イランはなぜ出光丸だけ通行を認めたのか?
イランはなぜ出光丸だけ通行を認めたのか?
なぜ出光丸だけなのか
ペルシャ湾内にとどまっていた日本のタンカー出光丸がホルム海峡を通過しました。米国とイランが戦争状態に入って以来、タンカーを含め日本の船舶が通過したのはこれが初めてです。湾内には未だ43隻の船舶が残っているとされていますから、1隻だけでは余りにも少ない。つまり、出光丸だけが特別に通過を認められたということです。
なぜ出光丸だけだったのか。その背景についてマスコミは全く報じていません。読売新聞も「政府はイランに対し、ホルムズ海峡の航行が早期に確保されることが重要との立場を繰り返し伝えていた」と報じるのみで、なぜ出光丸一隻だけなのかについては、その背景を全く報じていないのです。
日章丸事件による特別な恩義

この背景は、ある意味簡単なことです。「日章丸事件」というものがあったからです。日章丸事件というのは、1953年頃に起きた事件です。イランが英米の圧力により、石油が売れなくなった時期がありました。
当時、米英はなぜイランに圧力をかけたのでしょうか。大きな原因は、イランが、「石油はイランの産出物であり、外国のものではない。よって、今後はイランが自ら輸出する」という当然の主張をしたのです。
それまでイギリスは、このイラン産原油に対し、大きな投資をし、その見返りとして石油の利権を握っていたのです。当時のイギリスは、国家財政を支える重要資源と位置づけていました。イギリスにとって世界的なエネルギー資源の柱でもあったのです。それなのに突然「石油はイランの物」とされたのでは経済的に大きなダメージになります。
このイランのやり方を見ている他の資源国も、イランができるなら我々もできるはず、と国有化を宣言するかもしれません。米英は、サウジアラビアやイラクなど、いわゆる資源国において国有化のドミノ現象が起きるかもしれない、という恐怖心にかられたのです。
当時は、米ソ冷戦時代でもありました。サウジアラビアの石油利権はアメリカが握っていました。イランがこの機にソ連に傾けば共産化ドミノすら起こるかもしれない、との警戒感を持っていたとされています。このため、米英がタッグを組み、イランが石油の国有化に走らないよう、経済的圧迫を加えたのです。このような背景から、イランは自国内で産出される
資源でありながら、独自に石油を輸出できないという状況が続いていたのです。
出光の日章丸が単独イランの石油を買った

そのような折、出光石油のタンカー日章丸が単独、イランに乗り込み、石油を買ったのです。上述のような政治情勢の中で、敢然と原油を買いに行ったんですから、イラン国民は歓呼の声を上げ、これを迎えました。その決断をした男は、出光石油の創業者出光佐三氏です。
この間の事情は、ベストセラー作家百田尚樹氏の「海賊と呼ばれた男」に詳しく述べられています。同氏は、この著作によりイランでは国民的人気が高く、今でもイランに行けば「国賓級」の待遇で迎えられる、と言われているのです。
このような背景から、日本とイランは長く友好関係にあり、今でもイランからの原油を購入し続けているのです。
ですから、今回のホルム海峡の封鎖に際しても、日本が単独で日本の船舶だけ航行できるように、と依頼すれば認められる可能性は十分にあったはずです。しかし、アメリカは日本と安全保障条約を結ぶ軍事同盟国です。その同盟国が戦争当事国の一方のみに肩入れすることは、国益に反するということも言えます。
高市首相が、日本だけ通行を認めてほしいと言わなかったのは、客観的情勢判断として当然だったというべきでしょう。イランは、日本から依頼があれば、認める意向だったという情報もあります。
エルトゥール号事件を想起
話はそれますが、この日章丸事件のことを書きながら、私は、エルトゥール号事件のことを思い出しました。この事件は、1890年(明治23年)、トルコ(当時のオスマン帝国)の軍艦が日本訪問の帰りに和歌山県串本町沖で台風のため座礁、沈没した事件です。
この事件で乗員約600人のうち大多数が死亡するという大惨事を起こったのです。この時、地元の人々が総出で不眠不休の人命救助活動を行ったのです。結果的に約69名しか救助できなかったとされていますが、その献身的な救助活動は、帰国した乗組員たちの証言により、広く知られることになったのです。
この出来事は100年後の1985年、イラン・イラク戦争時にトルコにより「恩返し」として生かされることになります。このイラン・イラク戦争時に日本人215人がイランに取り残されるという事態が生じます。
日本の自衛隊は、戦争当事国の中に救援には行けない。さりとて民間機に救援に行けと命じることもできない。つまり、誰も救援に行けないという状態が生じます。その時、トルコがエルトゥール号事件の恩返しとして救援機を派遣し、日本人215人全員を救出してくれたのです。日本人が見返りなしで命がけで救出した恩を、トルコは100年経っても忘れていなかったのです。
マスコミは背景事情も説明すべき
このように、出光丸のみが通行を認められた背景が分かれば、なるほどと合点がいきます。マスコミは、これらの背景をきちんと報じないまま、出光丸が通行を認められたとのみ報じるので、国民は「なぜ?なぜ1隻だけなの?」と疑問に思うのは当然です。
私の想像するに、マスコミがこれらの背景を説明したがらないのは、百田氏がマスコミの表舞台に登場し、日本保守党の人気が急上昇することを懸念していたせいかもしれません。だとすれば余りにも了見の狭い、浅知恵というしかありません。
いずれにせよ、出光丸が運んでくる原油は、大型タンカー200万バレルという膨大な量でありながら、その消費量は日本人の僅か1日分にしかならないというんですから、ちょっと寂しい限りではありますね。(R8・5・4記)
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