時事寸評 書評コーナー

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不毛な安全保障論議と言論の自由

不毛な安全保障論議と言論の自由

違憲論争

 今、国会で議論されている安全保障論議。不毛な論議が多いことを痛感します。もちろん、安全保障は、国の存立にかかわることですから、極めて重要なテーマであることはもちろんです。
 しかし、最近の国会における安全保障論議が、ややもすると脇道にそれ、政党間の駆け引きになっていることに苛立ちを感じるのです。ここでは、多くの方から反感を持たれることを十分に承知の上で、敢えて、自論を述べてみたいと思います。

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 第1は、「違憲論争」の問題です。政府与党は、国の防衛のためには、集団的自衛権が必要だとして安全保障関連法案を国会に提出しています。審議の手順として、与野党が参考人として推薦した憲法学者3人(小林節、笹田栄司、長谷部恭男の各氏)が衆議院の憲法審査会に呼ばれ、意見を述べましたが、いずれも憲法違反との意見を述べました。与党が推薦した参考人までもが違憲との意見を述べたというので、多くの人が驚愕しました。野党側は大喜びです。与党の脇の甘さというほかありません。「憲法違反か否かを問われたらどのように返答するか」くらい、事前に打ち合わせをしておくべき問題です。要するに、事前の根回し、確認不足の問題です。
 確かに、今の憲法に照らせば、形式論理的には憲法違反ということになります。多くの国民も、そう考えているはずです。ですから、本来ならば、きちんと憲法を改正し、そのうえで安全保障法制を整備するのが筋ということになります。
 しかし、違憲か否かを言うならば、本当は、警察予備隊を設置した時から、すでに違憲の状態になっていたんです。警察予備隊は、形式的には「国家地方警察及び自治体警察の警察力を補うもの」として設けられましたが、実質的には、小銃や戦車などを備えた重武装の軍隊でした。対外的な戦闘能力も持っていたのです。
 その後、この警察予備隊は、保安隊と名称を変え、更に、自衛隊へと変わっていきました。違憲と言うならば、警察予備隊の発足した昭和25年から既に違憲だったのです。昭和25年というのは、憲法施行後僅か3年後、終戦後5年の時期に当たります。
 違憲ならば、憲法改正の手続きを踏むことからスタートするのが常道です。しかしながら、日本に憲法を押し付けたのはアメリカです。太平洋戦争の終結時、アメリカは、日本が二度と戦争のできない国にしようと、現行憲法を押し付けました。日本人が発案した憲法と思っている方がおられるかもしれませんが、とんでもありません。押し付け憲法ですから、草案は、英文で書かれていました。ですから今の憲法が翻訳調で書かれているのは仕方のないことなのです。
 当時は、二度と戦争のできない国にしようというのが米国の明確な意図でしたから、第9条第2項で、「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」と定めたのです。
 そして、この憲法が、容易に改正できないように、「各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会が発議」し、国民の過半数の賛成を得なければならない、と定めたのです。衆議院も参議院も3分の2以上の賛成がなければ、発議すらもできないこととしたのです。これが硬性憲法と言われる所以です。これまで政権与党は、衆議院も参議院も3分の2以上という圧倒的多数を占めたことはありません。今の安倍政権でも、衆議院では3分の2を確保していますが、参議院では3分の2を確保できていません。しかも、これまでは賛否を問うべき投票のシステム、すなわち国民投票法もありませんでした。国民投票法を作ろうという話が出るだけで、国会は大揉めになることが予想されたからです。先進国においては、既に、ドイツ59回、フランス27回、カナダ19回、イタリア16回、アメリカ6回というように、憲法改正がなされています。日本国憲法が「不磨の大典」、「世界最古の憲法」と言われる所以はそこにあります。

朝鮮戦争の勃発

 このような硬性憲法を押し付けたのはアメリカですから、憲法改正の困難性は十分に認識していました。国土を防衛するための兵力を持つには、憲法改正が必要ということも十分に分かっていました。しかし、朝鮮戦争勃発という非常事態の発生は、日本国憲法の改正などという悠長な手続きを待ってはくれませんでした。

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 朝鮮戦争の勃発により、日本統治の責任者であるマッカーサーは、トルーマン大統領によって、朝鮮における戦闘指揮を任されました。当時は、北朝鮮の火力が韓国を圧倒し、韓国の首都ソウルも制圧され、臨時首都をソウルから水原という地に移しました。その水原も陥落し、李承晩大統領は、釜山に避難せざるを得ないという状況に追い込まれていました。そういう状況の中で、急遽、駐留米軍の大半が韓国に進駐することになったのです。
 
 その結果、どうなったか。日本という国家に事実上、防衛兵力、治安維持兵力すらも存在しないということになったのです。対外的には、丸腰の状態というわけです。戦闘機の襲来に対して、警察官が腰の拳銃で応戦するしか方法がない、という状態です。
 このため、マッカーサー元帥が、吉田首相に対して、「日本の安全保障諸機関の増強」を図るよう要望し、急遽つくられたのが警察予備隊というわけです。要望の形をとっていますが、当時のマッカーサー司令部の意向は、絶対権力者の命令と同じだったのです。その意思に反することなどできるはずがありません。
 警察という名がついているのは、形式上、憲法との整合性を図るためです。憲法違反との非難をかわすための便法です。この組織は警察内部に置かれたのではなく、総理府の外局と位置づけされ、警察とは独立して、内閣総理大臣の指揮を受けることになっていたのです。要するに、本当は、最初から警察組織などではなく、国土防衛のための組織、軍隊だったのです。それがマッカーサー司令部の意向だったからです。
 この警察予備隊は、当初は軽装備を前提とする組織でしたが、朝鮮戦争の戦況悪化に伴い、マッカーサー及びアメリカ本国の意思により、重戦車307両を含む戦車760両、装軌車両など、米軍の4個歩兵師団に相当する装備を備えることになったのです。1師団が6千人から2万人規模ですから、これが戦力でないなんてことはあり得ません。

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 つまり憲法論議で言うなら、そのスタート時点から、真っ黒な憲法違反状態だったのです。もちろん、当時の社会党などから、自衛隊は憲法違反だという当然の非難が繰り返されましたが、日本国民は、その憲法違反であることを知りながら、現実的政策を進める自民党政権を営々として支持してきたのです。逆に、現実を直視しない、パフォーマンス政党社会党は、その後、社会民主党になり、消滅寸前にあることは御存じのとおりです。
 憲法の文言と自衛隊の存在という矛盾を抜本的に解消するため、自民党が「憲法改正」を党是としているのは、ご承知のとおりです。押し付け憲法でなく自主憲法を作ろう、というわけです。
 民主党も野党時代、憲法違反を言い募っていました。しかし、約3年ほど政権与党として政権の座につきましたが、自ら憲法改正を口にすることはありませんでした。それどころかアイアムソーリーバカソーリ~の鳩山由紀夫は、何の違和感もなく北沢俊美防衛大臣もしっかり任命しました。現行憲法下での憲法改正が如何に困難であるかの証左でもあります。
 このように、国民は、現在の自衛隊が憲法違反の存在であることは、百も承知なのです。それを承知で自民党を支持しているわけですから、わざわざ憲法学者を呼んできて、憲法違反かどうかなど聞く必要は全くないのです。
 もっとも、憲法学者が答えたのは、安全保障法制の違憲性ですが、自衛隊そのものが違憲なのですから、その運用を行うための安全保障法制が違憲なのは、当たり前のことです。憲法違反の根や幹に合憲の花は咲かないのです。民主党を含む歴代の内閣は、硬性憲法のしがらみを乗り越えられないため、解釈改憲によって、現実に対応しようとしてきたのです。硬性憲法を押し付けられた日本人の生活の知恵ともいうべきものでしょう。

表現の自由を押さえつけるマスコミの愚

 第2は、作家の百田直樹氏や自民党の大西英男議員らが沖縄の地元2紙を批判した問題です。この2人の発言は、自民党若手議員の勉強会「文化芸術懇話会」でなされたようです。共同通信によれば、その発言内容は、次の通りです。

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 ▽作家の百田尚樹氏 (政府は安全保障関連法案に関して)国民に対するアピールが下手だ。気持ちにいかに訴えるかが大事だ。  
 ▽大西英男衆院議員 マスコミをこらしめるには広告料収入がなくなることが一番だ。われわれ政治家には言えない。ましてや安倍晋三首相は言えないが、文化人、民間人が経団連に働き掛けてほしい。
 ▽井上貴博衆院議員 青年会議所の理事長のときにマスコミをたたいてみた。日本全体でやらないといけないことだが、広告料収入、テレビの提供スポンサーにならないことが一番こたえるということが分かった。経団連も商工会も「子どもたちに悪影響を与えている番組ワースト10」とかを発表して、それに(広告を)出している企業を列挙すればいい。
 ▽長尾敬衆院議員 関連だが、沖縄の特殊なメディア構造をつくってしまったのは戦後保守の堕落だった。左翼勢力に完全に乗っ取られている。
 ▽百田氏 沖縄の2つの新聞はつぶさないといけない。あってはいけないことだが、沖縄のどこかの島が中国に取られれば目を覚ますはずだ。米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)は田んぼの中にあった。周りに行けば商売になるということで(人が)住みだした。騒音がうるさいのは分かるが、選んで住んだのは誰なのかと言いたくなる。基地の地主は年収何千万円だ。六本木ヒルズとかに住んでいる。ですから基地が移転したら、えらいことになる。沖縄に住む米兵が犯したよりも、沖縄県自身が起こしたレイプ犯罪の方が、はるかに率が高い。左翼の扇動に対して立ち向かう言葉とデータをもって対抗しないといけない。(共同)

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 これらの発言は、あくまでも自民党若手の勉強会でなされた内輪の発言です。国会での公式な場での発言ではありません。内輪の勉強会というのは、自由闊達に意見を戦わせ、お互いの情報を共有したり、知的レベルを向上させる場です。それなのに、この程度の発言に噛みついて大騒ぎするマスコミって一体どういう存在なのでしょうか。しかも、この発言に対して、沖縄タイムスや琉球新報が、次のような共同声明まで出しているのです。
<共同声明>
百田尚樹氏の「沖縄の2つの新聞はつぶさないといけない」という発言は、政権の意に沿わない報道は許さないという”言論弾圧”の発想そのものであり、民主主義の根幹である表現の自由、報道の自由を否定する暴論にほかならない。 
 百田氏の発言は自由だが、政権与党である自民党の国会議員が党本部で開いた会合の席上であり、むしろ出席した議員側が沖縄の地元紙への批判を展開し、百田氏の発言を引き出している。その経緯も含め、看過できるものではない。

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 さらに「(米軍普天間飛行場は)もともと田んぼの中にあった。基地の周りに行けば商売になるということで人が住みだした」とも述べた。戦前の宜野湾村役場は現在の滑走路近くにあり、琉球王国以来、地域の中心地だった。沖縄の基地問題をめぐる最たる誤解が自民党内で振りまかれたことは重大だ。その訂正も求めたい。
 戦後、沖縄の新聞は戦争に加担した新聞人の反省から出発した。戦争につながるような報道は二度としないという考えが、報道姿勢のベースにある。
 政府に批判的な報道は、権力監視の役割を担うメディアにとって当然であり、批判的な報道ができる社会こそが健全だと考える。にもかかわらず、批判的だからつぶすべきだ―という短絡的な発想は極めて危険であり、沖縄の2つの新聞に限らず、いずれ全国のマスコミに向けられる恐れのある危険きわまりないものだと思う。沖縄タイムス・琉球新報は、今後も言論の自由、表現の自由を弾圧するかのような動きには断固として反対する。
 琉球新報編集局長・潮平芳和
 沖縄タイムス編集局長・武富和彦

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 私は、この共同声明を見て、ひっくり返るほど驚きました。百田尚樹氏は、一部で政府の仕事もされていますが、本職は作家です。その一作家に過ぎない百田氏が、自民党の若手の勉強会の講師として呼ばれ、このような発言をしたからといって、「言論弾圧だ」と息巻き、「表現の自由」「報道の自由」を否定する暴論だ、なんて、なんと大げさな表現をするのでしょうか。この勉強会は、内輪の勉強会であり、決して公開していたものではありません。マスコミの一部(はっきり言えば、火をつけたのは毎日新聞です!)がこれを嗅ぎ付け、耳をそばだてて聞いたものが公になったというのが真相です。しかも、「批判的だからつぶすべきだーという短絡的な発想は極めて危険であり」と言いながら、百田尚樹氏という一作家の発言を封殺しようとしている。これこそが短絡的で危険だということに気づいていないのでしょうか。マスコミのおごりという以外に言うべき言葉を知りません。
百田尚樹氏の発言の真相はこちらから発言内容

 また、大西氏の発言だって、内輪の勉強会でなされた発言ということを前提に考えれば、特に問題にされるようなことはないと思います。次に大西氏の発言を掲載します。

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<大西議員の発言>
常にマスコミの皆さんは(発言を)つまみ食いする。都合のいいところだけ編集し、全く本人の意図と違うような報道が極めて多い。私は政治家や党が財界に圧力をかけて、マスコミを懲らしめろなんてことは一言も言ってない。
 例えば朝日新聞の従軍慰安婦の捏造(ねつぞう)記事。安全保障法制について全く事実無根の、戦争に導く、あるいは徴兵制(に移行するかのような報道)。全く関係ないじゃないか、日本が戦争に巻き込まれないための抑止力を高めようとしているのに。そう(批判的に)報道している一部マスコミがある。こういうことを懲らしめなければいけないんじゃないか。マスコミのやりたい放題じゃないか。何かいいお知恵はありませんか、と百田(尚樹)先生にお尋ねした、勉強会の中で。
 自由主義世界、資本主義社会で、広告料をなくすなんてことができるのか。広告を出す企業は、自らの信念と良識に基づいて選択をしなさいというのが私の気持ちだ。日本の国を過つような、誤った報道をするようなマスコミに対して、広告なんかは自粛すべきじゃないかなと個人的には思う。
 だけど、政治家として、政治権力を使うとか、政党の力でそういうことをやるというのは民主主義の根底を揺るがすことだ。言論の自由や表現の自由というのは民主主義の根幹だ。
 (先の勉強会での「マスコミを懲らしめる」との発言を)野党が党利党略に使っている。われわれが主張しても野党の堅い石頭には通じないだろう。問題があったとは思わない。(マスコミを)懲らしめようという気はある。(2015/06/30-19:05)


 この大西氏の発言だって、特段、何の問題もないと思います。この程度の内容が、党内の非公開の勉強会ですら発言できないとすれば、そちらの方こそ大問題です。
 沖縄2紙の共同声明は、マスコミという強大な権力を盾にした言論封殺行為だということが分かっていないのでしょうか。よく言われるように、マスコミは第3権力だなどと言われます。しかし、日本のような自由と民主主義国家においては、マスコミこそが立法、司法、行政の上に立つ本物の第1権力なのです。なぜなら、政権与党でさえ、一個人の発言を嵩にかかって封殺するなんて、とてもできないことだからです。

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 その大権力が、たった一人の作家に対して、牙をむき、これを貶めようとしている。これが今回の騒動の本質です。表現の自由、報道の自由を守れ、なんて天下の公器を使って喧伝していますが、「百田氏の発言は自由だが」なんて言いつつ、百田氏の表現の自由は一切守ろうとはしていません。むしろ、マスコミという公器をフル活用して、その発言を封殺し、百田氏を社会的にも葬り去ろうとしている意図が明確です。
 沖縄2紙はもちろんですが、東京に本社を持つ朝日新聞や、毎日新聞、それにテレビ朝日(5チャンネル)、毎日放送(6チャンネル)、それにラジオ番組における毎日新聞の青木修、大坪慎吾各氏のコメントなど、百田氏や大西議員を非難するばかりで、彼らの個人の表現の自由を守ろう、などという意図は微塵も感じられません。第1権力機関の面目躍如です。ありもしない慰安婦報道をでっち上げ、それを鼓舞宣伝し、外交関係をズタズタにした朝日新聞。その新聞の報道内容を検証もせず、唯々諾々と共同歩調をとった毎日新聞。このような新聞やマスコミに広告を載せてほしくはありません。誤報を認めた後も、自由闊達に活動しているこれらのマスコミの存在。本当に不思議の国アリス、それが日本です。このような私の意見も、格調高きマスコミによれば、封殺するに値するということになるのでしょうか。
 マスコミ人、いや正確に言えば、朝日新聞や毎日新聞、その傘下にあるテレビやラジオの報道担当者こそ、自らの態度を深く反省してほしいものだと思います。

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