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仏、マクロン勝利でも世界の流れは変わらない

仏、マクロン勝利でも世界の流れは変わらない

マクロン候補決選投票で勝利

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 フランス大統領選で、欧州連合(EU)の統合を推進する中道の無所属エマニュエル・マクロン前経済相が勝利しました。イギリスに続き、フランスもEUから離脱するということになれば、EU解体というドミノ現象に拍車がかかるのではないか、と見られていただけに、ひとまず世界に安心感をもたらしたということになります。
 しかし、この選挙結果をもって、EUという組織が安泰になった、と見るのは早計だと思います。EUの抱える問題は、依然として深刻だからです。いまだに難民問題や相次ぐテロを防ぐ有効な方策を見いだせていません。
 また、EU諸国内における経済格差も大きく開いたままです。チェコ、ハンガリー、ポーランドといった東欧加盟国は、EU内での経済発展が遅れています。また、イタリアやスペイン、それにギリシャなどの南欧諸国も債務問題に苦しんでいます。これら南欧諸国における債務問題は深刻で、容易に解決されることはないでしょう。

EU統合の目的とは

 そもそもヨーロッパを統合する意義とは何だったのでしょうか。一言で言えば、第二次世界大戦の教訓です。この世界大戦において、ヨーロッパ全体は戦場となり、各国が同じ大陸内で戦いました。その後遺症で、戦後も経済的なダメージが大きく、再度の戦争への不安もあり、長らく回復ができなかったのです。
 そこで、ヨーロッパ全体を統合し、ひとつの国のようにすれば、域内での戦争の心配はなくなり、かつ、ロシアからの軍事的脅威にも備えることができる。そのうえ、人や物の取引を自由にし、お互いに関税も撤廃すれば貿易も活発になり経済も活性化する。良いことづくめです。
 このような目的でEUはスタートしたのです。が、実際にスタートしてみると、さまざまな矛盾や障害が顕在化してきたのも事実です。

競争力の差が露呈

 その第一は、各国間の経済力の差です。関税を撤廃し自由な貿易が行われれば、競争力のある製品を生産できる国が圧倒的に有利になります。EU内での関税撤廃は、EU以外の国との取引よりも圧倒的に有利になります。EU内で、比較優位の製品をもつ国が、EU内の市場をほぼ独占できるというメリットが生じます。つまり、EUというのは、実は誰かが1人勝ちできる組織体の構築でもあったのです。

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 その恩恵を受けた筆頭がドイツです。同じ商品を、同じ値段で買うなら、少しでも性能の良い製品を買いたいと思うのは、消費者として当然の心理です。つまり、良質な製品を生み出せる国、ドイツが断然有利になるということです。
 その結果、ドイツやフランスなどの工業先進国が有利になります。観光事業を主産業としていたギリシャやスペインなどは、工業製品の輸出においては、敗者に回らざるを得ません。イタリアも、一部のブランド産業を除き、全体的には敗者の側になります。
ドイツ産業のみが活性化し、雇用も安定します。因みに、今年3月のドイツの失業率は3.9%と、ほぼ完全雇用と言ってもよいレベルまで向上しています。
 他方、ギリシャやスペイン、イタリアなどでは、新たな産業が育たず、従って、雇用も生まれません。その結果、昨年10月時点における失業率は、ギリシャが23.0%、スペインが18.9%、イタリアは11.8%と、高止まりしています。当然ながら、敗者組の労働者は、ドイツやフランスに移住したり、出稼ぎ労働者となるなど、労働力のシフトがなされました。

疲弊するEC諸国

 EUに加盟した殆どの東欧諸国は、経済崩壊の危機に直面しています。ハンガリーやラトビア、それにルーマニアは、大規模な国際的支援によって、かろうじて破産を免れました。しかし、これら3ケ国は、2015年における経済成長率は1.1~1.9%の範囲にあり、明らかに低迷しています(かくいう日本も、同年の経済成長率は1.0%ですから偉そうには言えないのですが)。
 また、自動車産業に大きく依存しているチェコ共和国とスロバキアの産業も、経済活動の落ち込みが目立っています。
 これら東ヨーロッパ諸国の通貨も急落しています。ポーランド、チェコ共和国とバルト三国(旧ソ連)の貨幣は、ユーロに対し10%から30%価値が低下しました。低下の原因は、国家と個人の負債の急増によるものです。バルト三国の赤字予算はヨーロッパで最高です。エストニアの国内債務と対外債務の合計は、国内総生産の2倍にものぼっているのです。

共通通貨の弊害

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 よく知られているように、ギリシャは、対外貿易の不振から巨額の負債を抱えています。2016年の対外債務残高は318億ユーロに達しています。同年の国内総生産(GDP)は175億ユーロですから、GDPの1.8倍の借金を抱えている、ということになります。しかも、EU域内は、ユーロという共通通貨ですから、対外債務を自国通貨を発行して清算することができません。債務が積み上る一方、自国通貨での支払いができないわけですから、債務破綻せざるを得ません。日本のように、国債の95%が国内で消化され、その返済も自国通貨で行える国とは、根本的に異なるのです。
 こういう場合、本来ならば、域内貿易で潤ったドイツが、その債務を全面的に肩代わりしてもおかしくありません。しかし、ドイツは、資金援助と引き換えに、ギリシャに対して、徹底した緊縮財政を求めることになります。このことがさらに、ギリシャ国民の不満を増幅し、EU内部の軋みとなって表れてくるのです。

ルペン候補は極右ではない

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 マスコミの報道を見ていると、対立候補のルペン氏の名前を挙げるときに必ず「極右」との呼称をつけます。日本人は、この呼称を見ただけで「この人は相当な過激思想の持ち主なのだな」と思ってしまいます。しかし、これは大変な勘違いです。なぜなら、彼女の主な政策を見てみましょう

ルペン候補の主な政策

1.憲法に「自国第一」を明記する憲法改正を目指す。
 自国優先の姿勢を鮮明としたものです。
2.フランスに流入する移民の数を大きく減らし、国内の不法移民を国外に送還する。
 国境検査なしに自由に移動できるシェンゲン協定から離脱し、移民の受け入れを制限するほか、イスラム過激派の市民権を剥奪し出身国に送り返すというものです。国境管理も厳しくして過激派予備軍の入国を阻止する。
3.ユーロ圏から離脱し、自国通貨フランを復活させる
 ユーロの恩恵を受けたのはドイツだけで、これでフランスの国際競争力を取り戻す。
4.6カ月以内にEUにとどまるかを問う国民投票を実施する。EUへの分担金を巡る不公平さも訴える。
5.「賢明な保護主義」を導入
 外国人の雇用に対して追加課税し、自由貿易協定の拒否やフランス人の雇用を優先させる。仏企業を支援およびフランス人労働者の権利を守る。
6.定年年齢引き下げ、公務員数増、電気・ガス代を5%下げる。

 これらの政策をじっくり見て、この候補者は過激思想の持ち主だと思いますか。
 憲法に「自国第一」を書くかどうかは別としても、どこの国でも、自国を第一に考えるのは当然です。自国を第一に思わないようなトップは、願い下げです。また、移民の数を大きく減らし、国内の不法移民を国外に送還する。これも当たり前ですね。しかも、彼女は、毎年、1万人までは認めるとも言っているんです。日本人的感覚からすれば、「移民大歓迎」と言っているのと同じじゃん、という感じです。
 ユーロから離脱し、自国通貨フランを復活させる。これも、フランス人だったら、当然の感覚じゃないでしょうか。イギリスはEU域内にいながら、ポンドを使っていました。それでも離脱の選択をしました。「賢明な保護主義」なる政策も、自国民の雇用を優先させるというんですから、当たり前の政策です。

難民とテロの難題

 このように、ルペン候補の政策は、すべて至極真っ当なもので、極右なんて失礼なレッテルを貼る日本のマスコミって、本当におかしいと思います。

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 一番厄介な問題である難民問題だって、ドイツのメルケル首相ですら、頭を抱えている大問題です。これまでドイツは、難民問題に関して、極めて寛容な態度をとってきました。このため、シリアやイラクなど、イスラム国(IS)の支配地域から、大量の難民がEU各国に流入しました。
 メルケル独首相の「寛容な」難民政策により、多くの難民が流入したのです。EUでは、域内での人、物(商品)、サービス、資本の移動の自由、いわゆる「4つの自由」の理念を掲げ、推進してきました。このため、難民たちは、EU内のどこかの国に潜り込めば、域内ではどこにでも行くことができる、ということになります。EU内でリーダーシップをとるドイツとしては、難民も歓迎の姿勢を示さざるを得なかったのです。
 しかし、これら多くの難民を受け入れることにより、国内的にも多くの不満を抱えることになりました。どこの国でも同じですが、人種、信条、言語、歴史、伝統、生活様式が異なる他国の人を受け入れることは簡単なことではありません。多くの移民、又は難民を一時に大量に抱え込んだ場合、国民的な摩擦が生じるのは当然です。
 しかも、IS支配地域からの難民の受け入れは、同時にテロ組織の一味も受け入れることになってしまいました。人の外見から難民とテロ活動家を区別することは、できないからです。その結果、EU各国において、過激派組織によるテロが頻発する事態となってしまいました。移民や難民は生活苦に追い込まれ、彼らの子供たちが過激思想に走る、いわゆる「ホームグローン」と呼ばれる現象も生じるようになってきました。
 ルペン候補の主張は、こういった背景を踏まえたうえでの「移民は1万人まで」、と叫んだのです。極右どころか、穏健な中道候補と言うべきだったのではないでしょうか。

EUにおける意思決定の困難性

 現在、EUの加盟国は28ケ国です。28もの国が、統合して意思決定を行うのは、多くの困難を伴います。この意思決定の機関として出来たのが欧州連合(EU)です。EUは欧州理事会、理事会(閣僚理事会)、欧州議会、欧州委員会、欧州連合司法裁判所、欧州中央銀行、欧州会計監査院の7つの機関で成り立っています。
 これら7機関は、欧州理事会と理事会(閣僚理事会)、それに欧州委員会はブリュッセル、欧州議会及び議会事務局はルクセンブルク(ルクセンブルク公国)、欧州連合司法裁判所もルクセンブルク、欧州中央銀行(本店)はフランクフルト(ドイツ)、欧州会計監査院はルクセンブルクという具合です。

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 EUの最初の目的は、そもそも関税障壁を撤廃し、共通通貨を使うことにより、域内の経済を活性化することでした。しかし、EUそのものが、役所として肥大化してしまい、次第に、わけのわからない法律を作るようになってしまったのです。例えばタンポンの消費税を決める法律、掃除機の吸引力がすごすぎてはいけない、ゴム手袋は洗剤を扱えなければならない、スーパーで売られるキュウリとバナナは曲がっていてはいけない、ミネラルウオーターのボトルには「脱水症状を防ぎます」と書いてはならない、といった具合です。
 イギリスがEU離脱を決めたのも、このような箸の上げ下ろしにまで関与する、官僚的仕組みに国民が嫌気がさしたからだ、とも言われています。
 このことを日本に置き換えて考えてみましょう。アジア諸国を一つの連合体として運営する場合、中国や韓国といった国を包括する国同士で、意見の調整をすることがどれほど困難なことか、想像するだけでも気が滅入るはずです。そもそも隣国同士は、仲が悪いものです。利害が直接ぶつかってしまうからです。しかも、歴史を遡れば、国同士は、必ず、侵略し又は侵略された歴史を持つのが普通です。意見調整がどれほど難しいか、それだけでも理解できるはずです。

EU離脱の流れは止められない

 これまでの世界は、民主主義国であれ、社会主義国であれ、自由な貿易を前提として発展してきました。今では、あの赤い中国でさえも、アメリカのトランプ新政権に対して、アメリカファーストとして内に籠るのではなく、自由貿易の重要性を説いているほどです。
 しかし、今、これまで世界を覆いつくしていたグローバリズムの流れは、一つの転機に差し掛かっています。グローバリズム、自由貿易は、最終的に、自国の製造業を衰退させ、雇用の場を失わせ、ひいては国民の所得の格差を生じさせてきた。これは何かがおかしい、ということに多くの人が気付くようになってきたのです。しかも、グローバリズムの名のもとに、人の移動の自由まで保障するのはおかしい、と思うようになったのです。
 その先陣を切ったのが、アメリカであり、またEU離脱を決めたイギリスです。これら両国は、いずれも、グローバル経済の旗手と目されていた国です。
 そのアメリカが、生産拠点を自国に戻し、雇用の場を確保する必要がある。そのためには、人の流れを厳格化するとともに、国際貿易のルールも自国中心に見直す。すべからく経済は、自国の繁栄を図ることが最優先されなければならない、というんです。
 正に反グローバリズムそのものです。このような機運は、アメリカやヨーロッパを中心に澎湃として湧きあがりつつあります。多くの国の国民は、グローバリズムに疲れてしまったのです。ギリシャの債務破綻問題も、本来は、ドラクマという自国通貨さえを持っていれば、回避することができたのです。
 世界的な潮流として、これからも、このような反グローバリズムの動きは根強く出てくることでしょう。この流れは止めようがないのです。

危うい政権基盤

 マクロン大統領には、よって立つ政党という基盤がありません。政党に属さない中道の立場で、左右両勢力の結集を呼びかけて当選したのです。フランスのエリートの通う行政学院を優秀な成績で卒業したということですが、学校秀才と政治の能力は同じではありません。

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 政治家、特に国のトップに必要なものは、将来を見通す慧眼と実行力、それに胆力です。必ずしも周りの国会議員の同調者が多くなくても、それに勝る圧倒的な国民の支持があれば構いませんが、それがなければ、急速に信頼を失う可能性無きにしも非ずです。
 今回、彼が得た得票数は2075万票、得票率66.1%ですが、これは決選投票での結果です。対立候補は、日本で極右と言われるルペン氏だけですから、決して高い得票とは言えないでしょう。白票、無効票が406万票、11.4%もいたということにも注意する必要があります。国民はコレラに罹るのがいいか、腸チフスに罹るのがいいか二者択一を迫られ、苦渋の選択をしたともいえるのです。
 マクロン新大統領は、今年6月に行われる国民議会(下院)選挙で、大統領選に向けて結集した政治組織「前進」を基盤にして政党を旗揚げするとのことです。全577選挙区に自らの推薦する候補者を立てるというのです。来月という差し迫った日程下で、577人の有為な人材をどのように発掘し、選抜するのでしょうか。
 嘗て、小泉チルドレンでも証明されたように、粗製乱造になれば、国民からの信頼を失うことにもなりかねません。今後、マクロン大統領の指導力がどのように発揮されていくことになるのか、注目していきたいと思います。大変な難事であることは間違いありません。
 今は、先ず、当選したことに心からの祝意を表明しておきたいと思います。(H29・5・11記)

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