時事寸評 書評コーナー

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尖閣防衛のためにも経済成長が必要です

尖閣防衛のためにも経済成長が必要です

このままでは日本は潰れる

 今日本がおかれた現状を見ていると、本当に心配になります。30年近くも経済成長せず、給料も増えず、生活水準も向上しない。つまりデフレ状態が延々と続いているこの状況は余りにも異常です。世界に日本という一国のみが存在するのであれば、それでもいいでしょう。
 しかし、世界は、弱肉強食、百花繚乱のごとく、あらゆる国が存在し、覇を競っています。日本のように「諸国民の公正と信義に期待し」牙を抜かれたような国もあれば、中国のように、絶えず周辺国を侵食しようと牙を研いでいる国もあります。給料も増えないけど物価も安いからいいか、では済まされないのです。

安い国になった日本

年収の推移

 今の日本は、食糧や資源の多くを外国から調達して生活しています。この分野において、嘗ての日本は、買い勝ちしていました。強い円と、高い成長を誇る経済力が背景にあったからです。世界に占める日本のGDPは20%を占めていましたが、今は6%にまで落ち込んでしまいました。嘗ての日本は、間違いなく世界の経済大国、金持ち大国だったのです。
 しかし、今は、多くの分野で「買い負け」するようになりました。例えば、魚です。外国から輸入する漁業資源はもちろんのこと、日本産の魚でさえ、中国など外国に買い負けするようになりました。漁師だって、中国の方が高く買ってくれるなら中国に売ります。不動産だってそうです。中国の富裕層から見れば、東京の地価だって安く見える。北海道のニセコの土地なら尚更です。
 人材だってそうです。高い能力のある者は、高い給料をくれるところに行きます。インドの有能な技術者は、日本に来なくなりました。
 海外旅行もそうです。嘗ての日本人は、大挙して海外旅行に行きましたが、今は、見る影もありません。逆に、外国から大勢の観光客が来日するようになりました。日本にできた高級ホテルも、日本人には高嶺の花。外国の富裕層ばかりです。インバウンドなどと喜んではいられないのです。貧乏な日本人が海外旅行をできなくなり、お金持ちの外国人が、物価の安い日本に遊びに来る構図になったのです。つまり、日本は文字通り「安い国」になってしまったのです。エズラ・ヴォーゲルの著書「ジャパン・アズNO1」の時代は、とうの昔に過ぎ去ってしまったのです。

安全保障にも重大な影響が

 経済が落ち込み、国民が所得を失った結果は、さまざま分野に悪影響を及ぼしています。資金を必要とする分野に、必要な資金を使うことができないからです。特に問題なのは、国の安全保障です。よく知られたことですが、日本の防衛予算は年間約5兆円、GDPの1%です。そしてこの予算額は毎年、ほぼ一定です。
 他方、中国の軍事予算は、毎年10%前後増やしてきました。ここ数年、伸び率は鈍化しましたが、それでも日本を圧倒するほど軍事費を増強してきました。そして、その国が、台湾と尖閣諸島を奪うべく、虎視眈々と狙っているのです。
 その中国の対日政策とはどんなものでしょうか。それは、 ①日本固有の領土である尖閣諸島を武力ででも奪取する、②中国国内での反日教育を徹底する、③日本のミサイル防衛など安全保障強化の政策にはすべて断固反対する、④日本の首相など公人が自国の戦没者慰霊のための靖国神社参拝などに干渉する、⑤日本人の研究者やビジネスマンを一方的に拘束し、その理由は開示しない。
 この日本に対し余りにも露骨に干渉する中国共産党が、チベットを弾圧し、ウイグルにおいて、今まさに百万人以上を強制収容所に入れて拷問し、思想改造、強制労働、性的虐待、強制不妊手術、臓器摘出など、正にジェノサイド(民族抹殺計画)を実行しているのです。
 このような非人道国家が、日本に向け地上配備型の短・中距離弾道ミサイル約1900発を配備し威嚇しているのです。

教育や科学技術予算にも手が回らない

 経済停滞の影響は、教育や科学技術、公共投資の分野にも影響を与えています。
 教育は、未来の世代を背負う人材を育成するものです。長期的視点からみれば、教育への投資は、将来の有能な労働者、納税者を育てるための投資です。これほど有益な投資対象はない、と言っても過言ではありません。しかし、実際には、経済の停滞により、その教育投資が十分になされていないのです。

教育費公的支出(小中学校)

 日本は、少子高齢化という難題に直面していますが、教育費を別枠で管理し、大学卒業まではすべて国で負担するといった思い切った発想の転換が必要です。そうすれば少子化といった難題も同時に解決されます。安心して子供が産めるからです。
 また、科学技術研究投資も、将来への投資として極めて重要です。資源の乏しい日本にとって、科学技術の発展こそ教育と並んで国を支える重要な基礎的投資と言うべきです。
 これら教育予算と科学技術予算は、一般の予算とは別枠で、「特別会計予算」として管理すべきものだと思います。
 防災の問題も重要です。日本は災害大国です。毎年、全国各地で災害が起きています。日本は急峻な山岳地帯が多く、豪雨は一気に流れ下り、各地で堤防決壊などの被害をもたらします。また10年から20年に1回程度は、大きな地震も発生し、未曽有の災害をもたらします。そのためにも強い国土を作るという発想は重要です。国土強靭化です。

PB論のウソがばれた

長期金利と債務残高

 これら日本にとって重要な安全保障、教育、科学技術、防災といった重要施策に必要な投資資金、すなわち財源が、全く足りていないのです。
 なぜ資金が足りていないのか。財務省流にいえば、「財源がないから」です。財務省は、これまで財源がない理由として、基礎的財政収支すなわちPB(プライマリーバランス)という言葉を使って説明してきました。このPB論は、財政収入と財政支出のバランスをとるということです。一方の予算を増やしたら、その増分に見合う別の項目を減額すべし、という考え方です。つまりゼロサムゲームです。誰かの所得が増えれば誰かの所得が減らざるを得ない。年間の税収が100と決まったら、支出も100で抑えるというのが基本思想ですから、これでは経済の発展など望むべくもありません。
 この論法は、家計の発想そのものです。30万円の収入の家計は、30万円の範囲で生活する。一見、分かりやすく極めて常識的です。財務省も、財政の説明をするときは常にこの論法を使ってきました。国の借金は1,000兆円を超した。国民一人あたり850万円の借金を抱えていることになる。自分の子や孫たちにこの借金を残してはいけない、という論法です。国が使った金(予算)は、誰かが税金として国に返済しなければならない、ということです。
 更に財務省は、これ以上国の借金を増やせば、日本は金利が上昇しハイパーインフレになる、とも言っていました。
 ところが、このPB論のウソが、昨年来の新型コロナウイルスの蔓延により、ばれてしまいました。なぜか。コロナの蔓延により、度々の緊急事態宣言を発動し、全国規模で民間の産業・商業活動をストップせざるを得ない事態になりました。阿鼻叫喚の国民の声を無視できず、国は超大型の補正予算を組まざるを得なくなりました。財務省のHPによれば、「令和2年度の公債発行額は112兆5,539億円となる」と記されています。
 例年、30兆円~40兆円ベースで発行してきた国債を、昨年度だけで112兆円も発行するというんですから、従来の財務省の論理からすれば、間違いなく金利の急上昇とハイパーインフレの招来ということになります。
 しかし、今の日本で、金利の急上昇は起きているでしょうか。ハイパーインフレは起きているでしょうか。いずれも起きていません。
 つまり、財務省の論法が、ウソであったことが見事にバレてしまったのです。これほど大量の資金供給をしても、金利の急上昇もないしハイパーインフレも生じていないのです。事実は小説より奇なりです。

PB論では経済の発展はない

国債/GDP・マネーストック

 そもそもPB論は基本的な誤りを犯しています。なぜならこの考え方では、世の中のお金は増えないからです。税収が100兆円あるとして、政府が100兆円の支出しかしなければ、世の中のお金の総量は増えません。
 しかし、実際には、世の中で流通するお金の量は毎年増えています。誰が増やしているのか。それは国民です。例えば銀行はA商店が100万円の借り入れを希望した際、そのA商店の通帳に100万円と記入するだけです。そのお金はどこかから調達して貸しているわけではありません。銀行は1%程度の預金準備金を当座預金として日銀に預けておけば、残り99%すべてを貸し出しに充てることができるのです。これが「万年筆マネー」というものです。借りに来る人が多ければ多いほど、この万年筆マネーは増えていきます。そして、A商店は返済するときは110万とか、120万にして返済します。利息をプラスするのです。A商店が返済するときは、万年筆マネーというわけにはいきません。世の中から元金プラス利息分、これを現金でかき集めて返済しなければなりません。なければ親戚や知人から借りてでも返済しなければなりません。
 個人の場合も全く同じです。家を建てたり、不動産や車を買ったりするときに銀行ローンを組みます。これらの借り入れは、すべて有利子ですから、借りた額以上のお金を銀行に返さなければなりません。そのお金は、社会にあるお金をかき集めて払うことになります。このような行為を日本人全体で行うため、社会全体のマネーは膨らむことになります。これが、マネーストックが常に右肩上がりになる理由です。
 このように、借りた者が、借りた額以上のお金をかき集めて払うわけですから、世の中のお金はどんどん少なくなってしまいます。これでは世の中に出回るお金が少なくなり、不景気のドン底になってしまいます。
 そこでその不足する分を国債という形で、国が補給することになります。このようにして世の中全体に流通するお金の総量は、毎年必ず(!)増えていきます。このことを示したのが上の図です。

GDPは伸びないことも

 では、GDPはどうでしょう。GDPとは国内総生産のことで、一定期間内に国内で新たに生み出されたモノやサービスの付加価値の総和のことです。これには日本企業が国外で生産した付加価値は含まれません。モノやサービスの付加価値の総和ですから、景気が良ければその数値は増え、悪ければあまり増えない、ということになります。上の図で分かるように、日本のGDPは、1992年ごろからほとんど伸びず、ほぼ横ばい傾向になっていることが分かります。この20年ほど、GDPが伸びなかったというのは、実感とも合っていると思います。
 最後に、国内銀行の貸出残高はどうでしょう。これは、1991年ごろまでは右肩上がりに上昇してきましたが、その後横ばいに転じ、1999年ごろからは、逆に右肩下がりになっていることが分かります。その後横ばいとなり上昇に転じるものの、2018年現在で、やっと1995年頃のレベルに止まっていることが分かります。つまり、20年前とほぼ同額しか貸し出しをしていない、貸出額は伸びていない、ということです。
 このグラフの意味することは何か。マネーストックは、常に右肩上がりに上昇する一方、この伸びる一方のマネーストックの需要に、銀行が応じきれない場合、政府が国債を発行し、その不足分を埋めているということです。
 銀行の貸出残高が横ばいないし右肩下がりということは、「貸し渋り」や「貸しはがし」のある状態ということです。景気の下降局面で、回収不能になることを恐れた銀行が、貸し渋りや貸しはがしにより自己防衛を図ったということです。「銀行は雨の日に傘を貸さず、晴れの日に傘を貸す」ということです。

資本主義は成長しなければならない

現代経済学の直感的方法

 私は経済の専門家ではありません。そこで本物の経済専門家、長沼伸一郎という人の意見を一つ紹介します。彼は「物理数学の直感的方法」という著書を出版するなど、理系の出身ですが、経済についても「現代経済学の直感的方法」という著書を著すなど、多才な人物です。
 彼は、同書の巻頭部において、ズバリ経済の本質について次のように述べています。

長沼伸一郎著「現代経済学の直感的方法」より

 現代の日本や米国のようにすでに十分な経済的繁栄を遂げているはずの国に住んでいて、ニュースの時間に経済官僚などが「来年度に何%の経済成長を行うには・・・」などと発言しているのを聞いていると、何かこの人たちは頭がおかしいのではないか、と思えることが多いのではないだろうか。(中略)
 しかし、これは別に経済学者の頭がおかしいわけでもなければ、日本や米国の国民が飽くことを知らない貪欲な国民性を持っているわけでもない。成長を続けなければならないというのは、資本主義というシステムが必然的に持たざるを得ない一つの宿命だからである。(中略)その最も直接的な理由をずばりと言えば、それは「金利」というものがあるからである。

 我々現代人は、貨幣経済の発達してきた大判小判の江戸の昔から、飽くことなき経済発展を続けてきたのです。そして財務省も、まさしくこの経済原則通り、経済発展を促進する役割を果たしてきました。
 しかし、財務省の主張するPB論は、このような経済発展理論に対して、横車を押すかのように、明らかに経済発展を阻害する施策であり、国民はそのことに対して怒っているのです。

なぜ金利上昇もハイパーインフレも起きないのか

画像の説明

 財務省は、「政府の負債=国民の資産」であるという単純な理屈を理解していません。いや理解していないふりをしているのかもしれません。従来から財務省は、「政府の負債は国民の借金」だと説明してきました。国債発行=国民の借金=将来世代の負担、子や孫にツケを残すのか、という論法です。そう考えるから、国債発行に対して過度に慎重になるのです。
 確かに、国債を無尽蔵に発行すれば、インフレの懸念も生じますが、それに対しては物価の動向や金利の上昇など、明らかなインフレの兆候が生じてから策を講じれば済むことなのです。長年病的に痩せ細った人間が、「将来、太ってしまったらどうしよう」と憂いているようなものです。医者ならば、「そんなことに悩まず、とりあえず食べて標準体重に戻せ」と言うはずです。
 いずれにしろ、今の日本は、前述したように、30年もの長期にわたってデフレ状態が継続し、輝ける日本が長期低迷する貧乏国家、買い負けする日本になってしまったのです。
 その結果、国防予算、教育予算、科学技術予算、国土強靭化予算など、必要とされる資金が全く不足してしまいました。30年もの長期にわたってチビチビケチケチした財政運営をしてきたがゆえに、日本はこれほど貧しくなってしまったのです。
 この度の武漢ウイルスの蔓延を契機として、財務省のウソがばれたのですから、これからは、はっきりとPB論と決別し、必要な資金を必要とする分野に存分に供給し、経済の発展を促してほしいものです。

またぞろ財政再建論議が

 ところが、政府は、またしても財政再建論議を再開しようと画策し始めました。財務省は5月15日に、財政制度等審議会の分科会を開き、「国民が負担する税金だけでなく、保険料を含めた全体の負担と給付を明示し、負担に見合うサービス水準を意識してもらう仕組みを導入したい」との考えを示したのです。負担に見合うサービス水準とは、負担を増やすかサービス水準を下げるということです。しかも、依然としてPB論を捨てておらず、「2025年度にPBを黒字化する目標を維持したい」というのです。

画像の説明

 このPB論によって、日本は30年もデフレに喘いできたというのに、依然としてこのPB論にこだわり続ける財務省というのは、本当に日本にとって亡国の貧乏神と言うしかありません。
 マスコミにも責任があります。5月14日の読売新聞で、社会保障部の沼尻知子という記者が、「潜在的な国民負担 深刻なツケ」との見出しで、「一般会計予算の歳出総額は170兆円を突破。国の借金にあたる新規国債発行額は過去最大の112兆円となった。」とし、結論として、「将来世代に過大なツケをまわすことは、経済の活力を奪いかねない。負担の議論から目を背けるのは限界に近付いている」と述べています。沼尻記者は、既に30年もの長期にわたって、財務省によって、経済の活力が奪われてきたことが分からないのでしょうか。彼女は、財務省の「しつけ通り」に記事を書いているのです。多分、日経新聞をはじめ、他の新聞も同様の認識なのでしょう。
 これらマスコミは、なぜ日本は過去30年もの長期わたり日本経済が低迷を続けてきたのか、その原因が財務省のPB論にあるという基礎的理解ができていないのです。このまま財務省と財務省にしつけられたマスコミ、そして経済財政制度諮問会議という「財務省のポチ」が存在する限り、日本の経済発展は望むべくなく、いずれ東洋の小国として、中国の属国となっていくでしょう。

断固として経済発展を目指せ

 今、日本に求められているのは、財政法4条の改正など、財政のあり方を根本的に見直し、中国や北朝鮮など、無法で野蛮な国家から、日本の安全を守ることです。そのためには最低限、防衛費をGDP比2%の水準まで引き上げる必要があります。それが叶わなくとも、経済規模が2倍になれば、実質的に2%が確保されたのと同様の効果が生じます。
 他方、日本の安全を確保するため、戦略的に中国経済の弱体化を強力に進めなければなりません。経済と安全保障は一体のものであり、中国の軍事力を抑えるには、経済力を削ぐことが必須の要件だからです。クワッドと呼ばれる日米豪印による連携を軍事連携レベルで強化し、英国やフランスなど太平洋に直接利害を持つ国とも連携し、中国の暴走を止めなければなりません。もちろん、ベトナムやフィリッピン、インドネシアなど、中国から直接脅威を受けている東南アジア諸国とも緊密に連携しなければなりません。また、経済のデカップリングを進めるため、中国進出企業の脱中国を強力に推進する必要があります。進出企業邦人の安全を守るためにも必要なのです。
 そして、国内的には、二階幹事長や公明党など、中国に秋波を送り、日本の国益に反する媚中派勢力も一掃しなければなりません。
 日本が日本であり続けるためにも、再度、日本経済を復活し、必要とする部門に資金を供給しなければなりません。そしてそれは財政政策の舵取り一つ、政治の力一つでできることなのです。

消費税廃止こそ経済活性化の切り札

消費税

 具体的には、PB論との決別、機動的な財政出動、更には消費税の撤廃を求めます。消費税は年金など社会保障の財源、という論がありますが誤りです。年金は本来、掛け金と給付で完結した保険制度であり、税金で補填する筋合いのものでありません。生命保険は、死亡した人の遺族がもらう制度ですが、年金は、死亡した人は一円ももらえず、長生きした人だけがもらえる制度です。年金制度だけで完結できる制度なのです。ですから、世界のどこにも年金保険に税金を投入している国はありません。
 税金を投入しなければ年金財政が維持できないというなら、年金の制度設計を見直すべきです。そのうえで、消費税を撤廃して頂きたい。そもそも、消費をしたら罰金を取るという発想が間違いなのです。
 ならばどこから税金を取るのだ、ということになります。国民はすでに消費税以外に呆れるほど多くの税金を払っています。国民所得をベースとする国民負担率は、2019年度実績で44.4%で過去最高でした。10年前の2009年度と比べると7.2ポイント上昇したのです。更に、2020年度の実績見込みは、さらに高い46.1%になる見込みです。国民は、既に重税に喘いでいるのです。
 ここは発想の転換が必要です。「消費税を撤廃したら、消費税以上の税収が可能になる」という発想の転換です。なぜか。消費税を撤廃すれば、消費税相当分はイコール国民の所得になります。給料が増えたのと同じ効果が生じるのです。
 国民の所得が増えれば、消費が活発になり、消費税相当分以上に税収は増えます。消費の拡大は、企業収益を増加させます。そうなれば企業経営者は新規投資を増やし、雇用も増え、従業員の給料を増やすこともできます。従業員の給料が増えれば、更に消費も拡大します。
 このようにして、経済の「プラス循環」が生じるのです。消費税という形で消費に罰金を加えるのでなく、喜んで消費させることによって、全体の税収を増やすのです。庶民の財布に手を突っ込み、無理やりお金をむしり取るのではなく、喜んで使ってくれる、喜んで買い物をしているうちに、いつの間に税金も払っていた。経済は、そういう方向に舵取りをすべきなのです。
 財務省はもちろんですが、菅総理、麻生財務相をはじめとする政権に、今こそ、このような意識の大転換を求めたいと思います。(R3・5・22記)

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