知床遊覧船事故、社長の責任追及だけでよいのか
知床遊覧船事故、社長の責任追及だけでよいのか
沈没事故は痛ましい
北海道・知床半島沖で乗客乗員26人を乗せた観光船「KAZU 1(カズワン)」が沈没した事故。5月5日現在、14人の遺体が収容されたものの、依然、12人が見つかっていません。
事故当時から、この観光船を運航していた知床遊覧船(北海道斜里町)の桂田精一社長(58歳)の無責任ぶりが際立っていました。事故直後にも拘らず、報道陣から逃げ回っていただけでなく、乗客の家族にさえまともに対応しようという姿勢が見られませんでした。
事故後の調査で、カズワンの航行中、桂田社長は自分が運行管理者として、航行中、航行ルートの13地点でカズワンから気象状況の「定点連絡」を受けることになっていたが、実際は、事故当時「病院にいた」とのこと。つまり、運行管理者の責任も、定点連絡の報告も、一切無視していたということです。
そのうえ、マスコミや家族から逃げ回り、責任ある対応を一切取ろうとしなかった。正しく無責任の極みと言ってよいでしょう。当然ですが、海上保安庁は海上運送法に基づき、業務上過失致死罪の容疑で、知床遊覧船と桂田社長の自宅などを強制捜査しました。
社長が連絡を取り合っていたら事故は防げたのか
私が疑問に思うことは、この桂田社長が病院に行かず、会社で定点連絡を受けるなど、本来の業務を遂行していたならこの事故は防げたのか、ということです。既に出航し、知床岬など最先端まで行ってしまった遊覧船が、強風に翻弄され、危険が差し迫っているという状況になったとき、桂田社長が取りうる指示は「早急に引き返せ」とか「転覆を防ぐため風上に進路をとれ」「乗客全員に救命胴衣(ライフジャケット)を着用させよ」とか言うくらいしか方法がないのではないでしょうか。
そして、不運にして、浸水が始まったとします。強風下での浸水では沈没までそれほどの時間がかからないでしょう。そのような悪条件の中で、近くに僚船がいるとも思われません。
ほどなく、乗客全員は海上に放り出されることになるでしょう。海上に放り出された乗客たち、仮に全員が救命胴衣(ライフジャケット)を着用していたなら、命は助かったのでしょうか。
報道によれば、乗客たちは、すぐに見つからず、海中やあちこちの海岸に打ち上げられたりして発見されたようです。誰も救命胴衣さえ装着していなかったということです。救命胴衣を装着していれば、救助のヘリや飛行機から早期に発見されたはずです。この観光遊覧船は、出航時こそ波が静かだったものの、次第に波が高くなり、沈没に至るまで、救命胴衣の装着さえ指示されなかったということなのでしょう。亡くなったであろう船長を悪くは言いたくありませんが、悪天候になれば、救命胴衣の装着位指示するのは、海に生きる者として常識というものではないでしょうか。いずれにしろ、社長が社内にいて、連絡を取り合っていたら、沈没による死亡事故は防げたのか、となると大いに疑問です。
救命胴衣で命は救えたのか
もう一つの疑問は、仮に、出航時から、全員が救命胴衣を装着していたとして、このケースで全員の命は本当に救えたのでしょうか。5月とはいえ、知床の海は海水温度は、2~4度程度とされています。この水温で人間はどれくらい耐えられるのでしょうか。
太平洋横断に挑戦し、一度は失敗しながらも、再度の挑戦で無事往復に成功した辛坊治郎氏は、次のように述べています。
「現場の水温は当時2~4度程度だったとみられている。どれだけ天候が穏やかでも、船が沈んでいたら今回の亡くなった方、行方不明の方が助かっていたかというと、猶予の時間は最大でも数十分なんです。」
更に、同氏は、船が積んでいた救命胴衣や救命浮器についても、「意識があれば(浮器に)捕まっていられますけど、水温5度の海だったら手を離しちゃう。救命胴衣も、波にもまれれば簡単に脱げる」とも述べています。
財団法人、海技振興センターの「船員の低体温症ガイドブック」によれば、「水温が0℃~5℃の場合、意識を失うまでの時間は15分から30分、生存時間は30分から90分」とされています。
これを裏付けるように、水難学会 斎藤秀俊会長も、次のように述べています。
「5度以下の冷水につかると体中がナイフで刺されるような激しい痛みに襲われ、すぐに体が動かなくなってしまいます。もし救命ボートなどが近くにあっても、ボートに上がることも厳しいでしょう。一般的な救命胴衣には保温機能はないので着用していることで生存できる時間が延びることもありません」と述べています。
しかも、同氏は、「体格や服装などの条件によって生存時間は異なるとみられ、こうした基準はあくまで目安で、決してこれだけの時間は生存できると捉えてはいけません」とも述べています。
救命胴衣あっても1時間以内に全員死亡か
このように1時間以内に、全員が死亡してしまう、ということを考えれば、北海道など北の海では、救命胴衣の着用すらあまり意味がない、ということになります。今回の事故を契機に、海上運送法なる法律を少し調べてみました。
同法によれば、法律の運用は、20トン以上の大型船舶と20トン未満の小型船舶で運用が異なることが分かりました。当然ながら、法律の運用は大型船に厳しく、小型船舶には緩い。
遭難したKAZU1は19トンですから、小型船舶ということになります。この小型船舶は、法的には救命胴衣の着用は義務化されていませんでした。しかし、平成30年2月になって、やっとすべての小型船舶の乗船者に救命胴衣の着用が義務化されたのです。報道では、発見された遭難者が救命胴衣を装着していたのか否か不明ですが、法的には、乗客全員、救命胴衣の装着が義務付けられていた、ということです。
しかし、遭難者の発見に多くの時間がかかっていることをみると、装着していなかった可能性が高いのではないでしょうか。あるいは、辛坊氏の言うように、「意識がなくなると、救命胴衣も簡単に脱げてしまう」とういうことだったのでしょうか。
いずれにしろ、仮に、全員が救命胴衣を装着していたとして、知床の海の水温を考えれば、1時間以内でほぼ全員が死亡していた、ということになります。
全国一律の安全基準こそ非常識
私が驚いたのは、海上運送法では、日本全国すべて安全基準が同じだということです。厳冬の北海道から南洋の沖縄まで、同じ法律が適用されているのです。法律だから全国同じなのは当然として、命を守るべき安全基準まで同じでよい、ということにはならないでしょう。
沖縄の海なら、救命胴衣さえつけていれば、命を失うことはまずないと想定されます。浮かんでさえいれば、SOS発信により救助艇が駆けつけてくれることは十分に期待できるからです。
しかし、前述したように、1時間で全員が死に至るという酷寒の知床の海と沖縄の海が同じ安全基準でよい、というのは余りにもおかしい。単に「法適用は全国民に公平」なんて言って済ませる問題ではありません。厳しい環境条件が異なる海域において、全国一律の規制をしていること自体、余りにも非現実的と言わざるを得ません。
現実に適した法運用こそ、公平というものです。北海道のような海水温の低い地域に適した安全基準を、検討することこそ必要なのではないでしょうか。
救命いかだこそ本命なのでは?
緊急時の救命方法として、「救命いかだ」というものがあるようです。大型船の場合は、この救命いかだの設置が義務付けられています。
しかし、小型船の場合は、その義務はなく、沿岸のみを航行する小さな漁船やプレジャーボートでは搭載されていないことが多いとされています。
小型船舶用いかだは4人、5人、6人、8人、10人用の5種類だけで、小人数のものが主です。今回の乗船者は26人でしたから、小型船舶用いかだでは全員の収容はできなかったということになります。小型船舶に26人も乗船できるのに、小型船舶用のいかだが最大10人用のものまでしかない、ということ自体誠に不思議です。それだけの需要が見込めないということでしょうか。最大で10人しか利用できないとすれば、26人全員がこれに乗ろうとすれば、沈んでしまうということになります。
いずれにしろ、乗客の安全ということを考えるならば、既存の法適用のほかに、救命いかだの装着をどのように義務付けるか、出航に際しては、不測の事態を想定して、他の観光船との同時運航を義務付けるとか、何らかの対応を検討することが必要なのではないでしょうか。単に、運航会社の社長の責任を追及だけで、済ませる問題ではないはずです。(R4・5・7記)
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(あ、私はこの救命いかだの販売とは何の関りを持たない、ただのボケ老人です。一応、念のタメ)
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