時事寸評 書評コーナー

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エンブレム撤回と再公募に思う

エンブレム撤回と再公募に思う

またもマスコミの犠牲者

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 2020年の東京オリンピックで使用することが決定していたエンブレムが撤回され、再公募されることになりました。何だか日本国中、すべて荒探しをし、少しでも問題があると大騒ぎし、政府や主催者を非難しているようで、何だか後味の悪い思いを抱いたのは私だけでしょうか。
 確かに、よく見れば、類似していると言えないことはないと思います。でも、○や△、□などを弄り回せば、世界中の誰かの作品に似てくるのはやむを得ないような気もします。

ベルギーのデザイナーは狭量

 佐野研二郎氏のデザインが似ているとして、ベルギーの劇場のデザイナーが国際オリンピック委員会(IOC)に使用差し止めを求めて訴えを起こしましたが、私はこれについても大人の対応ではないと思います。なぜならそれほど大事なデザインならば、きちんと商標登録をすべきであり、そのために国際的な法制度も整備されています。
 その権利を自ら行使せず、誰かが使用したら、むっくり起き上がって「盗作だ」などと騒ぎ立てるのは、大人の対応ではありません。我が国の民法には時効という制度がありますが、一定期間その権利を行使しなかった場合、「権利の上に眠る者」として、その権利は保護されません。

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 デザインの世界でも、商標登録という自らの権利を行使しなかったんですから、「権利の上に眠っていた者」と言われても仕方がありません。しかも似ているだけで、パクったと断定できるレベルのものではありません。
 現に、オリンピック組織委員会は、3ヶ月もかけて世界中の商標登録されたエンブレムをすべて調査し、その結果、問題なしと判断したというんですから、特段、落ち度があるというわけでもありません。よってデザイナーが訴えを起こしたからといっても、IOCが負ける確率は極めて低いと思います。
 ここで疑問が生じました。デザインの商標登録は、申請後、それを受理した特許庁などの審査機関が調査を行い、その上で登録を認める、という流れになるはずです。それなのに申請後、IOC側で各国のエンブレムを調査したというのは、ちょっと理解できないところです。
 まあそれはともかくとして、ベルギーのデザイナーはなぜわざわざ訴訟など起こしたのでしょうか。何か別の意図があると勘ぐらざるを得ません。なぜなら実際にオリンピックのエンブレムとして使用したとして、具体的に何か困る事態が生じるのでしょうか。むしろ、似たロゴを先に使っていたとして、有名になるかもしれません。また、寛容なベルギー人として、個人の評価も上がったことでしょう。訴えを起こしても、日本国民に狭量なベルギー人という印象しか残らないのではないでしょうか。

流用した羽田空港の写真

 報道の過程で、佐野氏が活用例として示した画像の中に、羽田空港の写真が流用されていた、というものがありました。私のような素人目にも、流用していることは分かります。
 ただ、この画像は、活用例の一部として大会組織委員会に例示しただけのものであって、公開することを前提としたものではありません。このエンブレムを採用すれば、広告用のポスター作成など、さまざまな応用・展開が可能ですよ、ということを例示したに過ぎないのです。いわば「補強資料」という位置づけです。
 もちろん、このような使用方法であっても、原作者に了解はとっておくべきだったとは思います。東京オリンピックの公式エンブレムの提案ですから、慎重を期す必要があったからです。私の個人的な意見としては、このような活用例まで提出させるという選抜方法がナンセンスだと思います。活用方法なんて、商用活用する側が勝手に考えることで、エンブレム創案者が提示すべきことではないからです。

なぜ二度の作り直しでも第1位なのか

 私が不思議でならないのは、次の2点です。
 第1は、佐野氏の提案が選定委員会の選定で第1位になったのに、組織委員から「躍動感が感じられない」とかいろいろな意見が出て、2回も原案を変更しているということです。
 デザイン公募をした作品を二度にもわたって作り直したのでは、原案とはかなり違ったものになってしまうのは当然です。つまり、森善朗会長など組織委員会のメンバーは、そのデザインを批評し、変更させることができるほどの鑑識眼があるのでしょうか。そもそも原案とかなり異なる作品は、もはや公募第1位の作品とは別物なのではないでしょうか。
 私が中学生の頃、特定の男子生徒を贔屓(ひいき)をする女の先生がいました。私のような劣等生は贔屓の対象になりませんでしたが、仮にこの先生によってポスター作品の選定が行われたとすれば、贔屓された生徒が金賞になることは間違いないでしょう。仮に出来の悪い作品であっても、先生の指導通り、何回か書き直しをすればいいんですから当然です。

なぜ再公募なのか

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 第2の疑問点は、なぜ第2位の作品が繰り上がり当選にならないのか、ということです。通常、このような公募作品についてケチがつき、1位がコケた場合、第2位の作品が繰り上がり当選となるのが物の道理というものです。
 それなのに、なぜいきなり再公募ということになったのでしょうか。私たち国民は第2位の作品も第3位の作品も見ていません。なのに、第2位の作品を繰り上げることをせず、再公募することとしたのでしょうか。本来、第2位というのは、1位がこけた時に繰り上がる、という意味を含んでいるのではないでしょうか。
 選定委員が第2位、第3位と決定したならば、それなりの出来栄えの作品であったはずです。本来行うべき繰り上げ当選をせず、再公募という判断をしたのは、我々国民の立場からすれば、そこに何か胡散臭いものを感じざるを得ないのです。
 今言っても詮無きことですが、私は、順位をつけずに上位3作品を選定し、この中から国民に投票してもらい、その上で決定すればよかったのではないか、という気がしています。国民が自分で投票したなら、参加意識も持てるし、プロの判断ではなくとも、国民は十分に納得した筈です。
 また、こういう芸術作品について人気投票をすることにより、オリンピック機運も盛り上がり、また、デザインというものに対して、国民の興味や関心も高まったはずです。
 今からでも遅くはありません。是非とも、国民にも参加意識を持てるような選抜方法をしていただけないものでしょうか。公表した途端に、それと同じものを商標出願する不埒な者がいるというなら、大会組織委員会がその費用を負担し、一時的に権利確保をしておけば済む話です。

佐野氏の人脈図

 佐野氏を初めてテレビで見た時、好感を持った人はどれだけいるでしょうか。正直なところ、私の第一印象は、芸術家という感じはしませんでした。犯罪歴有りと言われても驚かなかったと思います。「何か癖のありそうな人だな~」というのがその時の実感です。でも、デザイナーとか芸術家とは、そもそもそういうものだと思っていますから、特段、それ以上の疑問は持ちませんでした。
 でも、この記事を書きながら、佐野氏個人についても興味を持ち、ちょっと調べてみました。すると、彼の作品が当選するにあたり、次のような事情があることが分かりました。

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 先ず、審査委員代表の永井一正氏です。彼は佐野研二郎が教授を務める多摩美術大学の教授仲間の父親で、その他の審査員と佐野氏も深い繋がりがありそうだということが分かりました。また、佐野氏の兄が経済産業省の情報経済課長である佐野究一郎氏で、同氏と審査委員長の永井氏は富山県立近代美術館で開催された永井氏のポスター展で、究一郎氏が力を尽くした間柄である、ということも分かりました。
 さらに、審査委員の長嶋りかこ氏は佐野氏の元部下です。同様に審査委員の高崎氏は、盗作が発覚したサントリーのトートバックのデザインを佐野氏に依頼するなど、旧知の仲であったということも分かりました。

 うーん、こういう相関図を見ると何だか、それだけで本当に公正な審査が行われたのか、と疑問に思われてしまうんですね~。絵画にしろ、書道にしろ、生花にしろ、大家と言われる人が「これがいい」と言えば芸術展の大賞に叙せられる、ということが一時問題になったことがあります。要するに、大家と言われる者同士、仲良く大賞受賞者を「回し」で決めていた、というあの問題です。人間が見て評価・判断するデザインなど芸術の分野は、我々一般人が踏み込めないアンタッチャブルの闇が広がっているのかもしれません。(H27・9・2記)



<後日記1>

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 上記の感想を書いた後、次のような事実が判明しました。審査委員長の永井一正・日本グラフィックデザイナー協会特別顧問は、コンペで選ばれた佐野研二郎氏の原案が二度に亘って修正され、最終案になった過程を知らなかったというんです(読売新聞9月4日朝刊)。テレビ局の取材でも本人が同様の答えをしていますから、事実関係に間違いはないでしょう。
 つまり、永井委員長は、1回目の修正案をその直前まで知らされたおらず、最終案についても、(発表の)1週間前くらい前に知らされ、「すでに国際商標をとったというので、いまさら何を言ってもしょうがないと思って了承した」と言うんです。

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 審査委員長が知らされていない位ですから、他の委員は推して知るべしです。つまり、コンペで選ばれた1位の作品が、大会組織委員会によって2度に亘って勝手に修正されてしまったということです。その理由は「躍動感がない」などというものでした。
 その意見を言った大会組織委員会の会長は誰ですか?森善朗元総理です。私は、この男が出てくると、物事はだいたい碌なことにならないと確信しています。審査委員会で1位になった作品を「躍動感がない」などの意見で勝手に変えてしまうということは、組織委員会のメンバーは、デザインに関して、審査委員よりも高い審美眼を持っているということにほかなりません。
 失礼ながら森善朗を初めとする組織委員会のメンバーに、それほど高い審美眼があるとは到底思えません。そんな人間たちが集まって、あれこれとイチャモンをつけ、審査委員を抜きにして、勝手に原案を変更してしまう。これではとてもじゃありませんが、透明性も何もあったものじゃありません。

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 エンブレムが撤回された時、マスコミが森会長に「エンブレムが撤回されて残念でしたね」とマイクを向けると、憮然として「何が残念だ!」と吐き捨てた映像が報じられましたが、心境はよく分かります。要するに、森会長が「躍動感がない」とか言って変更させた張本人なんだと思います。ここは一応推測の域ですが、これまでの彼の言動パターンからして、事実だと確信しています。
 そもそも私は、この大会組織委員長に森善朗が就任した時から、嫌な予感がしていました。総理になり、世間の耳目を集めるようになって以来、政治家に必要な大局観がなく、そればかりか彼の言動には思慮深さを感じるものは何もありませんでした。ただ己の力と権力を嵩にきた強欲の政治家、いや「政治屋」にしか見えなかったからです。 
 国民もそれを冷静に見ていたんだと思います。彼の総理時代、全く不人気で、支持率も10%を切り、国民から見放されて辞任せざるを得なかった人物です。

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 しかし、総理辞任後、国会議員さえ辞職したというのに、スポーツ関連の組織団体の動きがあると、常に彼の陰がちらつき、不快指数が高まっていました。今回のオリンピック組織委員長に就任した時も、なぜこんな人望のない人物が会長になるのか、私には全く理解できませんでした。
 そしてやっぱり生じたのが、国立競技場の見直し問題と今回のエンブレム騒動です。何でも自分勝手にやる、これが彼の政治手法ですから、審査委員会なんてあくまでも隠れ蓑にすぎなかったんだと思います。
 今後の審査は、「より透明性を高める」とか言ってますが、森善朗という人物が中心にいる限り、まず、碌な結果にならないでしょう。1日も早く、森善朗を出身地の石川に送り返し、町会議員程度で余生を過ごしてもらいたいものです。(H27・9・5記)



<後日記2>

 まさかエンブレム問題で後日記を2回も書く事になるとは思いませんでした。
 大会のエンブレムが白紙撤回された問題で、外部有識者チームが報告書をまとめました。それによると、次のようなことが明らかになったと言うんです。
 大会組織委員会は、名の通った8人のデザイナーに、一次審査に応募するように「秘密裏に」参加要請の文書を送付していたというんです。しかも8人全員が無条件で1次審査を通過するように画策していたというんですね。本当は、8人のうち2人の作品は一次審査通過に必要な2票を得られなかったために、意図的に票を増やす工作をしたというんですから驚きです。

老害

 やっぱりそうか、と思わざるを得ません。上に述べたように、この大会組織委員会というものが、胡散臭い組織であるということは縷々述べました。特に、森喜朗という人物の軽薄さ、人徳のなさは目を覆うばかりです。仮に、彼自身が指示したものでないとしても、シャッポが腐っていれば、胴体も尻尾も腐っているのは常識です。審査委員長を務めたデザイン界の重鎮、永井一正氏は、他の委員に「耳打ち」するなど、票の操作に主導的な役割を果たしたと言うんですから呆れるばかりです。
 絵画や書道など人間が目で見て評価する分野では、巨匠とか重鎮とか言われる人のもとに、弟子もお金も集まるということを聞いたことがあります。この重鎮も金や名誉にからきし弱い体質の人物だったということですね。
 そういえば、今日、オリンピックのメイン会場となるスタジアムのデザイン案、A案とB案に決着がついたそうです。A案です。私もA案を願っていました。理由は簡単です。あの森喜朗が、「B案のほうがいい」と言ったからです。彼の思った通りになるのは、心理的にも絶対に許せません。
 でも、彼は、本心はA案の方を支持していたため、逆にB案のほうがいい、と言ったのかもしれません。それほど高等戦術を使うほど頭はよくないはずなんですが・・・。(H27・12・22記)
 

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