時事寸評 書評コーナー

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小学4年生、子殺しの父親は極刑にせよ

小学4年生、子殺しの父親は極刑にせよ

何度も繰り返される悲劇

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 千葉県野田市で、またまた父親による子殺し事件が起きました。小学4年生の栗原心愛(みあ)さん(10歳)です。子殺しと言っても、突発的な事件ではなく、例によって、父親による虐待の果ての子殺しです。発表によれば、父親の栗原勇一郎容疑者は、1月24日午前10時頃から11時20分頃、自宅で心愛さんに服の上からシャワーで冷水を浴びせたり、首付近をわしづかみにしたりしてけがを負わせた疑い、ということになっています。
 こういう事件が起きるたびに、やり切れない思いと強い怒りを感じます。その怒りの矛先は、もちろん子殺しをした父親に対するものですが、それ以上に思うのは、なぜ周囲でこれを防げなかったのか、ということです。
 報道によると、近所の人が「女児の泣き声や男性の怒鳴り声を度々聞いていた」とのことです。「お母さん、怖いよ」と叫ぶ声や「うるさいんだよ」という男の声を何度も聞いたと言います。
 柏市によると、心愛さんは、2017年11月、当時通っていた小学校が行った、いじめに関するアンケートで「父からいじめを受けている」と回答していたそうです。小学校は、このことを柏市に連絡し、市は児童相談所に通報します。通報を受けた児童相談所は、一時、心愛さんを保護します。ここまでの連係プレーは、何の問題もありません。
 問題は、ここからです。どのような経過があったかは分かりませんが、心愛さんは両親のもとに戻されます。その後、心愛さんは、昨18年1月に別の小学校に転校します。わざわざ転校させるからには、それなりの事情があったとみるべきでしょう。生徒間のいじめの問題ではありませんから、親が、強制的に転校させたと見るべきでしょう。親により虐待の事情を知っている小学校から、事情を知らない別の学校に転校させ、学校からの干渉を避けようとしたのかもしれません。

昨年5月にも同様の事件

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 昨年の5月、東京目黒で同様の事件がありました。5歳女児、船戸結愛(ゆあ)ちゃんの虐待死事件です。僅か5歳の児童が書き綴った次の文章、誰しも涙なしには読めなかったはずです。

結愛ちゃんがノートに書き綴った文章

もうパパとママにいわれなくても しっかりとじぶんから きょうよりかもっともっと あしたはできるようにするから もうおねがい ゆるして ゆるしてください おねがいします
ほんとうにもうおなじことはしません ゆるして きのうぜんぜんできてなかったこと これまでまいにちやってきたことをなおす
これまでどんだけあほみたいにあそんだか あそぶってあほみたいだから やめるから もうぜったいぜったいやらないからね ぜったいやくそくします
あしたのあさはぜったいにやるんだとおもって いっしょうけんめいやるぞ

 この事件の時、両親は、結愛ちゃんに十分な食事を与えず、2月下旬には父親である船戸雄大から暴力を受け、極度に衰弱していたのに、放置していたために死亡したというのです。死因は、低栄養や免疫力低下で引き起こされた肺炎による敗血症だったそうです。報道によると、父親である船戸雄大は、真冬にシャワーで冷水を浴びせたり、ベランダに放置したりする虐待を繰り返していました。結愛ちゃんの足の裏には凍傷まであったという悲惨な事件でした。
 今回のこの事件、父親による暴力、真冬にシャワーによる冷水を浴びせかける。ほぼ同じと言ってもよいでしょう。今回は服を着たまま冷水を浴びせていたというんですから、正気の沙汰ではありません。
 

関係部署の無責任さ

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 こういう事件が起きるたびに思うのは、学校や児童相談所の無責任さです。心愛さんは、2回にわたって学校を長期欠席しています。「父からいじめを受けている」とのアンケートに回答し、一時児童相談所に保護されたような子供なら、学校や児童相談所は、特段の注意を払うべきは当然です。ましてや2回にわたって長期欠席をしているんです。
 父親から虐められていると回答した生徒が、長期欠席をしたなら、それだけで非常事態だとの認識を持つのは、常識というものではないでしょうか。それなのに、学校も児童相談所も一度も家庭訪問すらしていなかったというのです。
 余りにも無責任と言わざるを得ません。柏児童相談所の二瓶一嗣所長は会見で、「(一時保護の)解除は妥当だったが、(長期欠席を)重くとらえるべきだった」なんて言っていますが、バカも休み休み言え、と言いたい。親の暴力で一時保護していた子を親元に戻したなら、しばらくの間は、日参するくらいの気配りをするのは当然でしょう。ましてや長期欠席しているなら、「おかしい」と判断するのは素人でもできます。
 本当に、学校も児童相談所も全く機能していません。これまでは、「会いに行っても親が会わせてくれなかった」なんて言い訳が通用しましたが、すでに児童虐待防止法や児童福祉法の改正などがなされ、強制的に家庭内に立ち入ることができるようになりました。法的な手続きも簡略化され、警察官の同行を求めることもできるようになったのです。法的な体制は、既に整っているのです。
 それにも関わらず、このような事件が起きるのは、余りにも公務員としての自覚、すなわち公に奉仕するという意識が余りにも欠如していると言わざるを得ません。

親は重罪に処すべき

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 今回のような事件が起きるたびに思うのは、暴力をもって幼児を死に追いやった父親(希に母親)に対する刑が軽すぎる、ということです。
 前述した船戸結愛(ゆあ)ちゃんの事件だって、警視庁は、既に「傷害罪」として起訴済みだというんです。こんな馬鹿な話はありません。このような苛烈な方法で死に至らしめた行為が、どうして殺人罪でなく、傷害罪なのでしょうか。全く理解不能です。大人を虐めたというのではなく、相手は幼子です。弱い者いじめの極致ではありませんか。単なる殺人罪よりもはるかに責任の度合いが大きい、と感じるのが健全な社会常識というものではありませんか。これでは法に対する信頼が揺らいでしまうというものです。

公務員の責任も厳しく問われるべき

 学校や児童相談所の責任も、もっと厳しく問われてもよいと思います。心愛さんが、2回にわたって学校を長期欠席したにもかかわらず、一度も本人の顔を見に行っていない。父親から虐待され、児童相談所に保護された経歴のある児童なら、学校としても赤丸二重丸で注意すべき子供のはずです。なぜ、2回の長期欠席がありながら、本人の状態を確認に行くことができなかったのでしょうか。
 児童相談所は、もっと責任が重いと思います。なぜなら、児童相談所は、このような児童の保護を業務とする公務員だからです。

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 と、ここまで書いて、児童相談所とは、そのような組織になっているのか、気になって調べてみました。Wikipediaによれば、児童相談所に関し、次のような解説がなされています。
「児童虐待などの相談に関しても、本来的には専門職任用を行うべきであるが、実際には一般行政職を児童福祉司に任用している自治体が少なくない。特に専門的な知識が必要と判断される場合には専門職員も出てくるものと思われるが、一般の行政職員の中には保健福祉とは関係のない部署から人事異動により初めて異動してくるケースも多い。また、一般行政職の場合、ソーシャルワークにおける基礎的な教育を受けていないことに加え、異動のサイクルが極端に短く、個人においても組織においても専門性が蓄積されないという問題がある。」
 この解説を見て、う~ん、と唸ってしまいました。児童相談所の仕事は、いやな仕事だから、みんなが押し付け合っている、という雰囲気がにじみ出ています。「異動のサイクルが極端に短く」ということは、そこに座っている間に問題が生じず、大過なく過ごせばいい、早く次の部署に変わりたい、という意識が感じられます。暴虐な親の元に出向いて、強制的に面会をしてくるなんて、普通の公務員だったらできれば避けたいところでしょう。
 これでは、暴力を受けている子供たちは救われません。制度的に余りにも未熟です。異動のサイクルが極端に短い職員に、重い責任を課せば益々職員から忌避されるポストということになるでしょう。こういう業務に従事する職員には、特段に手厚い手当てを支給したり、外部から専従職員を配置するなど、何らかの抜本対策が必要かもしれません。

南青山の児童相談所反対運動

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 ここで思い出しました。昨年、港区が南青山地区の住民に児童相談所を含む複合施設の建設を提案したということが話題になりました。話題になったのは、南青山住民たちが発した罵声です。南青山という高級住宅街に児童相談所などとんでもない、というわけです。
 端的に言えば、児童相談所に来るのは貧乏人の親子で、非行に走って地区の治安が悪化する可能性があり、青山のブランド価値が損なわれる、地価が下がってしまう。もっと他に相応しいところがあるだろう。何で南青山5丁目なんだ、という怒りでした。
 日本人の多くが、「日本人の品格もここまで落ちたか」と感じたのではないでしょうか。児童相談所をゴミ焼却場や火葬場と同じレベルで考えるこの発想。同じ日本人、ともに助け合って生きて行こうなんて発想、微塵も感じられませんでしたね。これによって、青山という地区のイメージがどれほど落ちたか、当の住民たちは気づかないのでしょう。
 最後は、変な方向に話が発展してしまいました、すみません。心愛ちゃんのご冥福を心からお祈りします。合掌。(H31・1・30記)



<後日記1>

市教委の信じがたい対応

 まさかこんなに早く後日記を書くことになろうとは思いませんでした。虐待の後に死亡した栗原心愛さんが書いたアンケートを、市教委がこの暴虐な父親に渡してしまったというのです。
 アンケートとは、親からの虐待などを受けていないかどうかを、学校だけに伝える、極めて秘密性の高い文書です。本人からの切実な訴えがなければ、虐待の有無は捉えにくいからです。教育委員会には、命にもかかわる重大な文書であるとの認識がないのでしょうか。
 心愛さんは、このアンケートに、次のように記載したのです。

心愛さんが書いたアンケートの全文
 お父さんにぼう力を受けています。夜中に起こされたり、起きているときにけられたりたたかれたりされています。先生、どうにかできませんか。

 このアンケートには、わざわざ「ひみつをまもります」とも書かれていました。「ひみつを守ります」なんて、書いてなくても、秘密厳守事項であるのは、常識です。
 この常識中の常識を、市の教育委員会ともあろうものが、父親に渡したというんですから、もう、口あんぐり、空いた口がふさがりません。どんなことがあっても、許されることではありません。
 このアンケートを渡したのは矢部雅彦次長ともう一人の職員とのことです。二人は、父親に対し、「本人の同意書がなければ渡せない」と言ったところ、「同意があればいいのか」と繰り返し、3日後に本人の同意書を持参し、同行した妻も「本人が書いたものに間違いがない」、と言ったのでコピーを渡したというのです。父親が、威圧をもって本人に同意書を書かせたくらいのこと、余りにも当然すぎて、想像する必要すらありません。

教育委員会には常識がないのか

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 子供が親に虐待されている事案で、本人が学校にSOSを発している文書を、虐待している父親に渡すなどということは、どんな言い訳を言っても通る話ではないのです。
 父親が、大声で怒鳴ったり、「名誉棄損で訴訟を起こす」なんて言ったようですが、それを正面から受けて立ち、「訴訟を起こすというならどうぞ」と突き返すのが学校であり、児童相談所であり、教育委員会の役割です。虐待をしているような人間は、絶対に訴訟など起こしません。自分に非があることは、本人が一番よく分かっているからです。第一、こんなことが名誉棄損に該当するはずがないくらいのこと、高学歴の教育委員会の人間が知らないはずがないではありませんか。
 母親だって、この夫が怖いから仕方なしに「内容に間違いがない」といったはずです。そもそも、内容に間違いがあろうとなかろうと、SOSを発した文書を、虐待をしている当の本人に手渡すなんて、非常識も甚だしい。親の同意の問題ではありません。
 そもそもこの案件は、「非常識」というレベルを超えています。幼児を虐待死させた栗原勇一郎の殺人をほう助した、「殺人ほう助罪!」が問われるべき事案です。こんなやり方が、あいまいに処理され、停職1ヶ月レベルの処分で済まされるなら、今後、また同様の無責任な会見が続くことになるでしょう。
 本当に、無責任極まりない、腹立たしい「事件」と言うべきです。アンケート用紙のコピーを渡した当事者に対する、厳しい刑事上の処分を求めます。(H31・2.1記)



<後日記2> 

母親の逮捕に驚愕

 千葉県警が、亡くなった心愛さんの母親を逮捕したとのニュースが飛び込んできました。このニュースに驚き、且つ違和感を覚えたのは私だけではないでしょう。

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 心愛さんの書いた文章によれば、母親も栗原勇一郎からDVを受けていた、との記述がありますから、母親が心愛さんに直接暴力を加えていたとは考えられません。私は、普段は、地上波テレビのくだらない芸能番組は殆ど見ませんが、この件だけは「なぜだ?」という思いで凝視しました。
 報道によれば、父親が心愛さんに加える暴力を積極的に阻止するなどの行動をとっていなかったことが、いわゆる「従犯」に該当するという解釈のようです。従犯というのは,正犯を幇助する犯罪であり(刑法62条1項)、幇助犯とも呼ばれるものです。警察のOBなる人物が出演し、「警察が従犯として逮捕したのは間違っていない」なんて、したり顔で解説していました。
 このケースの場合、確かに母親は父親の暴力を見ていながら、積極的な阻止行動をとっていないように見られます。父親から「飯を食わせるな」と言われて、食事を与えなかったということもあったようです。そういう行動を見れば、確かに幇助犯と言われる側面もあったでしょう。
 しかし、この母親は、沖縄にいる頃、夫からDVを受けており、夫に対して恐怖心を持っていたことが窺われます。なぜなら、教育委員会の複数の担当者でさえ、この栗原勇一郎の脅しに屈し、心愛さんの書いたSOSの文書のコピーを渡したくらいですから、母親が恐怖を感じるのは十分に理解できます。しかも、教育委員会は「声の暴力」だけで脅迫に屈したのです。母親は、声の暴力プラス物理的な暴力も受けていたのです。恐怖心から、この夫の命令に逆らうことはできなかった、と考えるのが常識というものでしょう。

警察は社会正義を実現する機関

 母親を逮捕した警察の行動、余りにもこの社会常識とかけ離れています。従犯という犯罪の構成要件は、悪ガキの仲間が虐めの対象を川原に呼び出し、首謀者Aの命令で、Bは見張り役、Cは直接こん棒で叩く役、Dはただ見ていただけ、というような場合に、Aは主犯、BCは共同正犯となりますが、ただ見ていただけのDでも従犯とするというようなケースを想定したものです。このようなケースでDは、首謀者でもなく、直接行為を行ったものでもない。しかし、無罪とするのは社会正義の観点から不合理である。というようなケースを想定したものです。
 今回の母親は、心愛さんのメモから、沖縄在住の頃からDVを受けていたというんです。恐怖心から、積極的に父親の暴力を阻止する行動をとれなかったのは止むを得ない、と言うべきです。
 しかも、この母親、1歳の子供がいるんです。夫からDVで苦しめられ、1歳の乳飲み子を抱えた母親を積極的に逮捕すべき理由、社会的非難に値する行為などあったと言えるのでしょうか。
 逮捕するなら、真っ先に、心愛さんの「SOSのコピーを渡した千葉県教育委員会の当事者!!」こそ、逮捕すべきです。千葉県警は、一体何を考えているのか、全く理解できません。こんなことをやっていたなら、ますます警察に対する不信が高まることは必定です。(H31・2・5記) 



<後日記3>

 今回の栗原心愛ちゃんの事件は、本当に悲しい事件でした。「もうおねがいゆるして」と書き残した船戸結愛ちゃん(5歳)も同じ「愛」の文字が使われていました。
 気になって、他の子殺し事件のことも調べてみました。「泣き声がうるさい」と暴行された小林心愛(のあ)ちゃん(生後2ヶ月)、更に、毛布に巻かれたままクローゼットに放置され窒息した小西真愛(まりあ)ちゃん(1歳)。みんな「愛」という文字が共通していました。
 いずれの親も、生まれたばかりの時は、愛情深い子に育って欲しいと願ったのでしょうか。余りにも悲しい共通点と言わざるを得ません。そしていずれも亡くなったことが報じられたのは、栗原心愛ちゃんを除き、時3月弥生の月でした。(H31・3・18記)



<後日記4>

またまた同じ事件が

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 どうしてこうも同じような事件が繰り返されるのでしょうか。今度は、北海道札幌市です。
 2歳女児が衰弱死し、傷害容疑で母親と交際相手の男が逮捕されたのです。女児の体には殴られた時のあざがあり、体重は約6キロしかなかったとのことです。
 問題なのは、自宅周辺で子供の泣き叫ぶ声が昼夜を問わず聞かれていたため、近所の主婦が市の児童相談所に通告し、警察もこの児童相談所に同行を求めていたということです。児相は、「当直体制がない」とか、「信頼できる機関(警察)が確認した。当時の判断は妥当だった」などと言い訳ばかりしていますが、余りにも無責任と言わざるを得ません。
 政府は、通告から48時間以内に子供の安全確認を行い、できない場合は、立ち入り調査を徹底するルールを通知していました。この点について、この児相は「各職員は百数十件の案件を抱え、48時間ルールを守るのは非常に厳しい」と述べています。
 「忙しいから」という言い訳が通用するなら、とても子供の命は守られません。役所の仕事は、常に、言い訳のオンパレードです。小池都知事の「情報が共有される体制が整っていなかったから」などというのがその典型です。
 児相には、警察官の立ち合いを求める強い権限が付加されているんですから、どんなことがあっても児童を守るという、強い意志で自らの職責を果たして頂きたいものです。もう、二度と児相の同じような言い訳は聞きたくありません。(令和元年6月17日記)
 
 

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