時事寸評 書評コーナー

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放送免許の取り消しを検討すべきです

放送免許の取り消しを検討すべきです

安保法制反対一色のマスコミ報道

 いやあ、今回の安保法制をめぐる騒動、異様でしたね~。朝から晩まで文字通り、反対一色と言ってもいいほどに報道が過熱していました。と言っても、過熱していたのは、民主党や共産党を主体とする野党勢力とマスコミ報道です。

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 野党勢力は、安保反対を掲げることによって党勢拡大を図る意図があるわけですから、これは正当な政党活動と言ってよいでしょう。民主主義国家ですから当然です。
 許せないのは、一部のマスコミ報道です。具体的に言えば、テレビ朝日(東京では4チャンネル)とTBS放送(東京では6チャンネル)、それとこれらの傘下にあるラジオ局の報道ぶりです。
 とにかく朝から晩まで、安保法制反対を掲げ、「憲法違反である」とか、「戦争法案である」とか、野党の主張と機を一にして、法案を廃案に追い込むための宣伝一色でした。これら両局は、ニュース番組、報道番組、どれをとっても法案反対の報道に終始したと言っても過言ではありません。私のように、冷めた目で見ている人間でも、「自分の物の見方が間違っているのかな」と錯覚するくらいの徹底ぶりでした。
 ニュースと言えば、反対派のデモ行進やデモ参加者の声ばかりが中継されました。子供連れの母親にインタビューし、「私たちの子供を戦争に行かせたくありません」とか、「このような戦争法案を絶対に許すことはできません」というような発言ばかりがオンエアーされたのです。これに加えて、コメンテーターなる解説者が、「今回のデモは本当にフツーの主婦や学生たちが自主的に参加しているんですよね」とか「こんなにフツーの国民が大勢参する大衆運動なんて本当に珍しいことです」なんていうおまけの解説付きで報道されていたのです。

賛成派の意見は完全無視

 これらの番組では、「安保法制は必要だ」という意見は、全く取り上げられることがありませんでした。実は安保法制に賛成のデモもあったんですが、それらが取り上げられることは一切ありませんでした。
 いや、もっと正確に言えば、参議院本会議で採決されるまではありませんでした。私は注意深く見ていましたが、採決された途端、賛成派の意見もほんの少しだけオンエアーされるようになったんです。これは、あとで「一方の意見だけを取り上げるのは不公平だ。偏向報道だ。」と言われた時の言い訳として、報道したんだと思います。要するに「アリバイ作り」のための報道です。その狡猾さに思わず笑ってしまいました。

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 「この法案は憲法違反だ」「戦争法案だ」「憲法学者もみんな反対している」「ノーベル賞受賞者も反対している」「石田純一も反対している」などという報道を、朝から晩まで聞かされれば、一般の国民も「公正なマスコミがこれだけ言うんだから、多分憲法違反なんだろう、戦争をできるようにするための法案なんだろう」と、思うのはやむを得ないところでしょう。
 これらマスコミの作戦が功を奏し、世論は「安保法制反対」「安倍内閣不支持」の声が高まり、一部のマスコミ報道では70%以上の国民が反対であるとの報道もなされていました。しかも「安倍内閣は国民の声を聞いていない」とか「国民にもっと説明すべきだ」なんていう、マスコミお得意の言葉も多々耳にしました。この言葉の本当の意味は、「我々第3権力(現実には、やりたい放題の第1権力!)であるマスコミの主張を聞いていない。けしからん。」という意味だったのです。
 賛成派のデモ人数が少なかっただろうことは想像できます。なぜなら、そもそも賛成派はデモなんかする必要がないからです。民主主義のルールで、安倍政権に投票した時から、憲法改正、集団的自衛権の行使には賛成しており、国会では民主主義のルールによって、その支持通りに採決がなされようとしていたからです。「体を張って」賛成する必要なんて全くなかったのです。私も、デモには一度も行っていません。
 賛成のデモに行かれた方は、余りにも報道が過熱し、しかも偏向マスコミが反対運動を扇動していることに強い危機感を抱いたからではないでしょうか。

放送法の精神とは

 放送法第4条は、次のように定めています。

放送法

第4条  放送事業者は、国内放送及び内外放送(以下「国内放送等」という。)の放送番組の編集に当たっては、次の各号の定めるところによらなければならない。
 一  公安及び善良な風俗を害しないこと。
 二  政治的に公平であること。
 三  報道は事実をまげないですること。
 四  意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。

 この条文に違和感をもつ人はほとんどいない筈です。当たり前のことが書かれているからです。政治的に公平な報道をすること、当然です。事実を曲げないですること、これも当然です。意見が対立している問題についてはできるだけ多くの角度から論点を明らかにすること、これも当然です。

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 つまり、すべて当然のことが書かれているのです。これは「公共の電波を使う以上、恣意的な放送をしてはいけない、ということと同義です。恣意的な意見を言いたいなら、公共の電波を使わず、自分たちで街宣車を調達するなりして、自分のお金で自由にやって下さい、というのが民主主義の基本です。嘗て右翼の大日本愛国党総裁の赤尾敏が、毎日毎日、東銀座の街頭で演説していましたが、正にあの姿です。どのような主張をするのも自由です。それが言論の自由を保障された民主主義国家というものです。
 しかし、電波は違います。電波は公共のものであって、これを使って自分勝手な主義主張を垂れ流されてのでは、国民は堪ったものではありません。

 では、これまでの一連のマスコミ報道は、本当にこれらの放送法の精神を逸脱していないのでしょうか。私の見るところ、「逸脱」なんて文字を使うのは「逸脱」という語に申し訳ないくらいのレベルで脱線転覆し、粉々に砕け散るほどに、大幅に逸脱していたと思います。

特に朝日新聞・毎日新聞及び系列ラジオ局がひどい

 そもそもこれら両局のニュースや報道番組で両方の立場で正々堂々意見を戦わせた番組はあったでしょうか。古館伊知郎の司会をする報道ステーションで、安保法制は必要なのかを双方の立場で意見を戦わせたことが一度でもあったでしょうか。関口宏の司会をするサンデーモーニングで、同様のことがあったでしょうか。「テレビっ子」を自称する私は、朝起きてから寝るまでテレビのお世話になっていますが、一切ないと断言します。

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 ラジオ番組もひどかったと思います。荒川強敬のデーキャッチや大沢悠里のゆうゆうワイドなども、常に一方的に安保法制に対する批判的な意見を述べる人にのみ、公共の電波を提供していました。
 例えば、鳥越俊太郎など、週1回でしょうか、出てくる度に安保反対を叫んでいました。彼は事件報道の専門家としては優秀でしょうが、政治評論家として国民を啓蒙する立場に相応しいのでしょうか。一個人として平和を愛するのも結構、戦争に反対するのも結構です。それらはすべて私も同意見です。
 しかし、それらの理想を「実現する手段」については、それぞれ意見の対立があります。意見の対立があるからこそ、双方の意見を公平に取り上げるのが報道機関の基本姿勢でなければなりません。報道機関が勝手に行司になって自分で審判をし、それどころかマワシまでつけて登場してしまったのです。公共の電波を預かる者が、自分で煽って自分で裁いてはいけないのです。私たち国民は、報道機関に行司役など頼んだ覚えはないのです。

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 これこそ正に「放送を私する」、放送の私物化ではないでしょうか。これらの放送局は、「知識の不足している国民のために真実を教えてあげている」という意識なのかもしれません。余計なお世話です。物事の是非は、国民が判断するのです。マスコミは両方の意見を「公正に」報道する、国民に判断の材料を提供する。それこそが公共の電波を預かっている者の役割なのです。国は、テレビ局などの報道機関は、公正な報道をするであろうという信頼感を前提として免許を与えているのです。放送の免許は国民の負託を前提として、形式上、総務省が付与しているに過ぎないのです。
 今回の一連の報道姿勢から、これは大きな間違いであったことが明らかになりました。マスコミは、公共の電波を「不公正に」、しかも「自己の都合のいいように」ミスリードする機関である、ということが実証されたのです。

放送法違反の有無を審査すべき

 私は、放送法を所管する総務省に強くお願いしたい。今回の安保法制を巡る一連の報道姿勢について、各報道機関がどのような報道を行ってきたか、これを十分に検証して頂きたい。今はビデオ機能が十分に発達しているので、検証作業は十分に可能だと思います。そしていやしくも報道機関として、第2号の「政治的に公正であること」と第4号の「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」に違反していないかどうかについて検証をして頂きたい。一方のデモだけを取り上げるのも、消極的な意味で「事実を曲げて報道」していると言っても過言ではないでしょう。
 その検証の結果、2号から4号まですべて違反していることが明らかになった場合は、免許の取り消しをして頂きたい。これは決して過激な意見ではありません。なぜならば、放送法に基づき免許を受ける際には、この条文の存在を十分に認識したうえで免許を取得した筈です。こんな法律は守れないというなら、最初から免許を受けなかったはずです。そうである以上、免許取り消しは、当然の帰結なのです。

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 当然、これらの報道機関は「言論弾圧だ」とか、「自由な言論に対する政府の挑戦だ」とか、猛然と反発するでしょう。しかし、憲法を守れ、法律を守れ、と言っているのはこれらの偏向報道機関の方です。放送法も立派な法律です。この法律に明確に違反している以上、免許取り消しも当然のことです。それこそが正に「法律を守る」ということなのです。

新聞社は憲法違反の訴えを起こすべき

 ついでながら、これら偏向マスコミは、これまで安保法制について、憲法を守れ、憲法違反だという立場で報道をしてきたわけですから、法律が成立した以上、最高裁判所に対して、憲法違反の訴えを起こして頂きたい。そうでなければ論理一貫しません。最高裁判所は、憲法81条で定める通り、法律が憲法に違反するかどうかを審査する終審裁判所です。法治国家においては、憲法違反の法律があれば訴えを起こすことができます。
 もちろん報道機関にも訴えを起こす権利があります。例によって、誰かに訴えを起こさせ、それを陰で応援するというような姑息なやり方でなく、今回は正々堂々、自ら訴えを起こすべきです。そうでなければ、あれほどまで一方的な放送をしてきたこととの整合が図れません。

本当に憲法違反なのか

 マスコミ報道では「憲法違反は許さない」とか「憲法守れ」といったプラカードが盛んにテレビ画面に映し出されました。また、コメンテータが出てきて、「多くの憲法学者がみんな憲法違反だと言っているのに、それを無視するのは許されない」とか言っているのを、多くの国民も聞いた筈です。
 そもそも自分の国を守ることが憲法違反なのでしょうか。他国から侵略され、自分や肉親、国民が殺されそうになっても、何らの反撃ができないのでしょうか。米国の力を借りて国を守ることが、憲法違反なのでしょうか。
 実は、この点については、既に結論が出ています。最高裁判所は、昭和34年12月のいわゆる砂川事件の判決において、次の趣旨の判決を下しています。

最高裁判所判決(昭和34・12)

外国軍隊は憲法第9条にいう戦力にあたらないから米軍の駐留は憲法に違反しない。また、米軍駐留を定めた日米安全保障条約は高度の政治性を有し、司法裁判所の審査にはなじまない。

 このように最高裁判所は、米軍の駐留は合憲、安全保障条約についても、統治行為理論により原判決を破棄、東京地裁に差し戻しているんです。違憲とした下級審判決を破棄し、差し戻した以上、地裁は合憲を前提として事案の判断をせざるを得なかったのです。
 確かに、日本国憲法においては、直接、集団的自衛権について言及していませんが、国家が外国から攻撃を受けた場合、それを守るというのは、万国共通、自然権として認められた国家国民固有の権利です。個人の場合であれば、刑法でも、正当防衛として無罪になることが定められているのと同じです。

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 これまででも日本は、米国との集団的自衛権によって守られてきました。冷戦時にはソ連から、現在は中国の侵略から、守られてきたのです。これが違憲だというなら、なぜ民主党は、政権奪取時に、憲法違反だから安保条約を破棄すると言わなかったんですか。なぜ自衛隊は違憲だと言わなかったんですか。それどころか、嬉々として防衛大臣を任命していたではありませんか。
 国連という組織も、集団で守るというという理念が基本になっています。国連の治安維持部隊がどこか1国のみで構成されることはありません。日本は、その国連に加盟し国連PKO部隊にも参加しているではありませんか。
 自国を守るのに、1国のみで守るのと2国で守るのと、どちらが効果的か、小学生でも分かる論理です。手を組む相手が、腕っ節の強い相手なら尚更心強いのも理の当然です。
 自分の国を守りたくない、というならその主義主張は勝手です。だったら、きちんと法的手続きを踏んで最高裁判所で決着をつけるのが法治国家というものです。マスコミという公共の電波を使って、公正を装いながら得て勝手に国民をミスリードするのは絶対に許せません。

新聞社のコメンテーターは、排除すべき

 これらの偏向マスコミが常用する手段として、新聞社のコメンテーターを多用することです。これはおかしいと思います。

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 すでに周知のことですが、朝日新聞社や毎日新聞社は、社の綱領などで不偏不党とか、社会の木鐸となるとか立派なことが書いてあるはずです。それが分かるのは、私の若き頃、実際に朝日新聞を購読していたことがあるからです。未成熟の脳細胞は、それをそのまま信じ込んでいたのです。今でも朝日新聞の社員用手帳には、「真実を公正敏速に報道し、評論は進歩的精神を持してその中正を期す」なんて書いてあるそうです。
 しかし、朝日新聞や毎日新聞の基本的スタンスは、誰がどのように言おうと、「反政府」「反権力」です。その反政府が行きすぎて、反日、親中、親韓にさえなっているのも周知の通りです。そういう新聞社の人間が入れ替わり立ち替わり出てきて、安保法制は問題だ、なんて言うわけですから、国民がミスリードされるのは当然です。私は、このような新聞社に籍を置いている人物は解説者に加えるべきではないと思います。彼らに共通しているのは、公正を装いながら必ず反政府、反安保のコメントをするからです。
 仮に登場させる場合には、必ず反対の立場の人物も登場させるべきです。これまでこのことを声を大にして主張する人があまりいなかったために、マスコミの独走を許してしまったのかもしれません。
 一般に、マスコミは第3権力と言われます。しかし、マスコミは決して第3権力ではありません。今回の一連の行為でも分かる通り、マスコミは巨大な第1権力です。マスコミのミスリードによって、安保法制反対の大きなうねりが形成がなされたことが、そのことを雄弁に物語っているではありませんか。(敬称略)

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