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日大反則タックル問題で選手本人が記者会見

日大反則タックル問題で選手本人が記者会見

日大の選手が記者会見

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 マスコミを賑わせている悪質な反則タックル問題に関して、その反則を犯した日大の宮川泰介選手(20)が記者会見を行いました。現役の学生で、反則を犯した当の選手が記者会見を行うのは、極めて珍しいことです。
 会見の冒頭で宮川氏は、「本件によりケガをさせてしまった関西学院大学アメリカンフットボール部のクォーターバックの選手及びそのご家族、関係者のみなさまに対し、大きな被害と多大なるご迷惑をおかけしたことを深く反省しております。本当に申し訳ありませんでした」と謝罪し、深々と頭を下げました。私は、1時45分からの実況を生で見ていましたが、約20秒程度だったと思います。
 彼は、このままでは、反則を犯した私が意図的にやったように思われてしまうとの思いから、「真実を語ろう」と思って、敢えて記者会見をすることにした、という趣旨のことを述べていました。
 多くの国民も、この危険タックルの映像を見た瞬間は、「大学選手にあるまじきひどい選手がいるものだ」と思ったはずです。
 しかし、この問題がマスコミに派手に取り上げられるに従い、この反則行為は選手が自主的に行ったものでなく、監督やコーチの指導が前提になっているのではないか、と思うように変わっていきました。もっと正確に言えば、「選手が自主的にあそこまで明白な違反プレーをする筈がない。監督かコーチが命じたのではないか」と思うようになっていったのです。
 内田監督の説明が、自己弁護の言い訳に終始していたからです。本当に何らの指示もしていないのに、あのような危険タックルをしたならば、直後に激怒して「何ということをしたんだ」と叱らなければならない筈です。更に、宮川選手はその危険行為の後2回の反則行為を重ね、3回目の反則行為で退場になっています。
 退場時の映像を見ても、宮川選手に対して、監督やコーチが叱っている様子は全く見られませんでした。

大学の回答書に違和感

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 そのような経過をたどった後、日大が関学大に提出した回答文書です。この回答書の中で、内田監督ら指導者は、負傷させることを目的としたタックルを指示していないとし、「指導者による指導と選手の受け取り方に“乖離”が起きていたことが問題の本質」と説明したのです。つまり、監督やコーチの指導には特に問題もなかったのに、宮川選手が指導の意味を勘違いし反則行為をやってしまった、という説明だったのです。
 このような説明に対して、これは「内田監督が嘘をついている」と思わなかったとしたら、相当に鈍感というべきでしょう。
 宮川選手も会見で、井上奨コーチから、監督の言葉として「相手のクオーターバック(QB)を1プレー目で潰せば(試合に)出してやる」と言われたと証言したのです。そして井上コーチからは「QBがケガをして秋の試合に出られなかったら、こっちの得だろう」と言われた、とも述べています。つまり、監督、コーチが具体的にケガをさせろ、と指示していたというのです。だからこそ、試合後でも、一切宮川選手を叱らなかったのです。

逃げの一手の内田監督

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 この問題が大きくなってから、内田監督は、「責任はすべて監督である私にあります。監督も辞任します」なんて言っていましたが、この場でも、「自分が指示した」とは言っていません。あくまでも、「選手が犯した違反行為の責任は、監督である私の責任です」と言っているにすぎなかったのです。これでは、罪を選手になすりつけたのと同じです。問われているのは、「監督が、選手に違反行為を指示したのではないか」ということなのです。
 内田監督は、この点について問われると、「その点については○日に発表する文書で回答します」なんてことを言っていました。記者から「指示したかどうかくらいのことは、文書でなくてもここで回答できるのではありませんか」なんて突っ込まれていましたが、頑なに回答を避けていました。この期に及んで、本当に見苦しい対応としか言いようがありません。
 いずれにしろ、今日の宮川選手の勇気ある会見によって、すべてが明らかになりました。今後、大学当局や内田監督がどのようなコメントをしようが、もう関係ありません。自分の身が不利になることも覚悟のうえで、真実を述べた宮川選手の会見が、すべての事実を正確に語っています。映像というのは不思議なものです。嘘をついているのか、真実を語っているのか、自ずから画面で分かってしまうからです。

危機管理能力がない大学の体質

 それにしても今回の騒動、大学として余りにも危機管理能力がないと感じます。このような問題が発生したら、一にも二にも、大学として精神誠意、かつ迅速に事態解決のために動かなければなりません。ところが、大学が動いたのは、「何とかして誤魔化そう、隠ぺいしよう」という方向で動いたのです。『ルールに基づいた「厳しさ」は求めたが、意図的な乱暴行為は教えていない』とか、「指導と選手の受け取り方に乖離があった」、「規則に反し選手を負傷させる意図は全くなかった」といった言い訳は、その典型です。
 あの危険タックルの映像を見た時に、どうみても選手が自分の独自の判断でやっているようには見えませんでした。なぜなら、あのような危険行為は、「一発退場」など、必ず自分自身に跳ね返ってくるからです。選手にとって利益になる要素は全くないのです。今は、映像の時代です。私のように、今年後期高齢者になる人間でさえ、スマホで映像を撮ることは簡単にできます。後日、映像として再現されてしまうのです。
 そのような時代背景も考えず、試合のあった5月6日から選手が告白の会見をした5月22日まで16日間、大学としてすべて言い訳に終始したのです。このような大学の危機管理能力のなさは、見事というほかありません。

危機管理学部もある

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 日大の学部紹介のコーナーを見ていたら、「危機管理学部」があるということに気づきました。
 学部紹介として、『「オールハザード・アプローチ」の視点で、多様な危機を理論と実践の両面から追究します』とあります。しかも、その内容として、『「災害マネジメント」、「パブリックセキュリティ」、「グローバルセキュリティ」、「情報セキュリティ」の4領域を置く危機管理学部は、「オールハザード・アプローチ」の視点で社会の安全を脅かすあらゆるリスクを研究対象とします。』とも書いてあります。
 今回の大学の対応の仕方を見ていると、この大学で危機管理を学んでも意味がないのではないか、とさえ思ってしまいます。危機管理学部の教授陣が、経営陣にきちんと危機管理対応のあり方について助言する人はいないのでしょうか。その対応すらできないのだとすれば、危機管理学部は全く意味のない無用の学部ということになります。

理事長選などで激しい権力争い

 日大に関しては、私の若いころから理事長選出に関して現ナマが飛び交うとか、週刊誌ネタが満載だったことを覚えています。日大は、生徒数でも日本一ですから、その頂点に立つのは、「絶大な権限」と結びついているであろうことは容易に想像できます。
 どこの大学でもそうでしょうが、大学のOB会といえば、運動部の独壇場といってもよいでしょう。運動部は文字通り「オイ、コラ」がまかり通る縦社会です。たった1学年違うだけで、月とスッポン程に違いが出る絶対服従の組織とされています。大学の理事選挙などでは、この運動部の結束の強さが存分に発揮されるのです。大学の役員に運動部OBが多いのはこのためです。
 内田監督は、現役時代、どの運動部に属していたのか分かりませんが、多分、アメフト部OBとして力を蓄えたのではないでしょうか。内田監督は、単にアメフト部の監督というだけでなく、大学の理事職も兼ねています。力の源泉は、こういった運動部OBの結束の賜物といってよいかもしれません。
 しかも、報道によれば、理事長に次ぐ大学のナンバー2の実力者として、予算だけでなく、職員の人事権なども握っているというんです。となれば、広報担当者など、びくびくして本当のことは言えず、内田理事の顔色を見ながら広報をしていたということになるのでしょう。そう考えれば、一連の遅れ遅れの対応のまずさも十分に理解できます。

学生連盟は何をしていたのか

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 今回の騒動で気になったのは、学生連盟の動きです。関東学生アメリカンフットボール連盟という立派な組織があります。通常、こういった不祥事が生じた場合、所属の連盟が速やかな対応をとるべきものではないでしょうか。
 今回の場合、試合を予定していた大学が個別に試合を「拒否」するという対応をとりました。個別の大学が判断するなら、連盟など不要です。連盟というのは、このような不祥事が生じた場合、「一年間出場停止」といった明確な処分をすべきです。試合をするか否かを個々の大学の判断に委ねるなら、連盟など不要ではありませんか。

好感もてた宮川選手

 最後になりますが、私は、この会見を見ながら、率直に「この選手は、なかなかの好青年だな~」と感じました。そして、このような青年に、もう一度、好きなアメフトをやってもらいたい。監督やコーチを排除し、現役の選手たちがこぞって宮川選手を迎えて行ってほしい。
 それが無理なら、卒業後、社会人チームででも、活躍していただきたい。彼は、会見で、「もうアメフトは好きでなくなりました」なんて言っていましたが、その動機がこの一件だとすれば、余りにももったいない。
 どうしてもその気になれないなら、この際、大きく進路を転換して、この経験を活かして、マスコミで活躍してもらってもよいかもしれません。
 あなたは決して卑怯者でも、社会的な落伍者でもありません。むしろ堂々と胸を張り、これからの人生を逞しく生き抜いていただきたいと切に望みます。(H30・5・23記)
 

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