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沢田研二、コンサートをドタキャン

沢田研二、コンサートをドタキャン

開園1時間前の中止発表

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 10月17日、埼玉スーパーアリーナで開催予定だった公演を、開催1時間前に突然中止したということが話題になっています。私のような年齢になると、「おお、ジュリーはまだ公演などしていたんだ」という驚きの方が先に立ちます。というか、本当は「まだ生きてたんだ」という軽い驚きが先に立ちます。
 だって、沢田研二って、もう70歳でしょう。私より5歳年下の人間が、スーパーアリーナでコンサートをしていたというだけで驚きだというのに、中止の理由が「スーパーアリーナが満員になっていなかったから」というんですから、椅子から転げ落ちそうなほどびっくりしました。
 開演1時間前に突然中止というんですから、観客も驚いたでしょうね。報道によれば、「午後5時開演予定だったが、同4時頃に急きょ中止がアナウンスされ、会場入り口に貼られた紙には手書きで「契約上の問題が発生した為」と理由が記された。すでに観客が集まっており、会場周辺は大混乱となった。」とのことです。そりゃそうでしょう。
 私が客の立場だったら、単に「金返せ」では済まないでしょうね。わざわざそのために日程調整、時間調整をし、しかも行列に並んでやっと入場したというのに、「客が思うように集まらなかったから」というのが中止の理由だというんですから、「金返せ」で済まないのは当然でしょう。わざわざ新幹線に乗ってきたなんてお客も、いたのではないでしょうか。いわゆる「おっかけ」と言われるような人は、多分許すんでしょう。踏まれても蹴られても好き、というのが追っかけという人種なんでしょうからね。
 沢田研二は、一応、謝罪はしてましたね。「さいたまスーパーアリーナでやる実力がなかった。ファンに申し訳なく思ってます。責任は僕にあります。これから取り戻せるようにできるだけしていきたい」と語ったとのことですが、謝って済む話ではないと思います。

7千人集まったこと自体が驚き

 この会場は、客席が可動式で、規模によって約1万人から最大で3万7000人まで収容可能とのことです。開演前に所属事務所、イベンター会社から集客状況について「9,000人と聞いていたが、実際は7,000人だった」と知らされた。本番前のリハーサル時、観客が座れないように客席がつぶされているブロックが目立ったことに腹を立てた、というのが真相のようです。

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 彼は、「客席がスカスカの状態でやるのは酷なこと。『ライブをやるならいっぱいにしてくれ、無理なら断ってくれ』といつも言ってる。僕にも意地がある」と述べたそうです。私もほぼ同年代の人間ですから、老人がこのように頑固になる気持ちは理解できます。
 でも、70歳にもなったら、「ひとりでも二人でも、お客が来てくれるのは有難いこと」という謙虚な気持ちこそ大事ですね。よく言われるように、退職しても現役の頃が忘れられず、地域の集まりに出ても横柄な態度をする人がいますが、こういうタイプが一番嫌われます。歳をとったら、現役時代のことは絶対に言わない、その雰囲気すらも出さない、という気持ちが大事です。
 沢田研二は、一応、現役真っ最中の気持ちなんでしょうが、誰がどう見ても、現役真っ最中ではありません。推測ですが、集まってきた観客も、「昔の若い女性」ばかりだったんじゃないでしょうか。ということは、観客の方も「昔のジュリー」が忘れられなくて、来ている人ばかりだったのです。
 要するに、観客も、歳をとって、年々ファンは減少するのが当たり前です。なぜなら、彼の同世代の何%かは亡くなったり、あるいは腰痛、膝痛などで外出困難になったり、あるいは親の介護や老々介護の年齢です。観客が減るのは物理現象でもあるんです。
 それに客の入りが良いか悪いかは、主催者と出演者の問題です。客に文句を言う筋合いではありません。お金を払ってくれている客には、絶対に迷惑をかけてはいけません。主催者に文句があるなら、幕が閉じてから当事者同士、じっくりやればよいことです。
 それにしても、7,000人も集まったということ自体、私には驚異的な集客力だと言えます。しかも、彼の全国ツアーのスケジュールを見ると、超過密といってもよいほどに日程が詰まっています。70歳になって、未だ、これほどの客を呼べる沢田研二というスターは、やはり大スターであった(過去形!)ことは間違いのない事実です。

ジュリーに望むこと

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 多くの人が沢田研二に苦言を呈しているようですから、これ以上は言いません。私が、彼に言いたいのは、70歳にもなって、容貌も歌も衰えている(多分)この自分を、7,000人もの人がわざわざ見に来てくれる。本当に有難いことだ、と感謝の念を持つべきだということです。
 70歳といえば、同年代の彼のファンも、足腰が弱り、寝たきりになったり、外出困難になったり、配偶者に先立たれたり、親の介護、老々介護など、さまざまな困難に直面している人も少なくない筈です。そういう中で、現役として、ハードなスケジュールをこなしていける自分は何という果報者であることか、という感謝の念こそ必要なのではないでしょうか。
 自分がここまでやってこられたのは、決して自分の努力だけではない。多くの人の支えがあってこそ、ここまでやってこられたのだ、という感謝の気持ちです。道を安全して通れる、水道の水を安心して飲める、スイッチ一つで電気がつく、水洗トイレが使える、すべて当たり前のことですが、そのためにはそれを陰で支える多くの人がいます。その当たり前のことに、感謝してもよい年齢のはずです。そういう気持ちがあれば、満席になっていないことになど腹が立つ筈がありません。

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 私がジュリーに望みたいのは、そういう感謝の気持ちを大事にし、世の中の不遇な生活を余儀なくされている人達を無料で招待するなど、社会にお返しをする、という発想を持っていただきたい、ということです。車椅子での生活や寝たきりの人、知恵遅れの人、目の見えない人、親に捨てられた子供など、社会には恵まれない人たちがそれこそ山ほどいます。
 あなたの同輩に杉良太郎という歌手がいます。彼は、妻伍代夏子と一緒に、被災地に駆けつけたり、里親になったり、ボランティア活動をしています。売名行為だなんて陰口を叩く人もいます。が、私は思います。「それならお前、売名行為でもいいから自分でやってみろ」とね。
 幸いあなたは健康なようですから、各公演会場で、客席の10%は、それらの人達を無料招待するなど、社会貢献活動をして頂けないでしょうか。そういった地道な活動に力を注いでこそ、ひとりの人間として、残りの人生を心豊かに過ごしていけると思います。そしてあなたの棺桶のふたが閉じられるとき、きっとあなたは「ああ、いい人生だった」と思えるはずです。(H30・10・22記)
 

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