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ニューヨークタイムズが「日本の経済は世界最強」と称賛

ニューヨークタイムズが「日本の経済は世界最強」と称賛

NYTの記事を転載します

 私たち日本人は、政治もボロボロ、経済もボロボロ、少子高齢化で将来の見通しも暗い。GDPでは中国に抜かれ、日本の誇りだった電気製品も、現代など韓国企業に凌駕されてしまった。円高不況で輸出産業もさっぱりだ。デフレは20年以上も続き、収入も増えない、雇用も増えない。高齢者ばかりが増えていき、年金の見通しも暗い。その上に東北大震災や原発事故で、国土そのものまでひび割れを起こしている。と、こういった暗いニュースにばかり接していると、本当に日本という国に将来はないのではないか、という暗澹たる気分になる人も多いのではないでしょうか。

 ところがどっこい、日本って素晴らしい。世界で一番素晴らしい。経済だってここ10年、世界で一番の勝者は日本だ、という記事がニューヨークタイムズ紙

に掲載されたんです。
 実は、この記事、「なぜ日本経済は世界最強と言われるのか」(ぐっちーさん=山口正洋著)という本に掲載されていたんです。ですから、本当は書評コーナー

で紹介すべき記事ですが、書評コーナーを読んでいただけない方々にも是非紹介したくて、この時事寸評欄にも併せて掲載させて頂くことにしたものです。
 NYT紙は、ご存知の方も多いと思いますが、地方紙でありながら、アメリカを代表する新聞として評価の高い新聞です。このNYTにこんな記事が掲載されていたのか、という驚きと、このような視点があるんだ、という驚きがないまぜになり、読んでいて極めて楽しい気分になれました。ぜひご一読ください。著者は、Eamonn Fingletonという方で、1990年に日本経済のバブル崩壊を予言した記事を掲載した方です。The end Of American Dreamという著作にも協力。日本経済に関するコラムをしばしば載せている方だそうです。
 それでは、以下の記事をご覧ください。長文のため、敢えて読みやすくするため、私が小見出しをつけたことをご了解ください。

日本崩壊の「神話」 (The Myth ef Japan’s failure)

日本は脱落した国か

 多少の楽観的な数字はあるものの、高失業率の継続など、この国(アメリカ)の行き詰まり感は明らかだ。
 繰り返し、なにが正しい道筋かという議論はあるものの、アメリカ人たちは日本を経済運営に失敗した悪しき前例だと、しばしば教えられる。例えばCNNのデイヴィツド・グリーンなどが「日本はすでに脱落した国で、状況はどんどん悪くなっている」などと表現している。
 しかし、私にいわせると、それはまさに「伝説」の世界だ。ありとあらゆる尺度で見て日本経済は所謂「失われた10年」といわれる期間でさえ大変よくやってきたし、それは1990年の所謂「バブル崩壊」から見てもそうだ。むしろ最重要な尺度だけ見るなら、日本はアメリカよりも極めてよくやってきたといわざるを得ない。
 日本はリーマンショック以降でさえ、極めて裕福な生活水準を提供することに成功してきた。そしてすべての時代において、この時期(時代)は特筆すべき成功した期間として捉えられるだろう。
 なぜ、この事実とイメージがこれだけ違うのか。そしてアメリカは日本の経験からなにを学べるだろうか。

日本経済の強みを証明する

 もちろん日本の住宅価格があのバブル期の気違いじみた水準に戻ることはないだろうし、それは株価についても同様だろう。
 しかし、日本の経済と日本の人々の本当の強みについては多くの証拠をもって証明できる。それは新開の漫画などでしばしば笑い物にされる日本のイメージとは全く一致しないものばかりだ。
 まず、日本(日本人)の平均寿命はさらに4.2年も伸び、1989~2009年のあいだ78.8歳から83歳までにもなった。これは平均的日本人が、世界で一番裕福だといわれるアメリカ人より4.8年も長く生きていることを意味する。そしてこの成果はますます西洋化する食生活によるダメージにもかかわらず達成されており、つまりそれは健康管理が極めて有効に行き届いていることを意味する。
 日本はインターネットのインフラストラクチャーに関して長足の進歩を遂げた。実際1990年代半ばには一度大きく遅れて冷笑を浴びたものだが、現在は全く状況を変えてしまった。実際高速インターネット配信大手のアカマイ社の最近の調査によれば、最速のインターネットサービスが提供できる世界の50都市のうち、なんと38都市が日本に存在する。ちなみにアメリカには3都市しかない……。
 1989年末に比べると円はドルに対してなんと87%も上昇、対イギリス・ポンドに至っては97%も上昇している。それは世界の金融市場の至宝とでもいうべきスイス・フランに対しても同様である。
 失業率はわずか4.2%で、これはアメリカの半分に過ぎない。
 世界中の高層ビルに関する調査をしているスカイスクレーパードットコムによると、堅戸もの500フィート(ぐつちー註‥約152メートル)を超える高層ビルがあの「失われた10年」が始まった年から東京では建設され、これは同期間のニューヨークの64、シカゴの48、ましてロスアンジェルスの7よりはるかに多いのだ。

失われた10年は幻想

 日本の経常黒字 (広義の意味であらゆる貿易収支の黒字を含む)は2010年には1960億ドルにも達し、これは1989年 (バブル経済崩壊直前) の3倍以上もある。これに比べてアメリカの経常収支は赤字で、それも同期間でみると99億ドルだったものが日本とは逆に4,710億ドルの赤字にも達している。1990年代に多くの識者といわれる人々は、「中国の成長による最大の敗者は日本であり、最大の勝者はアメリカであろう」と予測していたが、全く逆だったことが今日判明したわけだ。
 日本は1989年以降、対中輸出を14倍以上にもふくらまし、日中間の貿易収支は大規模かつほぼ均衡している(ぐっちー註‥中国は高額商品の輸入には香港を経由しており、中国プラス香港で見ると日本が4兆円以上の貿易黒字となる)。
 日本を長く研究している研究者(Ivan HallやClyde prestowitzなど)によればそんなこと、つまり日本における「失われた10年」などというのは幻想だということは、たった一度でも日本に足を踏み入れればすぐわかるはずだと指摘する。アメリカ最高のインフラストラクチャーの象徴といわれたJFK空港やダレス空港からやってきて見れば、それがいかに的を外れた議論であるかということが、この数年はるかに近代化された日本の空港に降りた瞬間に理解できるはずだ。

現実の日本を見れば一目瞭然

 1980年代から長年日本ウオッチャーを続けている著名なホルスタインはここ数年、初めて日本を訪れたのだが、そのギャップに驚いた1人だ。「アメリカ国内で伝えられることと実際日本で見ることには衝撃的な違いがあった。日本人はアメリカ人よりもはるかにいい服を着て、ポルシェ、アウディ、メルセデスなどアメリカで見たこともないよぅな最新モデルに乗っている。そして実際のインフラストラクチャーは近代的で、しかもなおかつ改良され進歩し続けているのだ」
 にもかかわらず、なぜ日本が「敗者」といわれているのか? GDPの数字を見てみると、アメリカは一見すると何年にも亘り日本をはるかに凌いでいることになる。しかし、額面ベースで見たとしても、実はこの差は見かけよりはるかに小さいのだ。例えば1989年以来の数字を1人当たりのGDPに引き直してみれば、アメリカのそれは平均値で1.4%プラスになり、日本はひどいといわれていても1.0%プラスであり、アメリカに劣後しているといってもその差はわずか0.4%に過ぎない。

日本経済は加速中

 基礎的なデータを見ても、日本は実は失速しているどころか加速している事実も見受けられる。アメリカでは統計学者たちが1980年代からインフレ率を正確に捉えるために所謂へドニックシステムの導入を試みており、これによると多くの専門家がアメリカの成長率は必要以上に見かけが増加しているという。
ジョン・ウィリアムズによるアメリカの経済データの追跡調査によると、アメリカの過去数十年の成長率は少なく見ても2パーセンテージポイント程度過大評価されているという。これを勘案すると1人当たりGDPではアメリカは日本を下回るという。
 もし日本(日本人)が本当に傷んでいるとするならば、最も顕著に表れるのは高価なハイテク機械の導入の分野だろう。しかし、日本は反対に世界で最も早いこれら機材・機械の導入者・購入者であり続けており、アメリカのほうがはるかに遅れている。例えば携帯電話では、日本が1980年代の後半の数年でアメリカを飛び越して、その後新しく高機能の携帯電話を購入するにあたっては、アメリカよりずっと早いペースで買い続けている。

質的に世界を凌駕

 つまりこれらの話を総合すると、結局問題は量的な問題というより質的な問題に行きつくことがわかる。よい例がミシュランガイドのスリースターレストランの数だ。本家のフランスに10しかないのに東京には16もある。本家本元のミシュランが同様に評価していても本国のフランスを上回ってしまっているのだ。こういったことはGDPの数字に決して表れることではない。
 同様に日本人の健康管理システムの優秀さも数字には表れにくい。いったいどうやってこれらの一般的環境下における日本の進歩を伝えられるだろうか。
 幸運にも1つ明らかにこれらの難問を解決する数字がある。電力の生産量であり、これは主に消費者の消費力や産業活動の姿を映し出す。1990年代に日本は広く「ひどい状態だった」と認識されているわけだが、1人当たりの電力生産量の成長率はアメリカのほぼ2倍、かつさらにそれは21世紀になってからも加速した事実を忘れてはならない。
 これらの日本に対する先入観という問題を考える場合に常に考えねばならないのは、所謂西洋人の心理的優越感という点だろう。長く日本について考えている多くの西洋人たちが、日本を過小評価する傾向にある。そしてすべての成功はごく自然に割り引いて考えられてしまう。これは東京在住の所謂西洋人の外交官や専門家が当初から陥っている先入観のようなものだ。

人口問題でも日本は勝者

 例えば日本の人口問題を西洋人はどう取り上げているか。人口そのものが出生率の低下によって高齢化していくこと自体は、ほかの先進国と共通に日本が抱えている問題である。しかし、これがクリティカルな問題であるだけでなく、しばしば政策的失敗の結果であるといわれる。所謂西洋人の批評家からは、これが日本が個別的かつ主体的に選択した結果なのだという話が聞こえたことはない。そしてそれなりの理由があったともいわれたことはない。
 意外に知られていないが、実はこの人口問題の話は1945~1946年、日本の敗戦時の飢餓で日本中が死の恐怖に直面した冬に起因している。もはや外への拡大を図ることなどできるはずもなく、当時の日本のリーダーは出生率を下げて国民を飢餓から救おうと考えた。その結果所謂「核家族」というカルチャーが今日まで続いている。
 日本の動機は極めて明らかだったのだ。食料確保である。中国に比べて耕作可能地が3分の1しかない条件下、日本は長期に一旦り世界最大の食料輸入国だった。出生制限が日本の高齢化の原因だとしても、一方ではヘルスケアが飛躍的に充実したために1950年以来20年以上も生存期待率が伸びたという事実がある(そして結果的に平均寿命も世界一になった)。

「堕ちた巨人」が日本の評価だった

 心理面は横に置いておくとすると、西洋の人々は所謂東京発の悪いニュースをネタに食っているという根本的理解度の問題がある。東京にいる外資系の代表からすれば、これら(例えば人口減少問題)は本社の目標を達成できない格好のいい訳になる。日本在住の財団にしても、アメリカの大学などの所謂ノンプロフィットの組織になかなか寄付が集まらない格好のいい訳ができるわけだ。同じく外交官たちは援助がなかなか集まらない理由とすることができる。アメリカの優秀な投資銀行たちだってそうだ。彼らは所謂円キャリートレードでかなりの収益をあげるつもりだったが、これとてどんなに高度な投資手法を用いたとしても、そういった事情で円がなんらかの理由で弱くなるという前提に立ったものだった(円を借りてドルに投資をする……返済時に円が弱くなっていれば返済金額は少なくて済む)。
 経済的イデオロギーの問題も不幸な結果を招くことになった。多くのエコノミスト、特に右寄りのシンクタンクと呼ばれるような連中……所謂市場経済の頑迷な信仰者……が反射的に日本の経済システムは社会主義的手法と一方的政府の介入や規制が取り入れられる、西側とは全く違った経済システムの国だと日本を非難し続けている。1980年代後半の所謂株価バブルのあいだにこの思い込みは一度姿を消すが、クラッシュのあとまた元に戻ってしまった。
 日本の貿易関係者は、この1990年の株価崩壊による外資系の連中の日本に対する警戒心の薄れを、よく認識し逆に利用した。これ以前には所謂貿易摩擦問題が燃え盛り、日本に対する嫉妬で欧米は沸騰しかけていた。しかし、バブル崩壊後、欧米の貿易関係者たちはこの「堕ちた巨人」に対して同情さえするようになった(Japan as NO.1-のあとに来た「日没の国」という表現がよく為された)。そのときから日本の貿易交渉については、ある種の「同情」を買うことでうまく処理されるようになったのだ。
 この作戦は特にワシントンでは有効だったようだ。アメリカの政界ではすでにへたり込んでいる人を足蹴にするなどするべきではないし、気高いアメリカ人はこういう状況下で日本市場を開放すべしなどというべきではないという気分が充満したのだ。ただし、コメ、金融、そして自動車関連に関する不平不満に関しては消えることはなかったのだが……この「堕ちた巨人」というストーリーは、日本以外の東アジアの国にとってもアメリカとの外交交渉でしばしば切り札になり得た。
 これがどれだけ影響力があったかといえば例えば、フリードマン財団が出した「次の100年」という調査を見れば明らかである。中国に対してでさえ、「中国2020年‥張り子の虎」という見出しを掲げ、日本が1990年代に「大コケ」したのと同様に中国も報いを受けるだろうなどと書いている。この種の議論がアメリカという国の自己満足と誤解を増長し、結果的に現在に至り、ワシントンは歴史上類を見ないような破壊的な貿易不均衡という難しい米中貿易関係に直面することになってしまったといえる。

世界に不可欠な技術を地道に育成

 日本に実際なにが起きたのかという問題は、とにもかくにもその地政学的な重要性にあることは明らかだ。所謂アメリカの伝統的識者がいうように、日本はそれを利用しつつ、その一方で、先進的産業の育成を怠ることは全くなかったといっていい。
 これは、日本が所謂ただの一介の工業生産国であることをさっさと卒業していったことが、なによりの証拠だろう。さまざまな高度技術をまとめ上げる能力、そしてそれらを作り上げる正確な製作技術によって支えられるわけだが、これらは直接消費者には見えない部分であって、しかしこれらなしでは明らかに現代社会そのものが存在できないものでもある。そしてこの種の製造業、高度に資本集約的かつ高度に技術集約的である部分については、実は1950~1960年代はアメリカによって独占されていた部分であり、かつアメリカが世界経済のリーダーであるための必要不可欠な力の源泉だったのだ。

日本抜きでは存在できない独、韓、中

 日本の現在の圧倒的優位な立場を語るうえでは、その主要な競合相手であるドイツ、韓国、台湾そしてもちろん中国が、日本抜きでは存在できないことを見ればより明らかだろう。世界はこの20年間においては、東アジアにおける工業の革命的急成長のおかげで存在したといっても過言ではない。そして日本はそれらのなかで、いまだに貿易収支の黒字を増加させている。
 つまり日本とはお手本として捉えられるべき存在であって、決して警告などと捉えられるべき存在ではない。もしある国が日本のようにあらゆる意志を統合する方向に導くならば、どんな絶望的な状況も有利な状況に変革することが可能なのだ。
 日本はその持続的なインフラストラクチャーの成長を図ったという点では、世界に大いなるインスピレーションを与えている。過去において実際にこういったさまざまな政治的思惑を超えた戦略が必要なときにさえ、アメリカではそうはならなかったのだ。あのフーバーダム……アメリカの大恐慌時における記念碑的事業ですら、7つの州にまたがった合意を必要としたのだ。しかし、当時は最後は成し遂げたのだ。そしてその結果1万6,000人という雇用を生み出すことができた。いまや何事もこの過程を妨げてはならないのだ。政治的論争を除けば何事もこれらのことをとめてはならない。

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■❤▶どんな感想をおもちですか?

 以上、皆様は、お読みになられてどんな感想をお持ちですか。毎日、新聞やテレビで見ている日本という国が、少し違って見えませんか。そうか、言われてみれば、日本って、そういう国だよな、と思える部分も多いのではありませんか。金魚鉢の中で泳いでいる金魚にとっては、毎日何不自由ない大海を泳いでいる気分なのかもしれませんが、外から見れば、小さな器の中で、窮屈そうに泳いでいるようにしか見えません。人間誰しも、自分の姿は、なかなか客観的には見られないものです。
 そして、新聞やテレビは、見てもらうことが商売ですから、どうしても批判的、自虐的に表現することが多いものです。そのようなマスコミの報道に慣れてしまうと、このような海外の識者の視点もきわめて新鮮に映るものです。私たちも、もう少し、自信をもって生活して行きたいものです。

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