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ブログ/2014-04-05

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高齢者こそ起業しましょうよ

カラオケ仲間とお花見をしました

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 今日は、例年通り、カラオケ仲間のお花見です。本来は、権現堂公園で行うべきところですが、何せこの時期、寒いことが多い。寒い上に風でも吹こうものなら、花見ではなく、寒さとの我慢比べになってしまいます。しかも雨模様ということも決して少なくありません。折角権現堂まで行ったのに、寒くて避難すべき場所もないということになると、我々高齢者集団にとっては大変つらいことになるんです。
 そこで昨年からは、方針を転換したんです。寒いときにすぐに逃げ込める場所の近くに陣取りをする。そう、いつも利用している飲み屋(=カラオケ居酒屋)の目の前でお花見をすることにしたんです。そうすれば、寒いときの避難場所にもなるし、トイレも使わせてもらえる。そのうえ、お花見終了時には、そのままカラオケの歌い放題となります。正に一石二鳥、いや一石三鳥です。
 

今年は晴天でした

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 ところが何と言うことでしょう。今年の天気は「全国的にハレ~!」だったんです。今朝までの天気予報でも、結構寒さが厳しいような情報だったので、みんな寒さ対策に力を入れていたんです。私も、ユニクロのヒートテックを上下に着込み、寒さに備えました。
 ですから照りつける太陽のため、暑くて暑くて堪りません。寒さではなく、暑さにじっと耐えました。肌着になってしまおうかと思うほどでした。
 有難いことにこの公園、我々のグループの貸し切りでした。昨年も貸し切りでした。この公園は、日頃、高齢者のゲートボール会場として利用されているところなんです。でも、結構桜の木があり、お花見が楽しめるんです。都会だったら、花見客で賑わうんじゃないんでしょうか。
 こんなに花見客が少ないということは、幸手では、ここ以外に花見の適地が他に沢山あるということでしょうね。

年をとって思うこと

 ところで、このお花見。あと何回見られるのでしょうか。70歳ともなると、どうしてもそんなことを考えてしまいます。人間の寿命ばかりは、神のみぞ知る、ですから、全く分かりません。国の統計によれば、男の寿命は大体79歳位ですから、あと9回位ということでしょうか。もっとも、最後の2,3回は、寝たきりか、夢の中を徘徊していたりして、見られないかもしれませんから、せいぜいあと6,7回ということになるのかもしれません。そう考えると、今のうちに頑張って見ておかなくちゃ~という気にもなります。
 それにしてもみなさん、定年になって家に籠るようになると、病気になる人が多いですよね~。それが不思議でなりません。それも60歳定年としても私よりは10歳も若い。定年になって家にいれば、1日中のんびりして過ごすことができる。早く起きようが遅く起きようが誰にも文句を言われない。1日気ままに過ごすことができる。読書に耽るのも、遊びに行くのも、風呂に入る時間だって全く自由。夜だって、何時に寝ようが構わない。まさに理想的な生活です。現役の頃は、きっとそんな生活にあこがれた筈です。

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 それなのに、定年後、それが実現できるようになったとたん、さまざまな病気になる人が多い。これは何故なのか、不思議といえば不思議です。私の場合、68歳で行政書士事務所を立ち上げ、かつまたNPO法人も立ち上げ、忙しくて仕方がない。お花見やらカラオケ大会、暑気払い、それに新年会やら忘年会など、飲み会もやたら多い。そういう私は、全く病気とは無縁。いや、もっと正確に言うと、健康診断や人間ドックなど一切行かないから、病気になっていても気づかない、というだけかもしれません。多分、健康診断を受けたら、即入院でしょうね。私は女性と病院にはすごく弱いので、一切近づかないようにしているんです。どちらも近づくと、離してくれなくなりますからね。え?経験はないんです。想像です。いや、妄想です。
 自分でも不思議なんですが、病気の気配を感じたことがないんです。今冬も、風邪ひとつひきませんでした。もっとも、昔から「馬鹿は風邪をひかない」と言いますから、本物の馬鹿なのかもしれません。もちろん花粉症やアレルギーとも無縁です。もっとも、花粉症というのは文明人の罹る文明病だそうですから、私のような原始人は、罹る余地はないのかもしれません。一度でいいから「文明人」なんて言われてみたいな~。

生き甲斐の違いなのかも

 なぜそういう違いが生じてくるのか。私は、この違いは、「生き甲斐」の違いによるものではないかと思います。生き甲斐とは、言葉を変えれば「充実感の違い」ということでしょう。
 朝起きて、「さあ、今日は何をするか」と考えたら何もすることがない。猫なら毛づくろいでもするところでしょうが、もう頭には繕う毛もない。鼻毛も昨日切ったばかりだ。頭を使わないのになぜかフケばかり出る。現役の頃なら、「風呂、めし、寝る」なんて言えたけど、給料を1円も持ってこないのに、偉そうに「風呂、めし、寝る」なんて言えない。いや、言えそうもない。言ってしまったら「寝ろ、食え、帰ってくんな」なんて言われそうで怖い。

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 仕方がないから図書館にでも行ってくるか。でも、図書館に行くと、同じようなおっさんがゴロゴロとひま潰しに来ている。自分の姿を見ているようで不快だ。いぎたなく机に突っ伏して寝るオジサンが多いらしく、わざわざ「この場所で寝ないでください」なんて書いてある。何だか自分のことを言われているようで不快だ。そういえば、都内の図書館のトイレの洗面所には、「ここで頭を洗わないでください」なんて書いてあるところがありました。確か、台東区立図書館だったと思います。ここまできたらもう末期症状ですね。
 つたない私の経験に照らせば、毎日やるべきことがあり、それをこなすだけで精いっぱいという生活を送っていれば、病気になっている暇などありません。生き甲斐、充実感がなくなると、「自分はもう社会で必要とされていない」、という喪失感に包まれるのではないでしょうか。社会から必要とされていないどころか、妻からも邪魔者扱いされるようになったら、多分、喪失感も極まれりでしょう。
 その昔、まだ睾丸の、いや、紅顔の美少年だった頃、小さな町の古本屋でよく立ち読みをしていました。すると、ものの10分もすると、店のオヤジがはたきでパタパタと掃除を始めるんです。それも、いきなり私のところから始めるわけではないんです。少し遠くの方から始め、丁度順番で私のところまで来たような素振りをするんです。私が本を読んでいるのに、目の前でパタパタやられるので、最初は「掃除の好きな綺麗好きオヤジだな~」と思っていましたが、そのうちにいくら勘の悪い私でも、「早く帰れ」と言っているんだ、と分かるようになりました。

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 多分、想像ですが、朝食を終わって、こたつの周辺で鼻くそなどほじくったり、お尻をポリポリ掻きながら、いぎたなく寝そべっている。そうすると、掃除機でガーガー掃除をされて気分を害しているダンナ、結構いるんじゃありませんか。それは、間違いなく「早くどこかに行け」という合図です。古本屋のオヤジと同じ行動です。私も、退職して無職の生活をしていた2年間、そういう経験があるのでよく分かります。
 まあ、愚だ話はそれ位にして、要するに、病気というのは、文字通り「病は気から」です。気を病むということは気が落ち込むことですから、病気になりがちになるのは当たり前です。生き甲斐、充実感がなく、考えることがないから、体のことが気になる。暇はいくらでもあるから、そればかり考える。体のことばかり考えれば、余計心配が増す。よって、暇な人が病気がちになるのは、人間として自然の流れということになります。
 

高齢者こそ起業を

 私は、高齢者こそ起業をすべきだと思います。もちろん、そんな大それた起業ではありません。小さな小さな起業でいいんです。いやむしろ、小さな起業の方がいいと思います。小回りが利きますからね。
 それまで何十年も、現役で社会の中で生きてきた人ばかりです。そいう人が、60歳や65歳という若さで、急に隠居老人のような生活に入るというのは、どう考えてもおかしい。

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 今、日本は、少子高齢化社会と言われ、労働者不足の時代と言われています。たかが60歳を過ぎた位で、高齢者として、家で安逸を貪り、病気とお友達でいるなんて余りにもったいないと思います。
 もっとも何を起業すべきなのか、と具体的な業種を考え始めると、いろいろ問題点ばかり見つかり、実際には難しいというのはよく分かります。社会で苦労してきただけに、「問題点」はすぐに見つけられるんです。でも、多くの人は、サラリーマンとしての社会経験ですから、組織の一員という立場から社会を見てきました。だから、経営者という視点からは物事を見てはいない。
 従って、何かを始めようとすると、資金が足りない、どこで金を貸してくれるのか、いくら借りられるのか。人を雇えば雇用契約が必要になる。雇用保険や失業保険はどうするんだ。飲食店開業といってもレシピ一つ分からない、材料の仕入れ先も分からない。簡単そうな喫茶店ですらコーヒーの知識がない、仕入先も分からない。このように、問題点の発掘に苦労はないはずです。いろいろ考えると面倒になり、もういいや、ということになってしまうんでしょうね。

起業の原点はスモールイズビューティフル

 起業を考える場合の原点は、「今、社会では何が求められているのか」というニーズから出発すればいいのではないでしょうか。自分の身の回りを見渡してみれば、文字通り、ニーズが溢れているはずです。高齢者の遊び場や行く場所がない、職もない。子育てママの支援が足りていない。空き家が一杯ある。商店街も空き店舗が溢れている。一人暮らしの老人が支援を求めている。街が寂れるばかりで活気がない。若い人たちが働ける職場が少ない、などなどです。
 社会のニーズがあるならば、対処法は必ずあるはずです。対処の方法が困難か困難でないかの違いだけです。勿論、すべての問題が解決するわけではありませんが、解決に向けて、自分なりに何らかの貢献はできるはずです。

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 その貢献の仕方にはいろいろな形があります。お手軽にというならボランティアでもいいでしょう。でも、定年退職者なら、お手軽なボランティアというのではなく、もっと積極的に社会貢献をして頂きたいですね。だって、定年退職者は、貴重な社会体験が山ほど身についているではありませんか。それらの知識・経験を生かせば、きっと問題解決のために貢献できる分野はいくらでもあるはずです。
 自分の胸に手を当てて考えてみて下さい。本当はこんなことをやってみたい、あんなことをやってみたい、ということはいくらでも去来するはずです。それが夢です。その夢を実現するだけです。決して最初から大きくすることを考える必要はありません。最初は、小さく小さく考えればいいのではないでしょうか。そして、社会貢献という立場から、決して「儲けよう」とは考えず、「事業が回ってさえいけばいい」と考えると、ずいぶん気持ちが楽になります。
 私も行政書士事務所やNPO法人を立ち上げたのも、これで儲けよう、という発想は全くありませんでした。第一、行政書士事務所で儲かるはずがありません。あなたの近所の行政書士、よく見てください。金回り良さそうですか?
 でも、この行政書士の仕事にも、いいところが一杯あるんです。とにかくカバーする分野が広い。社会で起こる出来事の殆どをカバーしているかも知れません。逆に、それが専門性のなさにもつながっているのでしょう。私は、「専門性のなさは、何でもできるのと同義語だ」と理解しています。考えてみれば、何でもできるというのは、可能性が広いということです。
 頼まれたことは、何でも引き受けてしまいます(頼んでくれればの話ですが)。NPO法人の仕事も、まだまだ緒に就いたばかりですが、これで儲けようなどという発想は全くありません。ただ、この組織を通じて、少しでも社会貢献ができればいい、それだけです。そういう発想で取り組めば、高齢者のあなたにも、出来る仕事は山ほどあると思います。
 因みに、私の運営するNPO法人幸手げんき社は、こちらからご覧いただけます。
 →NPO法人幸手げんき社

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