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ブログ/2014-05-11

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白寿の祝いも二度の忘れ物でトホホに

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 義母の白寿の祝いのため、家族総出で大阪に行ってきました。総出といっても、僅か8人だけなんですけどね。ご承知のように、白寿というのは、百から横一本棒を引き去ると白という字になるから、白寿というわけです。年齢によるお祝いは、殆ど漢字に由来するようです。
 我々8人、皆東京方面から出かけて行きました。右の写真は、お決まりの新幹線の先頭車両でのものです。孫娘は、上のお兄ちゃんの影響を受け、女の子なのに「鉄ちゃん」なんです。自分のことを「俺」「僕」という年齢です。でも、女の子は言葉が早いので、あと半年もすれば、こましゃくれた口をきくようになるでしょう。
 義母の家は、大阪高槻市の柳川住宅というところです。京都と大阪のちょうど真ん中くらいのところに位置しています。阪急電車の沿線です。一時、市長が母の介護をするために辞職したというので有名になった、あの高槻市です。

早速、宴会スタート

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 白寿のお祝いなので、当初我々の考えたのは、全員で温泉地に繰り出し、お祝いしようと考えたんです。しかし、本人が、家から出るのを嫌がったため、已むなく自宅で執り行うこととになったんです。執り行うなんて、葬式みたいな表現ですみません。
 このお祖母様、99歳ですが、耳はしっかりしているし、体も至って健康。一人で買い物なんかにも行きます。99歳で耳がしっかり聞こえるというのは、本当に羨ましいです。私なんぞ70歳で既に左耳が難聴気味、あちらの方も脱腸気味(ウソ)です。時々、妻からテレビのボリュ-ムが大きすぎると苦情を言われ、事のついでに「大阪のお母さんよりも耳が悪い」なんて言われる始末です。そう言われたときは、必ず「悪口を言っているときは、どんな小さな声でもよく聞こえるんだ」と、言い返すことにしています。

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 また、亡くなった義父は大変な酒が好きで、酒量には少々自信のあった私も、とてもついていけないレベルでした。ですから、今日のような酒盛りの日には、きっと草場の影から化けて出て来ていただろうと思います。私もあの世に行ったら、酒盛りの日にだけは、必ず化けて出てやろうと堅く心に決めています。でも、閻魔さまに舌を抜かれているでしょうから、酒の味が分からなくなっているかもしれません。

庭で全員集合の写真

 祝いも5時過ぎには終わりました。今晩は、大阪市内に出てウイスティンホテルに泊まる予定です。このホテル、高級ホテルですが、キャンペーンなどの時などに申し込んでおくと、普通のホテル並みの値段で泊まれるんです。インターネット万々歳です。今回は、もっと多くの人が集まるだろうと予想し、早くから宿の手配をしていたんです。
 別れ際、庭で全員集合の記念写真を撮りました。

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 ここの庭、結構広くて、手入れも行き届いています。時々、庭師にお願いをしているとのことです。この柳川住宅は、ほぼ全戸、70坪程度の敷地面積があり、当初は、建築協定により、「二階建ては建てない」とか「敷地を分割して2軒分の家を建てない」など、制限が厳しかったそうです。
 でも、時代が変わり、世代も変わっていくと、そのような建築協定も次第に無視されるようになり、最近では、二階建ての家も目立つようになりました。また、親の世代が亡くなり、敷地を不動産を業者に売却すると、多くの土地が敷地分割され、2軒分の家に生まれ変わってしまいます。
 確かに、高槻というのは、京都と大阪の真ん中ですから、どちらに行くにも極めて便利です。私が結婚した昭和44年頃は、大阪万博の開催された頃で、万博に行くのに大変重宝した思い出があります。

最初の忘れ物、家にジャケットを

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 みんなで大いに飲み、騒いで、5時過ぎにお開きとなりました。今夜はホテルに宿を取っているからです。阪急電車に乗り、梅田に到着しました。駅改札を出たあたりで、ふと何かが足りない、というような気になりました。何が足りないのか、少し考えていたら、夏服のジャケットを置き忘れていることに気づきました。ポケットに何も入っていなければ、次回、別の用事で来た時にもって帰ればいいと思ったんですが、毎日使う手帳と車のキーが入っていたんです。
 私は「手帳人間」なので、手帳がないと、毎日の行動が不便で仕方がありません。已むなく、取りに帰ろうとしたんですが、妻が、「阪急電車は自分が一番乗り慣れているから自分が取りに行くのが一番早い」というので、取りに行ってもらうことにしました。私は、先に全員をホテルに案内し、チェックインを済ませ、部屋に入って荷物を置き、待ち合わせ場所である「JR桜橋口」に引返したんです。
 いくら近いといっても、電車だけでも片道40分程度はかかります。往復1時間20分。姪に駅まで届けてもらえたので、時間は最小限のロスで済みましたが、みんなに迷惑をかけてしまいました。妻には、また頭が上がらなくなってしまいました。

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 今日の宿、ウィスティンホテルに再び引き返し、風呂などに入り、全員で遅めの二次会です。といっても、もうお腹はかなり膨れていますから、途中で仕入れたつまみなどで十分です。宿のミニバー、つまり冷蔵庫から5,6本、持参した日本酒の5合瓶などを飲み、ひとしきり騒ぎました。
 6歳の孫が、すっかり酒飲みおじさん風情で、「うん、そうなんだよ。それが大事なんだよ」なんて、我々大人の会話に違和感なく入ってくるのには驚きました。

おひとり様、「3100円也」の朝食を堪能

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 朝食は、ホテル内のレストランで朝食です。ここの朝食、値段がいい分、大変美味しいんです。みんなを引き連れてきた手前、ええ格好しいと言われそうですが、気前よく、ここで朝食をとることにしました。
 8時近くに行ったため、良い座席がなく、直射日光が差し込むあいにくの場所取りになってしまいました。その時に撮ったのが右の写真です。

アベノハルカスって何?

 大阪まできて、朝食を食べたらはいさようなら、では余りにも芸がない。そこでどこかに行こうということになりました。どこがいい?としばし考えていたら、妻が「アベノハルカスがいいんじゃない」と言うではありませんか。
 そういえば、大阪に日本一高いビルが完成した、と風の噂に聞いたことがあります。横浜のランドマークタワーよりも高いということです。私は、そのビルは、「大阪駅の近くにある」位の認識しかありませんでした。「おおそれはいい、それはいい」と、すぐ納得したんです。

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 ところが、付近を見渡してもそれらしいビルが見当たらない。大阪の駅前なら、当然見えるはずです。で、ホテルマンに聞いてみると、大阪環状線で天王寺駅まで行かなければいけないという。まあ、大阪の環状線は、山手線よりも小さいからいいだろう、と娘夫婦の家族と行くことにしました。若い息子夫婦とは、ここで別れました。
 天王寺駅の改札を出、空を見上げるとなる程、巨大なビルが見えます。「おお、これがハルカスか・・・。はるかに霞んで見えるという意味かな」と感心することしきり。そういえばその昔、まだ凛々しかった頃、古文の授業だったか万葉集の歌の中だったでしょうか、「みはるかす・・・何テラかんテラ」というのがあったような気がします。
 早速、エレベータで登ろうとしたら、向かいのビルの2階部分に何やら尋常でない行列が見えます。思わず嫌な予感がしました。案の定、それはエレベーターの順番待ちの行列だったんです。最後尾に到達したところ、係員が、「只今のところ、1時間10分待ちです」なんて、叫んでいます。
 ということは、エレベータに乗るだけで、12時を過ぎてしまいます。しかし、そのまま帰るわけにも行かず、已む無く列の最後尾に取りつくことにしました。
 30分くらい待ったところで、意外に早く順番が来た、と思ったら、それはエレべーたーに乗るための切符売りの窓口だったんです。やっとのことで切符を購入し、やれエレベーターに乗りこもうとしたら、またもや行列、今度は意外に早く順番が来ました。ところがどっこい、それは16階に行くだけのエレベータだったんです。エレベータの箱が6つくらいあり、ここは順調に乗れるんです。
 ところが16階に到着したら、今度は、再度、別のエレベーターに乗り換えです。ここはエレベータの箱が2つしかありません。観光客の目的は最上階ですから、当然、ここで再度長蛇の列です。右がその時に撮った写真です。1時間10分の意味が良く分かりました。

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 蛇がうねっているように何度も往復運動をしなければ、エレベータに到達できません。こういうウネウネ大行列で記憶が蘇りました。大阪万博の記憶です。
 大阪万博の時、人気パビリオンは、3時間待ち、4時間待ちなんていうのがザラにありました。超人気館なんて、その館を見るだけで1日経ってしまうなんて強烈なところもありました。そんな大行列を思い出すくらいの行列なんです。いい加減嫌になりました。
 でも、孫達の手前、途中で帰るわけにも行きません。やっとのことで展望台に到着です。

山手線で二度目の忘れ物

 観光見物を終え、やっと東京駅に到着です。孫娘の面倒をみたりしながら、東京駅に着いたときには、やれやれという安堵感で一杯でした。山手線に乗り換え上野駅に到着です。全員ホームに降り立って、歩き始めたら、またしても「何かが足りない」、という嫌な予感がしたんです。

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 そう、バッグが一つ足りない!「あ、この電車だ」と思った時には、既に去りゆく電車の後ろ姿しか見えませんでした。そうです、私が網棚に上げた黒のバッグを取り忘れたんです。妻のバッグです。「お土産に買った大事な塩コンブやお嫁さんにもらった記念品などが入っている」とか言うんです。
 全員を駅上の通路に待たせ、1人忘れ物センターに走りました。こんなに大きな駅なのに、忘れ物であたふたしているのは私だけでした。駅ホームの端にある小さな詰所風のところが、忘れ物を取り扱う窓口です。
 「たった今、5時30分位に出て行った電車の網棚に忘れ物をしました」と、泣き出さんばかりに縋りつきました。若い駅員さん、こういう時の対応に慣れているんでしょうね。鷹揚に、「えーと、バッグは何色ですか?シャネルとかグッチとかブランド品ですか?横と縦は何センチくらいですか?」とか、いろいろと尋問です。え~、ブランド品を買ってやれるほどの甲斐性もないし・・・、とか口の中でモグモグ言っていると、被せるように「中にはどんなものが入っていますか?」。妻のバッグですから、殆んど答えようがありません。「チャックを開けた一番上に、お土産用の塩コンブが入っているはずです」とか、「進行方向左の網棚です」という位しか答えられません。

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 ひとしきり、尋問の時間がありましたから、電車も大分先に進んでいるはずです。駅員さん、「それでは、今からだと新宿駅あたりで調べてもらいましょう」と、電話をかけてバッグの特徴やら、車両番号、向かって右か左かなど、を手際良く伝えています。
 祈るような気持ちで、しばらく待っていました。15分くらい待ったでしょうか。先方から連絡があり、「該当のバッグはなかった」とのこと。

一周回りの電車を待機

 あれまあ、これは参った。駅員さん、「こうなると、次は、同じ車両が1時間後に戻ってきますから、その時に自分で見られたらいかがですか?電車の車体番号は1854Gです。この番号は、電車の左上に書いてあります。」とのご返事。
 仕方がありません。その電車を待つしかありません。もちろん、この電車という絶対的な確信があるわけではありません。1台か2台、前後にずれている可能性もあります。到着時刻の10分ほど前から、ホーム上から4,5,6号車の電車の網棚を覗きこんで調べました。ホーム側の網棚をです。でも、見当たらない。自分の記憶では、確か左側、ホーム側の網棚だったはず・・・。
 1854Gの電車がやっと当着しました。私は、思い切って4号車に乗りこみました。次の鴬谷まで乗りこんで探し、もしなければ次の電車に乗り継いで探す算段をしていました。
 電車が走り出しました。「すいません、すいません」と言いながら、人波をかき分けかき分け進みます。4号車にはない。5号車に移動しました。何と5号車はガラガラ。網棚探しも簡単です。しかし、右側の網棚には何もない。ふと左側の網棚を見ると、それらしき荷物がポツンと乗っているではありませんか。思わず周辺の人を見まわしましたが、荷主らしき人はいない。とっさにそれを下して、チャックを開け中身を点検。ありました、ありました!!。あの塩コンブの土産品が。いやあ、嬉しかったですね~。ここで会ったが3年目、いや親の敵ではありません。懐かしい恋人に巡り合ったような感覚です。

画像の説明

 頬ずりするように鞄を抱きしめ、再び上野駅に戻り、宇都宮線で久喜駅まで乗車。リュックを背負っていたので、見つかったかばんを網棚に載せようとつい体が反応しましたが、さすがに止めました。また忘れる可能性があります。リュックを膝の上に、そのバッグを床に置き、両足で挟むようにして家路についたのであります。
 先に帰っていた孫達は、既に蕎麦屋で夕食を済ませていました。私は、そこから家まで車で帰るので酒が飲めません。家に帰ってからやけ酒を飲もうと、何も口にせず、一目散で家に戻り、1人やけ酒を飲んだのであります。
 別れ際、孫がこう言いました。「じいじが網棚に載せたのは、進行方向の右側だよ」、私は左だとばかり思っていましたが、孫の方がしっかり記憶していたんですね。だんだん孫にさえ頭が上がらなくなってきました。これからはもっともっと頭が上がらなくなるんでしょうね。

 

 

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