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杉田水脈議員のLGBT発言に対する過剰反応

杉田水脈議員のLGBT発言に対する過剰反応

全文を読むことが先決

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 3日ほど留守にしました。那須の家の畑を管理するためです。管理といっても、畑の草取りばかりです。猛暑のため、頻繁に休憩を取りました。「高齢者畑で作業中熱中症で倒れる」なんて報じられても困りますからね。家に戻る都度、横になってテレビを見ていました。那須の家は、パソコンを使える環境にないため、テレビを見る以外に時間を潰す方法がなかったんです。
 テレビで内容の薄いワイドショーを見ていると、自民党杉田水脈(みお)参議院議員がLGBTに関して書いた「生産性がない」という文言が問題視されていました。月刊誌「新潮45」に寄稿した文章の中に、その表現があったとのことです。自民党所属議員ということで、例によって野党やマスコミが噛みつき、安倍総理までコメントを求められ、謝罪の言葉を述べていました。
 私は、個人的に、LGBTなるものに特段興味も関心もありません。しかし、余りにも杉田議員に対するバッシングが激しいので、杉田議員が何を述べたのか、埼玉に戻ってから、ネットで探して全文を読んでみました(全文をご覧になりたい方は、→こちらから)。野党やマスコミの取り上げ方は、断片的でその部分だけを切り取った「言葉狩り」が多いので、先ず、全文を読む必要がある、と思ったからです。
 全文を読んだ感想を言えば、彼女の発言は、「若干表現に難がある」というレベルのことではないか、と思います。野党やマスコミが湯気を出して怒るような話ではありません。
 LGBTというのは、Lesbian(レズビアン、女性同性愛者)、Gay(ゲイ、男性同性愛者)、Bisexual(バイセクシュアル、両性愛者)、Transgender(トランスジェンダー、性別越境者)の頭文字をとった単語で、セクシュアル・マイノリティ(性的少数者)の総称のひとつです。
 杉田氏の主張を要約すれば、次のようなものです。

杉田水脈議員の主張の要旨

この1年間で「LGBT」がどれだけ報道されてきたのか。新聞検索で調べてみると、毎日新聞が300件、朝日新聞が260件、読売新聞が159件、産経新聞が73件あった(7月8日現在)。
朝日新聞や毎日新聞といったリベラルなメディアは「LGBT」の権利を認め、彼らを支援する動きを報道することが好きなようだが、違和感を覚えざるを得ない。
そもそも日本には、同性愛の人たちに対して、「非国民だ!」という風潮はない。一方で、キリスト教社会やイスラム教社会では、同性愛が禁止されてきたので、白い目で見られてきた。時には迫害され、命に関わるようなこともあった。それに比べて、日本の社会では歴史を紐解いても、そのような迫害の歴史はなかった。むしろ、寛容な社会だった。
 子育て支援や子供ができないカップルへの不妊治療に税金を使うというのであれば、少子化対策のためにお金を使うという大義名分がある。しかし、LGBTのカップルのために税金を使うことに賛同が得られるのか。彼ら彼女らは子供を作らない、つまり「生産性」がない。そこに税金を投入することが果たしていいのかどうか。にもかかわらず、行政がLGBTに関する条例や要項を発表するたびにもてはやすマスコミがいるから、政治家が人気とり政策になると勘違いしてしまう。

 このように、杉田議員の主張は、税金は無尽蔵ではない以上、優先順位の高いものから使われるべきだとの主張であり、そのこと自体真っ当なものです。そして優先順位を測る基準として「生産性」という言葉を用いたのです。
 一般論として、杉田議員の主張は全く問題ありません。税金は優先順位の高いものから使われるべきは当然です。その優先順位は究極的には、国会議員や地方議会の議員が決めることになります。代議制民主主義をとる以上仕方がありません。その場合、これら議員は、何らの尺度、物差しもないままに恣意的に優先順位を決めるわけにはいきません。
 杉田議員は、この物差しとして「生産性」という言葉を用いたのです。一般論としては、決して間違っていません。1000人の生徒がいる小学校と10人の生徒がいる分校あり、冷房装置をどちらに先に設置すべきかとなれば、1000人の学校と言わざるを得ません。なぜか、その方がより多くの国民により多くの福祉を提供できるからです。1億円の道路予算を使う場合、1000人の住民が住んでいる地域と10人の住民が住んでいる限界集落があった場合、どちらに先に道路を造るべきか、となれば、1000人の住民を優先せざるを得ません。これも同じく、その方がより多くの国民により多くの福祉を提供できるからです。
 なぜそうなるのか、政治や行政には「優先順位」という基準があるからです。杉田議員はこのことを「生産性」という言葉で表現したのです。日本社会の抱える大きな問題は、少子高齢化です。本来、高齢化は慶賀すべきことですが、社会福祉予算を大食いしていることも事実です。それを支えるべき子供たち世代は、なかなか結婚をしようとしません。国家や自治体として、何らかのインセンティブを与えて、より多くの子供を産んだもらいたいと願うのは、政治に責任をもつ者なら当然のことです。
 杉田議員は、そのことを「端的に」表現してしまったということでしょう。LGBTは、夫婦や同性愛者、両性愛者に関する問題であるため、「優先順位」という言葉を使わず、子供を産むか生まないかの差に着目したものと思います。
 いずれにしろ、文章全体を通観して、まなじり決して怒るような話ではありません。

LGBTはそっとしておくべきテーマ

 前述したように、この1年間でLGBT問題に関し、7月8日現在で、毎日新聞が300件、朝日新聞が260件も報道しているとのことです。1年間というのは、昨年の7月7日からなのか、今年の1月1日からなのか分かりませんが、昨年からだとしても、随分多いと思います。毎日新聞は、ほぼ毎日のように報道していたことになります。朝日新聞も土日を除いて毎日報道していたというレベルの扱いです。

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 このように、LGBTという問題に大きな関心を示す左翼メディアの意図はよく分かりません。個人的には、皇室潰しにあると睨んでいます。「人類皆平等だ」という誰にも反論できない言葉を使うことにより、現在の皇室制度を解体することを目論んでいるのです。女性宮家の主張もその一環です。そうでなければLGBTなどというマイナーなテーマを連日報道する理由はないからです。
 杉田議員が、このような過剰な報道の仕方について、批判しているのはそのようなマスコミの意図、底意に危機感を持っているからではないでしょうか。
 左翼メディアとしては、杉田議員の発言は邪魔になります。「生産性がない」という一つの用語に飛びつき、批判の矛先を向けたのはそのためだと理解すれば、全体の流れが見えてくるというものです。
 しかも、自民党議員ですから、安倍憎しの朝日・毎日連合軍としては願ったり叶ったりの攻撃対象になったということですね。
 そもそもLGBT問題なんて、マスコミが大々的に取り上げるべきテーマではありません。男同士や女同士がキスしているシーンなんて見たくもないし、想像したくもありません。最近、テレビコマーシャルで男同士のキスシーンを何度か見させられたことがありますが、瞬間的に目を背けます。こんなシーンをどうしてテレビで流す必要があるんだ、と腹立たしくさえなります。小島よしおのパンツ姿も見たくありません。どうしてこんな下劣な画像を大衆の見ている番組で流すのか、不思議でなりません。
 このような私の感覚が古いというなら、古くて結構です。嫌なものは嫌なんです。見たくないものは見たくないんです。

LGBとTは区別すべき

 杉田議員は、LGBとTは区別すべきとして、次のように述べています。
「そもそもLGBTと一括りにすることが自体がおかしいと思っています。T(トランスジェンダー)は「性同一性障害」という障害なので、これは分けて考えるべきです。自分の脳が認識している性と、自分の体が一致しないというのは、つらいでしょう。性転換手術にも保険が利くようにしたり、いかに医療行為として充実させて行くのか、それは政治家としても考えていいことなのかもしれません。」
 性同一障害というのは、最近かなり知られるようになってきました。自分の体は男だけれど、心は女だというものです。もちろんその逆もあります。これは、医学的にもこのような障害の存在が認められています。
 このような人たちに対して、社会として何らかのサポートをする必要があると思います。杉田議員の仰る通りです。
 しかし、同性愛者などは、いわば趣味、好みの範疇に属する問題であり、社会がサポートするという筋合いの問題ではありません。お好きなようにどうぞ、というだけのことであり、税金を使って保護するという性質の問題ではありません。その意味で、杉田議員の言うとおり、LGBとTは明確に区別すべきだと思います。

杉田発言は言論の自由の問題

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 以上述べたように、私は、杉田議員の主張を全文読んで、特に違和感を覚えませんでした。「生産性がない」という部分だけをピンポイントで取り上げ攻撃するのは、「言葉狩り」であって、公正な報道とは言えません。適切な表現ではありませんが、意図は十分に伝わります。
 また、これは本質的な問題ですが、国会議員は、自分の主張を新聞やテレビ、月刊誌で表現する自由があります。憲法21条で定める「表現の自由」です。この表現の自由は、国会議員であっても認めれているのです。
仮に、その主張が自民党が党内で定めた「LGBTに関するわが党の政策について」というものがあるようですが、それは、党内の問題にすぎません。野党やマスコミが大騒ぎする問題ではありません。自民党が、党員に対し、この党内見解に従うよう指導や指示をすればよいだけのことです。
 野党やオールドメディアは、こういう問題が出ると、すぐに言葉尻を捉えたり、不適切な表現の一部を切り取り、血相を変えて怒る傾向があります。いや、最近はその傾向が顕著です。森内閣は「神の国」発言で解散・辞任にまで追い込まれました。神道政治連盟という閉じられた場でのリップサービス発言であるにも関わらず、辞任に追い込まれたのです。言葉狩りの典型と言うべきでしょう。
 杉田議員は、国会議員ではありますが、1人の参議院議員に過ぎません。大臣など要職についているわけでもありません。このような一議員の発言の、しかもその言葉の一部のみ切り取り、バッシングするという習癖、もういい加減にやめにしませんか。そうでなければ、野党はオールドメディアは、益々国民の信頼を失うことになります。お互いに、表現の自由は、最大限に尊重する必要があるのではありませんか。(H30・8・6記)


後日記1

 前述したように、杉田水脈議員の調査によれば、朝日新聞は年に260回もLGBTに関する記事を掲載しているとのことです。ならば、LGBTの阻害要因となる憲法24条、すなわち「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し・・・」という部分を改正しなければならないことになります。両性とは、「男と女」としか読みようがないからです。
 ところが、朝日新聞を購読(多分、勉強のため)している辛坊治郎氏によれば、そのことについては、一切触れていないというのです。同氏はメールマガジンの一部で、朝日新聞の欺瞞性について、次のように述べています。(後日記のみ、H30・8・11記)

辛坊治郎氏のマールマガジンより(抜粋)

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私は朝日新聞が本気でLGBTの皆さんの事を考えるなら、「元凶」になっている憲法の規定を変えることを主張すべきだと思います。しかし、護憲派の味方」として、絶対に憲法改正をしたくない朝日新聞のどこを読んでも、そんな主張は影も形もありません。結局朝日新聞はまたもこの問題で政権を批判したいだけで、本気でLGBTの皆さんの事なんか考えてないって訳です。ご都合主義も大概にしろ!って言いたいところです。

私はこの問題に関して、朝日新聞の本気度を疑っています。朝日新聞はLGBTに寄り添う社の姿勢を紙面で示していますが、額面通りには受け取れません。朝日新聞はどこまで本気でこの問題に取り組もうとしているんでしょうか。
『性的な多様性を受容する社会の実現』を目指しているというなら、まずは社内をまとめ、憲法改正を主張したらどうですか。それが出来ないとするなら、記事も社説も、うわべだけの言葉と言わざるをえません。


後日記2

 月刊Hanada に加地伸行氏の「一定不易」という巻頭の一文があります。毎号掲載されている名文です。10月号は「公を以て私を滅すれば、民其れ允に懐かん」と題して、杉田水脈氏の発言、いわゆる「生産性」に関する一文が取り上げられていました。
 杉田氏の主張に対しては、「この主張、その通りではないか」と述べたうえで、次のように述べています。

 杉田議員が所属する自民党の本部前に多数の人々が集まり、抗議をし、果ては議員辞職を求めた、と伝えられている。
 議員辞職を・・・これは暴言である。杉田議員が法的あるいは道義的不祥事を犯したというのならばともかく、堂々と述べた論説に対して、いかなる根拠・理由をもって辞職を要求できるのか。もしそれを強行しようとするならば、言論の自由を否定することであり、それこそデモ隊が叫ぶファシズムでありナチス的でさえある。言論には言論をもってせよ。

 まことに痛快です。抗議デモで辞職を迫るならば、『憲法24条「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として・・・』を改正せよ、と迫ることこそ、本当の民主国家というものです。(H30・9・7記)


後日記3

「新潮45」の休刊については、「何ということを」という以外に言葉がありませんでした。杉田水脈氏は、議員ではありますが、発言の自由はあります。立場上、すべて自由な発言が許されるわけではありませんが、今はいわば「陣笠代議士」の一人に過ぎません。

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 その杉田氏が、「朝日新聞など一部のマスコミのLGBT支援の度が過ぎている」、と発言しただけなのに、あの大袈裟な騒ぎよう。全く異常としか思えません。しかも、当の発行主体である新潮社が、「謝罪表明」をし、そのうえ「新潮45」の休刊まで決定したというんですから驚きです。
 その驚きの上、更に驚いたのは、今発売中の「月刊Hanada12月号」に掲載された門田隆将氏の「新潮社敗北の意味とは」という記事です。同氏の記事によれば、新潮45の同僚たちが『編集長の責任を追及し、社として外部への「謝罪表明」求める署名を求めたところ、何と署名した人間が60余名もいた』というのです。同氏は、大学卒業後、新潮社に25年勤務した古巣ということですから、これは事実と理解してよいでしょう。この60余名の社員たちは、「言論」ということの基本すら理解していないのではないでしょうか。
 言うまでもなく、自由主義国家において、「言論の自由」は最大限尊重されます。さまざまな主義主張を持つ人間がいて、さまざまな意見を言うことが許される。もちろん、相手の人格を傷つける一方的な誹謗中傷は許されませんし、立場上、発言が制限されるということはあります。言論機関が一定の節度をもって、行き過ぎた言論を事前にチェックするというのも、ある程度許されるでしょう。
 しかし、今回の杉田水脈議員の発言は、全文を読んだ私の感想からしても、新潮社社員60余名が非難するに値するような発言とは、到底思えません。言論雑誌を標榜するなら、反対意見があるなら、その反対意見を掲載し、両者の意見について、読者にその是非を判断させれば済むことではありませんか。最後の審判者は、あくまでも読者なのです。
 「新潮45」の休刊こそ、言論機関の敗北なのではありませんか。(H30・11・10記)
  


後日記4

杉田水脈議員の「生産性」という言葉に、左翼マスコミが噛みつきましたが、この言葉がそれほど問題だというなら、菅直人の発言も同様に非難されなければなりません。

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 彼は、2007年、愛知県知事選の応援演説の中で、次のように述べています。
「実は愛知も、そして私の住む東京も、生産性が1位2位を争うくらい低いんですよね!それは子供を産むという生産性が最も低いんですよね。皆さん!」
 2007年というのは、その3年後には内閣総理大臣に就任していますし、民主党幹事長など歴任した後でもあります。政界の要職を歴任した人物なのです。杉田議員のように、参議院議員で、単なる一陣笠代議士とは大いに異なります。
 当時は、第1次安倍晋三内閣の柳沢伯夫厚労相が、松江市で開かれた集会で、「産む機械、装置の数は決まっているから、あとは一人頭で頑張ってもらうしかない」と、女性を機械に例えて少子化問題を解説し、激しい批判を浴びていた最中でもあったのです。
 それにも関わらず、菅直人の発言は、一切批判の対象とならず、無役の杉田議員の発言だけが激しい批判の対象にされるのか。それは、全て左翼マスコミの「安倍おろし」の一環として行われているからだ、と理解する以外にありません。
 左翼マスコミによる余りにも一方的な非難、偏向報道と呼ばざるを得ません。(H30・11・12記)

▶▶▶菅直人の生産性発言(動画)は→こちらから

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