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慰安婦像ごときが芸術作品とは何ごとか

慰安婦像ごときが芸術作品とは何ごとか

日本を貶める像が芸術作品なのか

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 愛知県で8月1日から開催されていた国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」にいわゆる従軍慰安婦像を象徴する少女像が展示された問題で、市民などから抗議が殺到し、中止に追い込まれたとのことです。あまりにも当然のことです。
 日本国内において、このような従軍慰安婦像なるものが展示されること自体、日本人として我慢がなりません。なぜなら、そもそも先の大戦下において、軍が主導した従軍慰安婦なるものは、存在しなかったからです。私は、この従軍慰安婦という存在があったことが事実ならば、過去の負の遺産として認めることにやぶさかではありません。
 しかし、この従軍慰安婦という存在は、そもそも存在しなかったのです。もちろん、職業婦人としての慰安婦は存在しました。それは、世界の全ての戦場において存在したといっても過言ではないでしょう。若い男ばかりの軍隊において、それは必然と言ってもよい現象でもあるのです。
 しかし、今問題になっている従軍慰安婦なるものは、断じて存在しませんでした。それが存在したかのようになったのは、吉田清治という福岡出身の文筆家の「小説」が発端でした。後年、彼は小説の中の「作り話」だったことをはっきりと認めています。彼がその作品の中で、大東亜戦争の最中、韓国済州島において軍令で朝鮮人女性を強制連行し、日本軍の慰安婦にしたと「告白」したというのが問題の発端です。これにメディア、特に朝日新聞の植村隆などの記者が食いつき、何ら裏付け調査をすることもなく、いかにも真実であるかのように、繰り返し報道したのです。
 その後、残された軍の資料、軍関係者の証言、現地取材など、さまざまな方法でいくら調査をしても、軍の強制性を裏付けるものは、何一つ出てきませんでした。なにより済州島という小さな島で、何十人、何百人という若い娘が強制的に連れ去られていくというのに、誰の記憶にもないなんてことがあるはずがありません。事実だというなら、その時、村や町の住民たちから強い抵抗があったはずです。しかし、いくら調べても従軍慰安婦につながる証拠が何ひとつ出てこなかったのです。
 結局、さすがの朝日新聞も、吉田証言は誤りであったことを正式に認め、謝罪したのです。しかし、最初の報道から既に32年を経ていました。朝日新聞の犯した罪は計り知れないほど大きいのです。日本人の心に残した傷もまた、大きすぎるほど大きいのです。
 朝日新聞は、記事を取り消した以上、韓国に向けて慰安婦像の撤去を求めたり、英字紙を使って世界に向けて、虚偽報道であった旨、情報発信を行うべきでした。ところが、同紙は、「慰安婦と言う気の毒な女性たちがいたことは事実だ」だの、自ら発行する英字紙に依然として従軍慰安婦が存在したと報じ続けるなど、姑息な手段を取り続けました。

日本人の心を踏みにじる

李栄薫

 今回の従軍慰安婦像は、日本人として絶対に認めることのできない存在です。見たくもない存在なのです。逆に言えば、韓国側からすれば、プロパガンダとして格好の攻撃材料になります。彼の国にとって、事実がどうであるかなどどうでもいいんです。韓国ソウル大学名誉教授(現李承晩学堂の校長)の李栄薫氏が言うように、韓国という国は「嘘の国民、嘘の政治、嘘の裁判」を地で行く国民です。嘘を言うのは、息を吐くのと同じくらいに当然という国柄なのです。日本の朝日や毎日新聞と同じ体質と言ってもよいでしょう。
 しかし、日本はそれとは真反対の国民です。嘘を嫌い嘘を憎む国民なのです。こういう全く180度異なる資質を持つ国同士が隣り合っているのです。一言で言えば、日本は「嘘つき国家」の隣に住んでいるのです。であるならば、日本としても、そのことを十分に認識し、韓国からの作品については、慎重の上にも慎重を期して、作品を選別する必要があったと言えるでしょう。

▶▶▶嘘の国民、嘘の政治、嘘の裁判(反日韓国批判2)
 

昭和天皇の写真を燃やす光景も

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 今回の芸術展には、このほかに昭和天皇の画像を破り、燃やし、足で踏みつけるといった動画も展示されていました。しかも昭和天皇の写真の下地にはアメリカ国旗が使われていました。私自身も、この動画をネットで見ましたが、アメリカ国旗についてはよく分かりませんでした。
 いずれにしろ、この動画のどこが芸術作品だというのでしょうか。芸術は芸術家にしか分からないなどという戯言は聞きたくありません。
 この動画は、明らかに反日左翼の人間が作ったプロパガンダに過ぎません。こんな動画を芸術と言う名で展示するというその神経が私には全く理解できません。こんな動画が芸術品だというなら、同じ展示場で、文在寅大統領の写真を燃やして踏みつけてみる動画も同時に展示すべきです。
 問題は、こんな無茶苦茶かつ破廉恥な展示会に対して、国や県、市が総額約10億円の補助を行なっていたというのです。呆れてものも言えないとはこのことです。嘘と捏造と恨の文化をもつ韓国の出品に対して、何の疑念も持たずに、10億円を超える補助金を出す国と自治体。余りにも無神経です。
 私は、「表現の自由」という観点から、これらの展示を、公的施設を使わず、しかもすべて自費で行うというなら、アリだと思っています。私的施設で完全に自費で開催しているものにケチをつけるつもりはありません。怒っているのは、公的施設でしかも巨額の税金で補助しているのに、展示するのものが慰安婦像だったり、昭和天皇の御真影を焼き踏みつける動画という点についてです。これではあんまりです。表現の自由を主張するなら、税金などに頼らない展示にすべきです。それならば、これほどの批判は起きなかったはずです。

▶▶▶昭和天皇の肖像を焼却し踏みつける動画

津田大介という人物の人品骨柄

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 私は、この芸術祭の芸術監督である津田大介という名前は前から知っていました。ただ、朝日新聞や田原総一郎氏などが珍重する左派系の人物であるという漠然とした認識をもっているだけでした。
 朝日新聞は、行動原理が「常に反日」ですから、極めて分かりやすい。よって、彼も左翼系の活動家なのであろうと認識していたのです。ネットで調べてみると、現職は、大阪経済大学情報社会学部客員教授、朝日新聞社論壇委員なども兼任しているようです。
 今回津田大介氏を起用したのは、実行委員会を運営する大村秀章愛知県知事です。少なくとも形式上はそうなります。その大村知事は今回の騒動について、何と言ったか。

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大村秀章愛知県知事の発言

 京都アニメーションの放火殺人事件を連想させる内容だった。卑劣で非人道的な脅迫が事務局の機能をマヒさせている。(少女像の展示については)行政が展覧会の内容に関与するのは控えるべきで、芸術監督(津田大介)の決定を尊重した。

 何を言ってるんでしょうか。卑劣で非人道的な脅迫と怒る前に、「こんな日本人を貶める作品を展示してしまって誠に申し訳ない。昭和天皇および皇室を敬愛する日本国民に申し訳ないことをした。実行委員長として開会前に十分に精査すべきだった」と言うべきです。しかも大村知事は、「表現の自由を侵害するもので憲法違反ではないか」とさえ述べているのです。お口あんぐりとはこのことです。
 大村知事は、展示内容の反社会性には何ら言及せず、脅迫をした人物のことだけを非難しているのです。この知事は、自民党系の知事のはずです。その知事が津田大介なる左翼系人物を芸術監督に据えたこと自体が大きな誤りです。彼は左派系の活動家あるいはジャーナリストであって、決して「芸術家」などではありません。しかも彼は、事前に行った東浩紀という人物と対談し、その中で昭和天皇の写真を焼却し、踏みつける動画を展示することについて笑いながら話しているんです。
 このように、芸術家でない、敢えて言えば反日活動家を芸術監督に据え、その結果、日本国民の多くを不快にさせた芸術祭という名のお祭り騒ぎ。余りにも愚劣です。大村知事は、今回の騒動だけでも、十分に知事辞任に値すると思います。

▶▶▶津田大介と東浩紀の対談は→こちらから(16分くらいからご覧ください。)

日本ペンクラブが批判声明

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 この件に関して、日本ペンクラブ(吉岡忍会長)が非難声明を出しています。非難しているのは、展示を中止したことに対するもので、慰安婦像や天皇を侮辱する動画に対してではありません。同クラブは、次のように非難しているのです。

日本ペンクラブの非難声明

 製作者が自由に創作し、受け手もまた自由に鑑賞する。同感であれ、反発であれ、創作と鑑賞の間に意思を疎通し合う空間がなければ、芸術の意義が失われ、社会の推進力たる自由の気風も委縮させてしまう。

 日弁連の左傾化が著しいと思っていましたが、このペンクラブも本当に左傾化しています。
 そもそもペンクラブは、表現の自由を無制限の自由と誤解しているのではないでしょうか。憲法が保障する表現の自由とは、憲法12条で示されている通り、「国民はこれを濫用してはならないのであって、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負う」とされています。無制限のポルノが禁じられるのと同様、意図的な政治的プロパガンダ作品についても、一定の制限を受けるのは当然です。
 ペンクラブの主張は、言っていることは一見もっともらしい内容ですが、ならば、韓国兵がベトナム戦争時に多くの現地女性を虐殺し、性的暴行を加えた末、現地に残されたライダンハンと呼ばれる子供たちを模した像を一緒に並べて展示するべきです。このライダンハン像は、イギリスで制作され、除幕式も行われ、ネットでも公開されています。最低限、それくらいのバランスをとるのでなければ、公平とは言えません。像になったら何でも芸術作品になる、など思い上がりも甚だしいというべきです。芸術の名を借りたプロパガンダに騙されるほど、日本人の知能は劣化していません。最低限、税金を使って展示することは絶対に許されません。(R1・8・7記)

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