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ブログ/2015-08-16

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楽しいお盆休みを過ごしました

恒例の大宴会

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 8月と言えばお盆、お盆と言えば里帰りです。今は帰るべきふる里がありません。いえ、田舎はあっても両親はすでに他界しています。ですから帰るべき故郷がないんです。考えてみれば私も既に70の坂を超えてしまいました。両親がいなくても当たり前の年頃なんですね。
 ということで、今は、子供たちの家族がわが家にやってきます。やってくると、恒例の大宴会が始まります。男3人に女1人、計4人が呑み助です。ほかの女2人はお酒の方は殆ど飲みません。それでも宴会には付き合ってくれるんです。酒も飲まず酒の席にいるくらい苦痛なことはないと思うんですが、意外にそうでもないようです。
 多分、日頃の生活の中に宴会の場がないから珍しいのかも知れません。なにせ息子の嫁さんの実家は、一切酒を飲まず、正月でもコーヒーで乾杯するというほどの家族ですから、私など行ったら地獄の苦しみでのたうち回るはずです。
 女性で一人だけ飲むというのは、私の妻です。妻と言うにはいささか歳を重ねすぎていますが、まだ70歳になっていないのが自慢です。「まだ70になっていない、一緒にしないで。」というのが私に対する決めゼリフです。
 

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 酒の方の「素質」は私より上かもしれません。と言うのは、亡くなった妻の父親は、酒好きの私でも完全に脱帽するほどの呑み助だったからです。何しろ、朝、昼飲んでも、またしっかり夜も飲むという人でした。
 この血筋は争えないんでしょう。周りの人は、私より奥さんの方が強そうだ、と言って憚りません。

先ずはビールで乾杯

 酒飲みの習性で先ずはビールで乾杯です。ロング缶を5,6本空け、さて日本酒を飲もうということになりました。息子が先に宅急便で日本酒のミニボトルを送ってくれていたんです。全国の有名な日本酒をミニサイズにし、10本セットにしたものです。
 4人で均等に分け、一本ずつ空けていきました。給仕役は小学3年の孫です。この孫、何でも自分でやりたがるおせっかい焼きなんです。任せておけばビールでも日本酒でも何でも注いでくれます。息子の嫁さんも、自分は酒を飲まないのに、焼肉やすき焼きなど、何でも焼いて取り分けてくれます。典型的な「鍋奉行」というやつです。妻は、この嫁さんに任せておけば何でもやってくれるからと、好んで焼肉やすき焼きにするんです。

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 さて、この日本酒ですが、ご覧のように10本すべて空きました。10本全部で一升瓶一本半くらいでしょうか。次は、本格日本酒一升瓶の登場です。このお酒は、娘の旦那さんが先月白馬岳に登った時に買ってきてくれた「大雪渓」です。どれくらい飲んだんでしょうか。次第にペースが落ち、いつの間にか寝ていました。いい酒でした。弱くなったものです。

苦しかった昔の帰省

 私も若かりし頃、父母のいる那須によく里帰りしました。しかも2人の子連れです。当時は、まだマイカーもない頃でした。自宅のある東京小平市から電車でエンヤコラと帰ったものです。電車の経路は、武蔵野線の新小平駅から南浦和駅まで行き、そこから東北線に乗り換えたんです。
 当時は、既にモータリゼーションの時代に入っていましたが、わが家にはその波が来ていませんでした。遠方への旅行もすべて電車を使うしかなかったんです。その頃は、車全盛の時代ではありませんから、帰省列車は混雑し、大きな荷物と子供2人を抱えての旅行は大変な重労働でした。
 先ず、座席の確保すら容易ではありません。ほんとに帰省列車は混んでいたんです。誰かひとりだけでも座れる確率は5分5分くらいでした。座れない時は、網棚に荷物をあげ、子供は寝てしまっているので、抱いているしかありませんでした。小さいとはいえ、寝た子を1時間もだっこしているのは本当に大変でした。

子のこころ親知らず

 このように、電車での帰省はめっぽう大変だったのに、私の父親は、「よく帰ってきた」と喜んではくれるんですが、帰り際に必ずありがた迷惑なお土産をくれるんです。そのお土産というのは野菜です。大根やニンジン、ジャガイモ、何でもお土産でした。でも、私らからすればこれほどありがた迷惑なお土産はないんです。

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 両手いっぱいの野菜、それも泥付きのネギなどもらったときは、電車(汽車だったときも)の中で臭いがプンプンするんです。ですから、網棚に乗せ、臭いが充満する前に、すばやくその場を離れるんです。もちろんソ~ットです。「こんな臭いのきついネギなんか乗せたやつは誰だ」という非難の目線に、純情な私は耐えられなかったからです。乗せた後は、なるべく遠くに離れ、知らん顔の半兵衛を決めみ、自分も被害者のような顔をします。
 またカボチャなんかをもらった時も、本当にイラつきました。それも今のようなミニカボチャでなく、大きなカボチャを3個くらい持たせるんですから、たまったものではありません。ある時、乗り換えのため宇都宮駅のホームに降り立ちました。その時、重さに耐えかねビニールの袋が抜けてしまい、カボチャが転がり出たことがありました。3個が同じ方向に転がってくれればまだ助かるんですが、思い思いの方向に転がっていきます。その時は、そのままホームから蹴落としてやろうかと思ったものです。こんな重いものを持たせる親は、どうして子供の気持ちが分からないのかと腹立たしく、カボチャを親の顔に見立て、蹴飛ばしてやろうかとさえ思ったものです。
 だって、おしめなどを持っていますから、もともと手荷物が一杯で子供を2人連れています。小さい方は小学校に入るまではすぐに寝てしまうので、抱いていなければならなかったからです。子供を抱いて、大きな荷物を持ち、そのうえ重たいものや臭いプンプンの野菜まで持たされたんではたまったものではありません。こういうのを「子の心親不知」と言うんでしょうね。私が「お土産より現金」と強く思うようになったのは、その頃からです。

翌日は権現堂公園へ

 さて飲み疲れの翌日は、全員で権現堂公園に遊びに行きました。安上がりで健康的で、そのうえ子供に喜ばれるんですから一石三鳥です。とにかく幸手周辺には遠方の客人をもてなすような施設って、何もないんですね。山奥なんかであれば、景色それ自体が観光資源ですが、幸手は、ただただ平地で、山もないんです。川も薄汚れた倉松川と葛西用水ではどうにもなりません。

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 でも、歳をとると、この平地というのは大変有難いですね。尾道や横浜など、観光地としても有名なところは、起伏に富んでおり、景色が素晴らしい(多分)。でも、年齢を重ねて坂道の多いというのは大変な障害です。自転車だって、アシスト自転車を使わなければダメでしょう。その点、当地は、どこまで行っても平地ですから、高齢者に優しい街です。
 ということでやってきた権現堂公園。しばらくは芝生で遊んだりしましたが、何といっても暑い。猛暑は過ぎたというものの、直射日光のもとで遊ぶのはきつい。しかも、写真でご覧のとおり、公園なのに、大きな木陰が全くない。整備したての公園ですから、樹木がまだ十分に成長していないんです。
 そこで若い者たちの合議で、カラオケスタジオにでも避難しようということになったんです。私は生まれつき素直で、しかも優柔不断ときているので、子供たちの言うとおりに動くだけです。老いては子に従えです。

酒抜きのカラオケルーム

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 というわけで、久喜市にあるカラオケルーム「シダックス」にしけこむことになりました。ワンちゃんを2匹連れているので、それ用の部屋が必要になります。でも、そういう部屋はかなり限定されてしまいます。
 結局、我々8人が入った部屋は、通常は、3,4人で使うような部屋です。狭くて、体をくっつけ合っていないと座れないような狭さです。
 そのうえ、車で来ていますから、お酒が飲めない。この狭い部屋で約2時間を過ごしたんです。カラオケルームですから、一応、何かを歌わなければいけない。
 私は、元来、純情で引っ込み思案、それに性格も真面目ときていますから、酒も飲まずに歌なんてとても歌う気にはなりません。しかも、音響の調節がうまくいかない。カラオケは風呂場で歌ってこそ名歌手というくらい、音の反響が大事です。しかし、素人ばかりで、音響機器の調節が全く出来てない。
 最初は拒絶していたんですが、歌い手があまりに少ない。とうとう逃げ切れずに2曲ほど歌いましたが、風呂場どころか、なんの反響もない野っ原で歌っているような虚しさを覚えたのであります。つくづくカラオケというものは、酒のお供で歌うべきものと再確認した次第です。

 

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