時事寸評 書評コーナー

welcome to shimada's homepage

NHK合憲判決出るも改革は必要

NHK合憲判決出るも改革は必要

NHK全面勝訴の最高裁判決

画像の説明

 NHKが受信料の支払いを拒んだ人に、受信料の支払いを求めた訴訟について、12月6日、最高裁判所が判決を下しました。判決は、NHK側の全面勝訴です。判決の骨子は、次の4つです。
①放送法64条1項は憲法違反か
→適正で公平な受信契約を強制することにとどまるため合憲である
②受信契約を拒む人との契約はいつ成立するのか
→NHKが未契約者を提訴し、勝訴が確定した時点で成立
③契約が成立すれば、いつの分から受信料の支払い義務が生じるのか
→テレビを設置した時点から
④未契約者が実際に受信料を支払うべき期間はいつからいつまでか
→契約成立まで時効は進まないため、テレビ設置以降の全期間である
 これが判決の骨子ですから、NHK側の全面勝訴、と言うのは当然でしょう。

未契約世帯は900万世帯

画像の説明

 現在、NHKとの契約をしていない世帯は全国で900万世帯ある、とされています。この900万世帯が多いのか少ないのかは、全体の数字との対比で判断するしかありません。
 NHKが公表したデータによれば、平成28年度における普通・カラー契約の総数は43,154千件とされていますから、未契約世帯は、20.8%ということになります。約2割の世帯が、テレビを見られる状態にありながら、支払いをしていない、ということです。しかも、全国的に見れば、かなりの格差もあります。最高の秋田県が98%とほぼ100%であるのに対して、最低の沖縄県は半分以下の48%です。
 全国平均で10軒のうち2軒が受信料を払っていないというのは、真面目に支払いをしている国民からすれば、不公平感が募ります。このため、最高裁判決が「契約成立まで時効は進まない。よって支払い義務は、テレビを設置した時から」と判断したのは、この国民の不公平感を解消するためには、やむを得ないところだったのでしょう。

公平のため税金で賄うことは可能か

 このような個人間の不公平、地域間の不公平を解消するため、受信料に代わり、税金で賄うことも可能なのではないか、という疑問が生じます。公共放送の目的が、「憲法の保障する表現の自由の下、国民の知る権利を実質的に充足し、健全な民主主義の発達に寄与するものとして、国民に広く普及されるべき」(最高裁判決)というなら、税金で負担することも許される。いや、公平性を担保するためには、税金で賄うことこそ公平ではないか、という疑問が生じるのも当然です。しかし、最高裁は、受信料を税金で賄うことを認めようとはしません。
 その理由について、最高裁は、判決で「特定の個人、団体、または国家機関などから財政面での支配や影響が及ばないようにし、広く公平に負担を求めることで、全体で支えられる事業体であるべき」だ、というのです。
 つまり、放送が国家機関から財政援助を受けると、公平であるべき公共放送が、時の政権や財務当局の意向に沿わなければならなくなり、そのことが公正であるべき放送の中立性、公平性を害する、という趣旨だと思われます。
 このこと自体は、十分に理解できます。時の政権が村山富市政権や、小沢一郎が権勢をふるった民主党政権時のことを想起すれば、NHKが国家予算で運営されることの危険性は十分に理解できます。その意味で、NHKが国の予算ではなく、国民の受信料で賄われるべき、ということにはそれなりの合理性があります。
 

公共放送は国家として必要か

 最高裁は、今回の判決で、放送法64条1項で定めた「NHKを受信できる受信設備を設置した者は、受信契約をしなければならない」という規定が、憲法の定める「契約の自由」に違反しているのではないか、という点についても合憲の判断を下しています。
 判決では、「受信契約の成立には、双方の意思表示の合致が必要となる。受信契約を承諾しない場合は、NHKがテレビ設置者に対し、承諾するよう命じる判決を求め、判決の確定によって受信契約が成立すると解するのが相当」としたのです。「契約は双方の意思表示の合致が必要」としながら、相手が承諾しなければ「ふん縛って承諾させる」、というんですからかなり無理筋の法理です。契約というのは、双方の自由な意思表示の合致をもって成立する、というのが、市民法における契約の大原則だからです。
 もっとも、すべての契約を「自由な意思表示の合致」にしてしまうと、不都合な場合も生じます。承諾の期間を定めて契約の申し込みをしたのに、いつになっても回答をよこさないとか、浮気やギャンブル、飲んだくれの夫に対して、いくら催促しても離婚届けに判を押してくれないというようなケースです。これでは妻の立場は保護されません。前者の場合は、民法に規定がありますが、後者の場合は、裁判で「AとBは離婚する」という判決をもって離婚させる、なんてことが認められています。でも、これは、協議離婚ではなく、離婚判決を求める「訴訟による離婚」です。
 最高裁判決も、「受信契約」なんて言葉を使っていますが、実際には、自由な契約ではありません。契約のハンコを押さないなら、最後はふん縛って契約させるというんですから、実質的には、「自由意思に基づく契約」ではなく、離婚訴訟と同じく、訴訟をバックとした「強制契約」と言ってもよいでしょう。

強制性の根拠はなにか

 では、NHKにそこまでの強い強制力を認めるのはなぜでしょうか。最高裁は、その理由を次のように述べています。
「放送は、憲法が保障する表現の自由の下、国民の知る権利を実質的に充足し、健全な民主主義の発達に寄与するものとして、国民に広く普及されるべきだ。」
 なるほど、国民の知る権利を守ることによって、健全な民主主義の発展に寄与するというのは重要な視点です。沖縄のように、超左翼の琉球新報と沖縄タイムスしかなく、自由で公正な言論空間が存在しない、というような現状を考えると、公正中立な公共性の高い報道機関が必要であることに異論はありません。
 「国民の知る権利を守る」とはどういうことか。それは、国民に正確な事実を知らせるということです。民放などの報道機関は、自社に都合のいいことは報道するが、都合の悪いことは知らせない、つまり「報道しない自由」を濫用する傾向が顕著です。その点でテレビ朝日・毎日新聞系のTBSはつとに有名です。
 最高裁が言うところの「国民の知る権利を守る」とは、歪曲、捏造報道は論外として、「報道しない自由」も認めない、ということです。報道しない自由を乱用されたら、国民は、事実に基づく情報に接することができなくなってしまうからです。

NHKは本当に公正中立か

 ならば、現在のNHKは、本当に公正中立な報道機関として、「国民の知る権利」を守るため機能しているか、ということになります。私は、今のNHKは、偏向報道と言われても仕方のないような内容が多々含まれるようになっているのではないか、と危惧しています。特に、その傾向は、最近になって顕著になりつつあると感じます。

画像の説明

 例えば、先の安保法制の報道などにも、それは表れています。国会前で共産党の下部組織である「SEALs」が行った活動を、「報道」という形で盛んに支援していました。このSEALsなる団体がどのような性格の組織であるかは、ノーベル賞作家の大江健三郎氏などが盛んに応援演説などしていた姿を見れば、一目瞭然でした。彼は、天皇制を批判し、自衛隊の存在も認めない左翼作家であることは、広く知られています。もちろん、朝日新聞などは、彼を神のように崇めています。しかも、このグループ、社民党の福島瑞穂、民進党(当時)の辻本清美といった超左翼の議員たちから熱烈な支援を受けていたんですから、その性格が分からない筈がありません。公共放送として、公正中立であるべきNHKが肩入れをするような組織でないことは明白だったのです。
 加計学園報道でも偏向と見られる報道がありました。「報道しない自由」という形で、偏向報道がなされたのです。NHKは、国会中継で前川前次官の報道はしっかりしているのに、誘致をした地元の加戸守行元愛媛県知事の「行政が歪められたのではなく正されたのです」という証言は殆ど無視しました。新聞・テレビは安倍下ろしに狂奔していましたから仕方がありませんが、NHKがこれをやったら、テレビ朝日と同じになってしまいます。NHKは、視聴率を稼げばよい組織ではないのです。視聴率は低くとも、事実に基づく正しい報道こそが、NHKに課された役割なのです。
 更に、つい先日、12月7日だったでしょうか。NHKのニュースで、沖縄の民家に米軍のヘリコプターの部品が落下した、なんていう報道が流されました。それに続いて、周辺住民の「米軍がいるからこんなことが起きるんだ」とか「怖くて夜も眠れない」などという住民の声も流されていました。
 早速、副知事が米軍基地に乗り込み、抗議を行いました。でも、どう調べても装備が脱落したヘリはないというのです。しかも、上空から落下したにもかかわらず、その痕跡すら見当たらない。ということは、この部品を入手できる何者かが民家の屋根に投げ上げた可能性が高い、ということになります。「夜も不安で眠れない」といったニュースを流す前に、屋根に直撃したというなら、普通の屋根なら貫通している筈です。屋根のどの部分に落下したのか、どの程度損傷したのか、くらいの調査をするのは、取材記者として常識というものです。左派系の活動家達は、米軍に対する反感を強めるため、このような部品を入手し、米軍ヘリ飛来時に合わせて屋根に投げ上げるくらい悪だくみは、平然と行う集団だからです。公共放送というからには、思い込みによって取材をするのではなく、きっちりとした裏付け取材をしてから報道して頂きたいものです。

科学分野でも偏向報道が

 もちろん、それだけではありません。地球温暖化に関する報道も、北極や南極の氷が溶けて海水面が上昇すると言って、流氷に取り残されたシロクマの映像を多用したのもNHKでした。科学者と称する人物が、氷河が溶けることによって海水面が6mも上昇する、なんて発言した報道もありました。太平洋に浮かぶツバルが、温暖化によって海水面に没しつつあるという映像を、現地取材に基づき配信したのもNHKでした。

画像の説明

 しかし、アルキメデスの原理により、北極の氷河が全部溶けても海水面は1ミリたりとも上昇しないことは、中学生レベルの科学の基礎知識でも分かる話です。南極だって、仮に地球温暖化によって、気温が2~3度上昇しても、氷が溶けないことは明らかです。なぜなら、南極は零下30度の世界です。そこで気温が2度か3度上昇したら、氷が溶けるのでしょうか。小学生でも分かる理屈です。むしろ地球の気温が上昇すれば、海面からの水蒸気蒸発量が増えます。一旦上昇した水蒸気は必ず雨となって地球のどこかに降り注ぎます。当然、南極でも雪や霰、雹となって南極に降り注ぎます。結果、南極の氷は増大します。
 ツバルだって、GPSによる変位測定の結果によれば、2017年までのおよそ6年間の測定による海水面の絶対的上下動は、年 1mm に満たない微弱なものでしかありません。しかし、NHKは、わざわざツバルの雨季(出水期)である3月に取材に行き、住民が水浸しになって困っている状況を映し出し、大変だ、と警鐘を鳴らしたのです。

国連を絶対善として報道すべきでない

 NHKの報道姿勢は、地球温暖化に関するICPP(国連気候変動に関する政府間パネル)の意向に沿ったものではありますが、「国連」という名がつけば、すべて正しいというのは妄想です。むしろ、国連の名をかたってプロパガンダを行う組織、といっても過言ではないほどに、国連は堕落した機関であるという実態に気づくべきです。
 国連の人権理事会において、デービット・ケイなる人物が特別報告者として日本批判を行いました。「日本政府がメディアに直接、間接に圧力をかけている」と批判し、慰安婦の記述などをめぐる教科書検定のあり方や特定秘密保護法の見直しまで勧告したのです。この人権理事会では、沖縄県の翁長知事がスピーカーとして登場し、「沖縄県民の自由が奪われ、人権が無視されている」だの、言いたい放題発言した場所です。
 また、同委員会では、ケナタッチなる人物が、「テロ等準備罪」を盛り込んだ組織犯罪処罰法改正案に関し、5月18日と22日の書簡で「プライバシーを不当に制約する恐れがある。深刻な欠陥のある法案を拙速に押し通すことは絶対に正当化できない」などと、日本政府を批判したのです。内政干渉そのものではありませんか。更に、「拷問禁止委員会」においても、アナ・ラクーなる女性が中心になって、今年5月12日、いわゆる日韓間で問題となった慰安婦問題に関し、「(元慰安婦に対する)名誉回復や補償、再発防止が十分でない」として、2015年12月になされた日韓合意の見直しまで勧告したのです。
 また、国連ユネスコ委員会は、日本側の反論を無視し、ありもしなかった南京大虐殺なる虚妄の事件を、中国の言い分のみを認めて採択しています。これではまるで、国連という名の反日組織ではありませんか。
 このように、NHK職員は、国連とは、決して公正でも公平でもない組織、それが国連なのだということを肝に銘じるべきです。
 日本人は、戦後教育の弊害として、まだまだ国連信奉者が大勢います。それをよいことに、中国や韓国など、これを利用して、国連を舞台にして、反日プロパガンダを展開しています。NHK職員には、公正公平な報道機関として、反日組織に力を貸すのではなく、真実は何か、公平とは何か、国益とは何か、これらの判断指標を胸におき、活動していただきたいのです。

嫌な人には拒否できる権利も与えるべき

 私は、NHKが公正公平な報道をしてくれるなら、受信料を払うことを厭いません。それでもなお、見ない、見たくない、と言っている人から無理やり受信料を徴収することには違和感があります。
 世の中には、お金を払うくらいなら、NHKは一切見なくてもよい、という人は一定数います。そういう人達を保護するシステムもあってよいと思います。

画像の説明

 地上波でそれが技術的に可能なのかどうか正確には分かりませんが、スクランブル方式でお金を払わない人を排除することが可能だと思います。技術的にそれが可能なら、嫌だという人を「縛り上げて契約を強制する」ということまでする必要はない筈です。それでも必要だというほど公共性が高いなら、税金で賄えということになります。
 NHKの立場からすれば、そんなことをしたら、殆どの人が契約しない、というかもしれません。でも、NHKが公共放送に相応しい、良質の番組に特化して放送するならば、お金を払う国民は相当数いるはずです。現在NHKが放送している番組中、なくてもよい番組は結構あると思います。料理番組や幼児向け番組、旅番組、その他の娯楽番組のほとんどは不要です。なぜなら、そんなものは民放でいくらでもやっているからです。民放も、長々と続くコマーシャルを見ている人は多くないと思います。私は、民放で見たい番組はすべて録画し、コマーシャルを飛ばして見ています。後期高齢者ともなれば、残された時間は短いのです。下らない番組や長ったらしいコマーシャルを見ている時間はないのです。
 NHKで本当に必要なものは、公正中立なニュースとその解説、意見の対立するテーマ、すなわち国防・安全、経済、社会保障等についての討論形式の番組、国会中継、教育科学番組、それに国際問題。それだけがあればよいと思っています。歌番組や園芸、料理、漫画、幼児向け番組などは民放でも見られます。朝ドラだって、NHKの「わろてんか」より、テレ朝の「トットチャン」の方が、しっかり制作していると思います。つまり、なくても困らないのです。

職員の超高給は非常識

画像の説明

 NHK職員の平均給与は約1,700万円超とされています。これはどうみても高すぎると思います。いえ、純粋な民間企業として稼いでいるというなら、特に問題はありません。でも、今回の最高裁判決で分かるように、NHKの仕事というのは、極めて公共性の高いという「建前」になっています。いわば準公務員と言ってもよいでしょう。公共性が高いからこそ受信料の徴収に強制性が認められているんです。
 その準公務員の平均年収が1,700万円以上だと聞けば、多くの国民は「ナヌ~!」という気持ちになるのは当然でしょう。一般に、純粋な民間企業である民放の平均給与は高給とされ、垂涎の的とされています。その民放でさえ、社員の平均年収は1,200万から1,500万円だというのに、その民間放送局よりも遥かに上をいく。真面目に受信料を払っている国民の素朴な感情からして、納得感がないのは当然でしょう。特に、偏向報道と言われても仕方のないような報道をしながら1,700万円はないでしょう。今回の最高裁判決を契機にして、NHK職員の給料のあり方についても、見直しが求められて然るべきです。個人的には、その公共性からして、国家公務員と同等の700万円程度が妥当と思いますが、一般国民はどう考えるでしょうか。
 

結局立法措置で対応すべき

 私は、BS放送を含め、毎月、NHK受信料をしっかり払っています。BSなんてほとんど見ないのにです。公正公平でしっかりとした取材に基づく番組づくりに期待するからです。でも、今のような状態が続くなら、受信料は強制性ではなく、任意性にすべきだと思います。
 受信契約を任意性にすることは、簡単です。立法措置措置を講じればよいだけだからです。最高裁判決は、放送法という既存の法律の「受信契約」に特化して、憲法に反しているか否かを判断したにすぎません。国民が、NHKも民放も同じだ、と思った瞬間に、NHK不要論となり、法改正を要求することになります。国会でNHK受信料について、任意契約とする立法措置を講じれば済むことですから、改正は極めて容易です。そのことをNHK職員は肝に銘じておかなければなりません。国民が、NHKの公平性に疑念を抱いたとき、公共性は失われてしまうのです。
 全国あまねく良質な放送があるということは、国民の誇りであり財産でもあります。どうか、NHKの職員の皆さま、決して受信料の強制制にあぐらをかくことなく、「公正・公平」、しっかりとした「事実に基づく報道」に力を尽くしてください。そうすれば、今後とも「皆様のNHK」として永続することも可能でしょう。(H29・12・9記)

a:250 t:1 y:0

 

powered by Quick Homepage Maker 5.1
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional