、私は小学校に行くまで、文字を書くことも読むこともできないのはもちろん、時計を読むことすらできませんでした。ひたすら外で遊ぶのが仕事でした。畑仕事をしている父から「今何時だ~」と聞かれると、走ってねじ巻き式のぼんぼん時計を見に行き、「長い針が9と10の間で、短い針が3と4の間だよ~」なんて答えていたものです。

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 兄弟は男ばかりの5人兄弟でしたから、遊ぶ相手に不自由することもありませんでした。小学校に入って初めて「文字」というものを学び、「あさひ」なんていう文字を鉛筆でなぞって書いた記憶があります。もちろん、テレビや洗濯機、冷蔵庫など文明の利器なんて何もない時代でした。朝から晩まで遊んで暗くなったら家に帰る、という原始的な生活でした。夕焼けの刻も過ぎ、暗くなってやっと家路につく頃に、裸電球に照らされて浮かび上がった障子戸の我が家の光景を、今でも鮮明に思い出すことができるのは不思議ですね。

 昔話をしていたら急に思い出しました。私は、小学校5年まで寝小便をしていました。すきま風の吹き込むボロ家で、せんべい布団1枚、薄い掛け布団が1枚、それに薄いペラペラの毛布が1枚だけだったんです。冬の那須地方は、とりわけ寒さが厳しいですから、布団に入っても寒くてなかなか寝付けないんですね。第一、布団が冷たくて、足を入れるのが辛かったんです。少しずつ足を入れ、徐々に暖めるようにして少しずつ中に潜り込んだものです。それでも寒いから、夜中に寝小便をしてしまう。寝小便をすると、せんべい布団を通過して畳に寝小便の痕跡が残ってしまうんです。そうすると、軍人上がりの父親に叱り飛ばされる。それが怖いので、夜中に寝小便をしているのに気づくと、飛び起きて、濡れたところが畳に触れないよう急いで持ち上げ、その持ち上げた部分を抱えるようにして寝たなんてこともありました。

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 寝小便をするのは、決まって夢の中で、おしっこをしている時です。道端で気持ちよくおしっこをしていると、徐々に腰の周りが生暖かくなるので、「あ、夢だったんだ」と気づき、慌てて敷き布団を持ち上げるんです。
 そのような時代に比べると、今は何というすばらしい豊かな時代になったのでしょうか。私の布団ですら羽布団ですよ、羽根布団!まあ、安物かも知れませんが、それでも私にとってはすべてが天国で生活しているような気分です。水道の蛇口をひねれば水が出るしお湯も出る。風呂だって指先ひとつで沸かせます。トイレも汲み取り式のボットン便所じゃありません。ご飯も火吹き竹で炊く必要がありません。雨漏りもしないしテレビもある。力道山を見るため、夜中に自転車を飛ばして犬に追いかけられる必要もないんです。洗濯機もあれば冷蔵庫もある。アイポットもあればパソコンもある。何の不満がありましょうか。
 最後に、作家曽野綾子さんも「老いの才覚」の一節を御紹介しておきましょう。(この記事は、私の「自己紹介」の欄でも紹介させて頂いています。)

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「一生の間に、ともかく雨露をしのぐ家に住んで、毎日食べるものがあった、という生活ができたのなら、その人の人生は基本的に「成功」だと思います。もしその家に風呂やトイレがあり、健康を害するほどの暑さや寒さから守られ、毎日乾いた布団に寝られて、ボロでもない衣服を身につけて暮らすことができ、毎日、おいしい食事をとり、戦乱に巻き込まれず、病気のときには医療を受けられるような生活ができたなら、その人の人生は地球レベルでも「かなり幸運」です。もしその人が、自分の好きな勉強をし、社会の一部に組み込まれて働き、愛も知り、人生の一部を選ぶことができ、自由に旅行し、好きな読書をし、趣味に生きる面も許され、家族や友達から信頼や尊敬、好意を受けたなら、もうそれだけで、その人の人生は文句なしに「大成功」だったと言えます。」
 



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