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ブログ/2014-03-16

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孫の誕生祝いに行ってきました

三家族揃っての誕生祝い

 私には2人の孫がいます。上が男の子、下が女の子です。今日は、下の女の子の誕生会というわけです。男の子は小学1年、女の子が2歳の誕生日ですから、5年違いということになるのでしょうか。

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 上の男の子は、久喜市と幸手市、隣接都市ということから、生まれた時から、家内が全面的に面倒を見ていたこともあり、我が家に入り浸り。我が家を自分の家と勘違いをしていたかのように、娘夫婦が迎えに来ても泣いて帰るのを嫌がったほどです。
 もっとも、その頃は、私もサラリーマンを退職し、持ち時間もたっぷりありました。朝から晩まで、公園で遊ばせたり電車の見物に行ったり、持てる時間の大半は孫との共通の時間でした。毎日が日曜日だったんです。

今は状況が一変

 ところが、今は、何かと気ぜわしいことが多くなり、現役に戻ったかのような忙しさです。先ず、本職の行政書士の仕事がポツポツと仕事が入るようになりました。また、立ち上げたNPO法人幸手げんき社のヨガ教室。これが毎月8回、午前中の開催で、これにも行かなければなりません。また、毎週2日、都内にアルバイトに通っています。その他に、那須にある農地を耕すため、毎月1回くらいは行かなければなりませんが、これも日帰りというわけにはいきません。

桃華と

 これらの行事を消化するだけでも、結構、時間はタイトです。しかも、毎月1回のカラオケ大会、毎週1回の飲み会等々、雑事は多く、年をとっている暇もありません。
 行政書士の仕事は、職務上の守秘義務があるので、この欄では極力触れないようにしていますが、結構、業務量があるんです。一つの仕事に着手すると、1月近くかかるようなケースも少なくありません。
 あ、そうそう、このホームページやNPO法人幸手げんき社のHPの管理、更には、家系図作成の別サイトも管理しているので、これらの保守管理にも結構時間を要します。

誕生会なんてなかった子供時代

 ところで、このような子供の誕生祝いなんて、いつ頃から始まった行事なんでしょうか。そもそも私が子供の頃、「誕生祝い」なんてものはありませんでした。昭和18年生まれの私は、今年誕生日が来れば71歳。「うわ~、そんな年かよ」、なんて自分でも嫌になります。その私がまだ紅顔(睾丸ではありません)の美少年であった頃、子供の誕生会なんてものはありませんでした。もっとも、その頃でも「お大尽様」、即ちお金持ちはいたわけで、そいう人たちの家庭では密かに誕生祝いの行事もあったのかもしれません。でも、少なくとも私の家はもちろん、ご近所の家でもそのような話は聞いたことがありません。きっと貧乏集落だったのかもしれません。

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 唯一、記憶に残っているのは、私が中学2年か3年の時です。母が私の誕生日に、無造作に「誕生日だからこれあげるよ」と言って50円玉を一個くれたんです。500円じゃありませんよ。その当時でも50円で買えるものは大したものは買えませんでした。多分、本一冊がギリギリ買えたかどうかというレベルだったと思います。
 でも、今でも強く印象に残っているということは、母が「自分の誕生日を覚えていてくれた」ということと、「初めて誕生日のお祝いをもらった」ということがインパクトになったのでしょう。
 何といってもその当時は、どこの家庭も子沢山でした。文字通り、「貧乏人の子沢山」だったんです。私の兄弟も5人兄弟。ほかの兄弟でも、親から誕生祝いをしてもらったという者は誰もいません。
 親からもらうものはと言えば、げんこつ位でした。軍人あがりで、獣医をしていた父は、背中にリュックを背負い、朝から晩まで自転車で往診をして回っていました。家に戻ってくるのは薬品の補充と新たな往診依頼を確認をするために戻ってくるだけという感じでした。それも軍隊で使っていた長靴を履いたまま座敷に入り、そのまま出ていくという毎日でした。
 子供たちはげんこつが怖いから、父が再度出発するまで正座をしてじっと待っていたものでした。こんな環境ですから、誕生祝いなんて遠い国のお伽噺話ですよね。

人間の幸福とは何でしょうか

 それに比べ、今の時代は、なんと恵まれた時代なのでしょうか。生まれた時からテレビや洗濯機、冷蔵庫など、三種の神器が揃っています。それどころか、テレビゲームにパソコン、携帯電話、いやスマホまで揃っているという時代です。
 でも人間にとって、幸福とは何でしょうか。どういう状態をいうのでしょうか。金銀財宝に囲まれ、侍従や侍女に囲まれ、キャデラックで送り迎えをしてもらうような生活を幸福というのでしょうか。私は、貧乏人の家に育ったせいか、そいう状態を幸福だとは思いません。むしろ、起きて半畳、寝て1畳のようなつましい生活でも、自分の周りに自分を信頼してくれる人が沢山いて、自分もその人たちを愛することができるならば、その方が遥かに幸せだと思います。

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 中国の諺に「乏しきを憂えず等しからざるを憂う」というのがあります。人間というものは貧乏なことには耐えられます。しかし不平等なことには耐えられません。今の中国、正にそれを実証していると思いませんか。
 そういう目で見ると、周囲が何不足のない環境にあり、しかも両親から愛され、双方のジジババからも愛されて育つ今の子供たち。不幸な筈がありません。このような絵に描いたような幸福な生活の先にあるものは、一体何なのか。私は、むしろその方が気になって仕方がありません。
 平均的な家庭ですら、得るべきものはほとんど手に入る。その先に努力して得るべき物っていったい何なんだろう、と思ってしまうんですね。
 マ~、考えすぎかもしれませんね。孫たちは孫たちで、また新たな価値観をみつけて生きていくことになるのでしょう。

 
 
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