学校への水持参は行き過ぎではないか
学校への水持参は行き過ぎではないか
学校への水持参にびっくり
読売新聞の「日曜の朝に」という欄に「水持参 我が家の長男は」という投稿記事が載っていた。何気なく読んでいてびっくりしました。
中学1年の長男が毎日水筒持参で通学している、というんです。それだけで驚きですが、その持参する水の量です。真夏には4.5リットル、11月の今でも3リットルの水を持参しているというんです。4.5リットルというのは、一升瓶換算で2.5本分です。毎日一升瓶を2.5本も背負って学校に行くって、ほとんど苦役を強いているのと同じではないんですか。

この投稿者は滋賀県にお住まいの方のようでしたが、全国でも、水筒持参を奨励している学校は多いようです。東京都市大学教授の長岡裕という方が2009年に全国の小学校を対象に調査をしたところ、回答があった451校のうち、水筒の持参を指導しているのは4割あったとのこと。最新のデータは分かりませんが、これに近い数字かと思われます。
長岡教授は「1996年に大阪府堺市で腸管出血性大腸菌O157による学校給食の食中毒が発生したことが影響しているのでは」との分析をしています。この事件から13年も経過した時点での調査で、なお4割の学校が水筒持参を奨励しているというんですから驚きです。
この堺市の事件をめぐっては、給食に原因があったのか、水に原因があったのか判然としません。厚労省は「病原性大腸菌O-157 対策本部」を設置し、少なくとも水に関しては、「大阪府営水道は他市と同様に全市に供給されていることや、受水槽の設置の有無に関係なく発生校が分布していること、7月初旬に大規模な水道工事は行われていないこと、また調査結果から、原因とは考え難い」として「水道水が原因ではない」との結論を出しています。
通学時の携行品は極力軽くすべき
つまり、厚労省が「水道水が原因ではない」との結論を出しているのに、事件発生時から始まった水筒持参という苦役だけが残っているのです。つまり、苦労するのは生徒だけであり、教師側に苦労はない、ということです。
このように、お役所体質で硬直した教育現場では、未だにこのような非常識ともいえる「水持参」が常態化しているのです。
一升瓶2本半がどれくらい重いものであるか、教師側は自分で持ってみたことがあるのでしょうか。80歳を超した私など、持ち上げることはできるが、外出時に持ち歩くなど想像もできません。
近くに住んでいる私の孫娘も同じ中学1年生です。ある時、学校から帰ってきたときに、リュックサックのような荷物を背負って帰ってきたので、びっくりしました。毎日そんな重たい荷物を持って帰るのか聞いたところ、毎日だ、とのこと。その時は何が入っているのか詳しくは聞きませんでしたが、授業で使う小型パソコンなどいろいろ入っているようでした。
教育現場での施設は私の時代と異なり、相当改善され、個人用の荷物は学校に置けるようになっているものとばかり思っていました。ところが、実際には、逆に、持ち帰り品が増えているのが現状のようです。
孫娘が水を持参しているのか確認しませんでしたが、私は、通学時における携行品は極力減らすべきだと思います。
そもそもこの世の中から危険を100%除去することなどできません。通学途上での交通事故、学校給食での食中毒、徒競走でのけがなど、危険は至る所にあります。一度これらの危険が生じたら、すべてそれを禁じていたら、何もできなくなってしまいます。
学校の対応は過剰反応

私見ですが、この水持参の問題も、教育現場の過剰反応だと思います。その原因が判明するまで、一時的に水持参に切り替えるのはやむを得ないとしても、全国で4割もの学校で未だに水持参だなんて、過剰反応が過ぎます。教育委員会や教師たちは、「私たちは生徒の安全のため水持参を奨励している。何かあったらそれは親の責任」というための言い訳にすぎない、と考えるのは言い過ぎでしょうか。
日本は、これまで「水と安全はタダ」と言われた国です。日本の水道水はきれいで安全です。嘗て東京都の石原慎太郎知事は、「東京の水道水はペットボトルで販売している水よりもきれいだ。東京水として売り出そうかと考えている」なんて述べたことがあります。それほどに、日本の水道水は、厳しく水質管理されているのです。
この投稿者は「長男の水問題では、結局、通学リュックを本格的な登山リュックに買い替えた」と述べています。きちんと管理されている水道水があるのに、毎日、登山リュックを背負って通学するような風景はどう考えても異常です。
私の子供の頃は、のどが乾いたら、手ですくったり腹ばいになって小川の水を飲んでいました。そのため、赤痢が蔓延したこともあり、「川の水はそのまま飲むな、沸かして飲め」とのお達しあり、さすがにそれはやめました。でも当時は家に水道などなく、川の水を利用するのは当たり前だったんです。中学生くらいになって、庭に井戸を掘り、汲み上げて飲めるようになりました。嬉しかった~感激でした。もちろん水洗トイレなんて便利なものもなかった。
そんな時代に育った私から見れば、今は何から何まで、すべて天国です。水道は山奥のポツンと一軒家でもない限り、日本の隅々まで供給されています。水質も、浄水場により、十分に管理されています。第一、家庭の水も学校の水も、同じ水道事業者から供給されている水ではありませんか。家庭から持ってくる水と、学校の水道と一体何が違うんですか。
もういい加減、小中学校の生徒を、愚かしい水持参という「苦役!」から解放してあげようではありませんか。(R6・11・18記)
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