時事寸評 書評コーナー

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集団安全保障法は必要です

集団安全保障法は必要です

 今、国内では安保法制に関する話題で持ちきりです。持ちきりといっても、マスコミの論調は、「法制化反対」に向けての報道一色です。委員会の採決に対して、民主党や共産党など野党はこれを阻止しようと、委員長席を取り囲み、採決を阻止しようとしました。「総理!総理!」の発言で有名になった稀代のパフォーマー辻元清美議員が涙を流したり、拝んだりしている姿が大きくクローズアップされたりもしました。

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 テレビを見たり、ラジオの解説、それに国会周辺でのデモの報道など、本当に政府批判一色と言っても過言でないくらいです。マスコミの調査によれば、法案に反対している人が8割ほどに達し、安倍内閣の支持率も、支持率と不支持率が逆転したなどという報道もありました。確かに、マスコミの報道だけを判断の材料にしていると、多くの国民は、安保法制に批判的にならざるを得ないだろうな、という気がします。(安保法制反対のデモは取り上げますが、賛成のデモは決して取り上げないのもマスコミの特徴です。本当は、賛成のデモも行われているんですが、NHK(!)を始め、マスコミは決して取り上げようとはしません。)

 しかし、それでも私は、安保法制化は必要であると思っています。それはなぜか。今、日本が置かれた立場は、のんびりと憲法論議をしている暇はない、と考えるからです。

どこから考えるか

 物事を考える方法には、演繹法と帰納法があります。大雑把に言えば、物事を上の方から大局的に捉え、順次細部に下ろしていくという手法をとるか、逆に、下の方から考えて、順次上に上げていくという手法の違いといってもよいでしょう。

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 下の方から考えていくと、憲法の条文に照らし、そもそも自衛隊そのものは違憲の存在なのではないか、というところからスタートすることになります。現在の自衛隊は、その予算、装備、隊員数、これらいずれの観点から見ても、戦うための軍隊であることは間違いありません。戦うための軍隊=戦力ですから、形式論理的には、憲法第9条で定める「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」という規定に違反するのではないか、という議論が生じることになります。しかし、「前項の目的を達するため」という文言が前提としてあり、「前項の目的とは何か」という議論に立ち入らなければ違憲か否かは判断できない、ということになります。政府答弁的には、「相手から攻撃された場合に反撃するだけの装備を備えておく必要があり、従って、憲法違反ではない」、という言い方になります。いわゆる解釈改憲です。
 違憲だという人の論理は、「違憲の存在である自衛隊が、いかなる名目であれ、他国の軍隊と行動を共にして、国土、国民を守ることなど到底認められない」、ということになります。このように考える人は、先ず、自衛隊が必要だと言うならば、憲法をきちんと改正してから安保法制を整備すべきだ、と主張することになります。一応筋が通っています。本来なら、私もできればそうすべき、いやそうあって欲しいとは思っています。長年に亘るもどかしい便秘をこの際解消して欲しい、という気持ちがあるからです。

国際情勢は待ってくれない

 しかしながら、今、我が国を取り巻く国際情勢は、このような悠長な憲法論争を待ってくれる状況にはありません。例えば、日本に隣接する3つの国をみるだけでも、その緊急性と必要性は明らかです。

 先ず、中国です。中国共産党は、国民の生活は捨て置き、毎年、防衛予算を10%以上も増やし、軍事力の増強を進めています。フィリッピンに属する南沙諸島を強引に占有し、岩礁を埋め立て、飛行場などの軍事施設を設置するという早業です。その南シナ海は、日本の貨物船の主要ルートにもなっているのです。日本との関係悪化の際には、南シナ海の航行の自由が制限される、と考えるのは常識的な判断でしょう。

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 東シナ海においても、尖閣列島をめぐる中国の強引さと恫喝外交は立証済みで、多くの日本人が、かの国に対して強烈な不信感・不快感を抱いているはずです。両国で海洋開発を進めると約束しておきながら、一方的に中間線付近にガス田開発の油井を何本も建ててしまう。日本の中止要請は一切受け入れない。ならばと日本側でも建設しようとしましたが、武力で威嚇されたため、民間企業は尻込みしてしまいました。防空識別圏も、ある日突然、一方的に設定しました。その上、今度は、日中中間線付近において、レーダー基地を着々と建設していることも明らかになりました。防空識別圏におけるレーダー網の補強であることは明らかです。要するに、中国は、国家としても膨張主義の意図が明らかなのです。
 もちろん、この他にも反日暴動や小笠原諸島付近における赤珊瑚採取の無法ぶりなど、一言の詫びも補償もありません。まともに話し合いのできる国でないことは、これまでのさまざまな事象からも明らかです。

 また、隣の韓国。日本と同じ自由と民主主義という共通の理念を共有している国、などと言う人もいますが、とんでもありません。この国は、民主主義国家でも法治国家でもありません。「反日」という旗印と世論の後押しさえあれば、裁判所でさえそれに従う国です。大統領ともあろうものが、ありもしない慰安婦問題を世界中に喧伝して歩く。日本から金をむしり取ろうという意図が明白です。名古屋に騒音おばさんというのがいました。ラジオのボリュームを最大にし、バケツやヤカンなどをガンガン鳴らし、近所迷惑を何とも思わない。韓国の大統領は、あのハレンチおばさんと何の変わりもありません。

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 対馬のお寺から窃盗団が仏像を盗んだのに、「仏像は元々は韓国にあったものだ」という論理で、返還を拒否する国です。ならば、日本の浮世絵は、世界中から盗んできても返還しないでもいいという理屈になります。こういう国を法治国家とは言わないのです。
日韓請求権交渉において、日本は韓国に対して、当時の韓国の国家予算の2倍に相当する巨額のお金を支払いました。それによって、国家はもちろんのこと、国民も、全ての請求権問題は、「完全且つ終局的に解決された」と宣言されました。韓国が「漢江の奇跡」と言われる大発展を遂げたのは、正しくそのお陰でした。それなのに、再び、国民の個別の請求権は放棄していないなどといって、賠償請求を行い、裁判所もこれを認める国です。産経新聞の韓国支店長が「日本の新聞に日本語で書いた記事」を問題にして、逮捕したことだって、言論の自由を信奉する国家の有り様ではありません。

 北朝鮮という国家も大変な国です。一言で言えば、狂人国家と断じてよいでしょう。他国の国民を拉致し、それを返すのに大きな見返りを求める。要するに、国を挙げて未成年者拉致・誘拐、身代金要求をする国です。拉致した人間は、「招待所」と称する閉鎖空間で逃亡できないよう日々監視していることは、蓮池透さんの著作などを読めば明々白々です。それなのに、ヌケヌケと「捜索するために1年は必要」だ、などと適当なことを言い、約束の1年たつと「まだ捜索が完了していない」などと平気でのたまう国です。

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 そのうえ、なにか文句を言えば、ミサイルを太平洋に向けて発射したりする国です。日本本土をまたいで太平洋に落下したミサイル事件なんていうのもありました。こういう狂人国家が、核兵器まで持っているんです。これを「気違いに刃物」と言わずして何と表現すればよいのでしょうか。

 これが、日本の周辺の「大変な隣人たち」です。日本国憲法の規定は大変結構ですが、これらの大変な隣人達に、憲法の定める「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼」することなどできるのでしょうか。「公正と信頼」の欠片もないではありませんか。笑止千万とは、このことです。

隣国以外からも迫る危険

 また、今の国際情勢は、隣国のことだけ考えていればよい、という時代ではありません。イスラム国のように、従来の国家という概念を突き抜けたような、とんでもない無法テロリスト集団が国際社会を翻弄するようになってきました。日本人2人も、彼らの犠牲になりました。私は、檻に入れられ、ガソリンを撒かれ、生身の体を焼かれる残酷な映像もはっきりと見ました。切り離された頭部が自身の体の上に乗っている後藤健二さんの映像もはっきりと見ました。世界には、このような無法な集団が跋扈し、しかもその影響力を増しつつあるのです。彼らは、いずれ中国のウイグル自治区などにも、確実に進出してくるはずです。

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 日本は人材こそ恵まれていますが、天然資源や食料は乏しい国です。海外からの輸入なしに自立することは難しいでしょう。となれば、遠い将来はともかく、当面は、中東など諸海外から石油資源などを輸入せざるを得ません。その際に、ホルムズ海峡や海賊の横行するソマリア沖なども通過しなければなりません。加えて中国による南沙諸島の軍事施設化が完了すれば、南シナ海における航行の安全すら確保できなくなるでしょう。
 そういう事態の発生が予見できる現状において、日本は平和憲法があるから、自衛隊は海外に行けません。どなたか善良な国の方々、守ってください、などと言っていられるのでしょうか。日本の輸送船が危険な状態にあるときに、警察官が腰の拳銃を下げて駆けつけるとでもいうのでしょうか。常識で考えれば分かることです。嘗て社会党の土井たか子委員長は、「丸腰でいる国をどこの国が攻撃するというんですか」なんて言っていたことがありました。平和ボケもここに極まれり、というおめでたい人でした。

邦人は守れるのか

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 「戦争反対」や「戦争法案反対」と叫ぶことは簡単です。ならば、そう叫んでいれば国の安全や海外にいる国民の安全は守られるのでしょうか。無法な国家やテロリスト達が心を入れ替えるとでもいうのでしょうか。例えば、日中間に突発的な紛争が生じた時、駐在する数万人の日本人事業者や従業員、そしてその家族の生命・財産は、誰がどのようにして守るのでしょうか。戦争反対を叫んでいれば、かの国、中国は、日本の言うことを聞いてくれるのでしょうか。また、現在の自衛隊の装備だけで、本当に中国や北朝鮮と対峙することができるのでしょうか。
 私たちは、二度と戦争は嫌だ、危険なことからは遠ざかっていたい、という思いから、これまでは「憲法の存在」を盾に、この問題に正面から取り組んできませんでした。でも、これは甘え以外の何ものでもありません。安倍総理は、地球儀を俯瞰する外交を展開する中で、「このままでは日本が危うい」、ということを肌身で知ったんだと思います。
 その背景には、アメリカの経済の弱体化という要因もあります。今、アメリカの経済は、かなり弱体化しつつあります。このため、軍事予算も削減の方向で見直しが進められており、韓国駐留軍、日本駐留軍はいずれも縮小傾向にあります。アメリカの意図は、極東の守りは日本にも応分の負担をしてもらいたい、ということです。

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 ならば、今の日本で、アメリカに代わって日本単独で防衛体制を構築できるかといえば、とても単独ではできるはずがありません。単独で出来ないならば、集団の力で国の安全を守っていこう、という集団安保体制論が出てくるのは必然の成り行きです。日本とアメリカが手を携えて国を守る。アメリカの艦船が攻撃を受けた時には日本も同時に反撃する、というのが現実的な解決策ということになります。特に、中国のような膨張主義国家に対しては、これ以外に有効な方法はないでしょう。もちろん、どこまでが相互防衛の範囲なのか、という議論は重要です。国会での論議は、そこに集中している、といっても過言ではないでしょう。
 このような前提でものを考えている時に、「ひとりの自衛隊員も死なせてはならない」という社民党的な物言いは、余りにも幼稚すぎます。
 そもそも自衛隊員は、国土の防衛に当たるのが最大の任務です。国土の防衛とは、国内の治安とは違います。外国の軍事勢力に対して直接対抗する戦力ですから、命が失われることもあるのは当然のことです。それが嫌なら、自衛隊員を辞めるのが筋です。この当たり前のことが不謹慎に聞こえるとしたら、あなたは、かなりノー天気、いやお目出度い人種に属しているものと思われます。どうか目をそらさず、しっかりと現実を直視してください。

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