時事寸評 書評コーナー

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このままでは日本はますます貧しくなる

このままでは日本はますます貧しくなる

はじめに

 最近の日本と世界の動きを見つめていると、日本は増々貧しくなる方向に向かっているのではないか、と思わざるを得ません。政策当局の対応が余りにも思慮に欠け、杜撰だからです。私がこのままでは、日本は衰退せざるを得ない、とする論拠は次のようなものです。
 なお、日本衰退の論拠としては、ほかに少子高齢化問題、消費税問題、エネルギー問題など論点は多々あります。が、それらは一応、別論として、最近、特に強く感じる次の3つの問題点に絞って、話を進めていきたいと思います。

新型コロナへの対応のまずさ

 日本の新型コロナへの対応は、あまりにも場当たり的で、国力を弱めていることは間違いありません。昨年1月、中国武漢から持ち込まれた当初は、このコロナの性質は十分に分かっておらず、日本人にどれくらい蔓延するのか、予備知識がありませんでした。ですから、その当時は、対応に右往左往したのは、ある程度やむを得ないことでした。
 しかし、時すでに、1年半近くが経過したというのに、未だにこのコロナへの対応ができず、右往左往しているのは一体どうしたことでしょうか。しかも、感染拡大の波が来るたびに、緊急事態宣言を繰り返し、既に3回目の緊急事態宣言発出という有様です。
 その内容も、感染者数が増えた、重症患者用のベッドが足りないだのと、この1年間、国も自治体も、医学界も、何も経験から学んでいないかのような慌てぶりなのです。飲食業やカラオケ店はもちろんのこと、野球や相撲、音楽イベントに対しても、無観客での開催を求めるなどしています。自分が企業経営者やイベント開催者であったなら、余りにも腹立たしく、損害賠償を求め、あるいは国会へデモ行進をしていたでしょう。

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 しかも、行政側は、何らの合理的根拠、すなわちデータに基づく根拠は何一つ示していないのです。2度にわたって実施した緊急事態宣言下とそうでない平時において、飲食店やカラオケ店での感染確率がどのくらい差があったのか、同様に、野球や相撲、音楽イベントでどのくらいの感染率の差があったのか、具体的なデータは何一つ明示されていません。
 要するに、感覚的に、人流、物流を止め、経済を止めれば感染は止まる(のではないか)、という判断をしているだけなのです。こういう状態で一部の業界をさらし者にすることを、普通は「魔女狩り」というのではありませんか。
 科学者の武田邦彦さんの話によれば、某保健所から、クラスターの感染経路を示す調査結果が分厚い生データとして、内々で送られてきたとのことです。同氏が、そのデータを仔細に分析したところ、感染源の50%は家庭内であり、飲食店5%、カラオケ5%程度であったと述べていました。この結果は、私たちの生活実感とも符合します。職場で働いて帰宅した夫や妻、学校から帰った子供たちが、外部からコロナ菌を持ち込み、家庭内で感染する。むしろ、飲食店やカラオケ店の方が、清潔保持に努め、感染源になっていないと考えるほうが私たちの生活実感にも符合します。
 更に言えば、日本における感染者数や重症患者数、死亡者数は、アメリカやイギリス、イタリア、ブラジルなどから比べれば、一桁も二桁も少ない。それなのに、コロナ菌への対応は、欧米並みというのは、余りにも合理性に欠けます。イギリスなど、感染者数などが急激に減少し、日本のレベルよりもまだ高い段階で、すべての規制を解除しました。それなのに、なぜ日本だけが、未だに緊急事態宣言だなどと騒いでいるのか、その落差に茫然とせざるを得ません。この点について、元駐ウクライナ大使の馬淵睦夫氏は「それはディープ・ステートの奸計に引っ掛けられ、まんまと嵌まっていたから」と述べています。
 その根本原因は、マスコミや医師会にもあります。彼らの報道や発言は、余りにも煽情的です。冷静に事の本質を論じる番組はYOUTUBEにはありますが、テレビや新聞にはありません。それなのに、まともな議論を展開するYoutubeの方が、逆に放送をバン(停止)され、有料会員しか見られない状態になるなど、異常な状態に追い込まれているのです。
 米大統領戦時にも見られましたが、トランプを「寅さん」と表現し、バイデンを「梅さん」と表現しなければバンされるなど、言論の自由を保障された日本社会の出来事とは思われない、異常な状態が日本でも生じつつあるのです。
 要するに、コロナ騒動に対する対応も、すべて大手マスコミの垂れ流す「怖い、危険だ、三蜜回避だ」などといった情報に振り回され、日本の対応は本当にこれでよいのか、といった冷静な議論が、全くと言ってよいほど見られなかったのです。そしてその結果が、3次にわたる緊急事態宣言です。
 私は、この一連のコロナ騒動をめぐるA級戦犯は、間違いなくテレビ各社と医療関係の解説者、そしてこれに付和雷同した小池都知事をはじめとする各県知事と断定することができます。なぜなら彼らには国民を誘導する発信力と力(権限)があるからです。これが日本の国力を弱める原因となっているのです。

▶▶▶社会科学で読み解く!“コロナ疲れ”の正体
▶▶▶「緊急事態宣言」何が足りない?何が間違ってる?緊急事態宣言のダメダメさを検証
▶▶▶3度目の緊急事態宣言!行政は無策なのか?コロナはゼロにはできません

地球温暖化への対応のまずさ

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 地球温暖化を防止するため、アメリカバイデン政権は気候変動問題に関する首脳会議を開きました。その席で菅義偉首相は、2030年度までに温室効果ガスを13年度比で46%削減すると、新たな目標を表明しました。これまでの「26%削減目標」から、一気に20%も積み増ししたのです。言うことは簡単ですが、実行は並大抵のことではありません。エベレストに登る、と宣言するのは簡単ですが、実行は血のにじむような苦労をしても、大部分、実現不可能です。
 日本が排出するCO2は、世界全体の3.4%にすぎません。一方で、中国は、CO2排出量28.2%、アメリカが14.5%、インドが6.6%です。この3か国だけで、50%の排出量をもっているのです。
 僅か3.4%排出する日本が、いくら頑張っても地球温暖化阻止に貢献するとは到底思えません。しかも日本は、既に省エネ技術を活用し、エネルギー資源を高度に活用しています。その技術レベルは、世界最高水準と言ってもよいでしょう。石油ショックの経験から、省エネ技術を徹底的に追求したからです。そのレベルから、更に46%も削減するというのは、あまりにも無謀な挑戦、現場を無視した発言と言うべきです。100m競争のウサイン・ボルト選手が、自身の持つ9秒58を9秒50にするのは、大変なことです。しかし、普通の中学生が同じ100mで15秒で走るのを14秒に短縮するのはそれほど難しいことではありません。それと同じです。
 日本自動車工業会の豊田章男会長も、自動車産業が輸出できなくなると、国内で関連産業を含めた影響額は26兆円に及び、550万人の雇用が失われる、と強い危機感を表明しました。当然です。自動車産業は、日本の誇る技術集約産業であり、多く下請け企業を抱えています。軽々に数字をもてあそぶ菅首相は、本当に日本の将来を案じているのでしょうか。
 そもそも地球温暖化というテーマそのものが、「科学的テーマ」から金銭の絡む極めていかがわしい、胡散臭い「政治的テーマ」です。いや、胡散臭いテーマに変わってしまったのです。
 地球温暖化を論じるなら、①地球は本当に温暖化しているのか。②仮に、温暖化しているとして、その原因は本当にCO2なのか、③温暖化は本当に地球全体にとって悪なのか、また、海洋国日本にとって悪なのか。④温暖化すると、本当に海面は上昇するのか、といった問題について、きちんと科学的に精査し結論を出すべきです。なぜなら、これらはすべて専門の科学者によって検証すべき「地球科学」の問題だからです。

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 ところが、いつの間にか、バイデン大統領や菅義偉総理が意見を述べる、政治テーマに変わってしまったのです。あろうことか、16歳の少女が国連総会で演説し、国際社会、大人社会を口を極めてなじる、なんてパフォーマンスもありました。典型的な政治ショーです。政治のテーマになれば、勝つか負けるか、金を出すか出さないか、誰が負担するのか、といった生々しい政治駆け引きの問題になってしまいます。
 政治テーマになってしまった以上、「地球温暖化」は事実であり、異論を許さない。よって、その後の論理展開は、いかにしてCO2を減らすか、という一点に絞られます。CO2を減らすため、各国は目標を定め努力せよ。実現できないときは、外国から費用を負担して排出権を購入せよ。CO2を排出するガソリン車はすべて廃止し、電気自動車に転換せよ、という論理展開になってしまいます。
 これら政治的テーマになったことで一番得をし、一番損をするのはどこか。一番得をするのは中国であり、一番損をするのは日本です。なぜなら前述したように、日本はすでにエネルギーの高度利用が進んでおり、排出権取引において、目標を達成するためには、中国などから排出権を買ってこなければなりません。その額は、毎年、兆円単位のお金が必要と試算されています。
 電気自動車化の推進についても、一方的に得をするのは中国です。中国は、ガソリン車の分野では、どう逆立ちしても、日本やアメリカ、ドイツの内燃機関には太刀打ちできない。ならば、ガソリン車は悪者と決めつけ、すべて電気自動車に変えてしまえ、というわけです。電気自動車なら、主として「充電器の性能」だけの競争になりますから、後発の中国でも十分に競争できる。要するに、「競争の土俵を変える」、「ルールを変える」ことが中国の狙いなのです。そのような中国の狙いにまんまと乗せられているのが、先進各国であり、日本なのです。
 電気自動車になれば、環境にやさしいというのも、完全なデマゴーグです。電気自動車は、その生産、原料の採掘段階でも石油燃料が使用され、CO2が排出されます。製造の工程でも鋳造、鍛造など、多くの下請け中小企業の関与が必要です。
 電気自動車になった場合、増大する電力使用量を補うため、増々多くの太陽光パネルや風力発電の設置が必要とされ、そのために資源が採掘され、発電装置の製造でさらなるCO2が排出されます。もちろん、環境も破壊されていきます。なぜなら日本のように平地の少ない国では、太陽光パネルなどを設置する場所は大幅に制限されるからです。
 日本政府は、なぜこういう大局観がもてず、外国向けにいい恰好ばかりしようとするのでしょうか。このような政策は、明らかに日本を衰退へと導く悪政だということに気付くべきです。レジ袋を有料化し、ストローやスプーンを有料化することが格好いい環境政策だと信じる、寝とぼけた環境大臣では、期待する方が無理と言うべきなのでしょうか。

▶▶▶温暖化対策という大嘘と巨額利権、、、二酸化炭素は悪魔のガスなのか?!
▶▶▶武田邦彦の新シリーズ開幕!「地球温暖化」を徹底解説!(前編)

財政健全化への対応のまずさ

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 4月16日付け読売新聞で、「政府は国と地方の基礎的財政収支(以下「PB」)を2025年度に黒字化する目標を維持したい考え」との報道がなされました。私は、この記事を見たときに、「あ~、またか~」という深い失望を禁じえませんでした。財務省は、まだまだPB論を捨てていないのだ、と感じたからです。
 PBというのは、一般会計において、歳入総額から国債等の発行(借金)による収入を差し引いた金額と、歳出総額から国債費等を差し引いた金額のバランスを見たものです。つまり、このPBがプラスということは、国債の発行に頼らずに、その年の国民の税負担などで国民生活に必要な支出がまかなえている状態、ということです。それはどういうことか。常識的に考えればすぐに分かります。「税収の範囲内で支出をする」ということは、世の中に出回るお金が全く増えない、ということです。世の中に出回るお金が全く増えないということは、給料は毎年一切増えない、小遣いも増えない、銀行も金利を取ってはいけない、ということと同じです。税収の範囲内でしか支出をしないんですから当然のことです。ゼロサムゲームという言葉で表現されるとおり、「誰かの収入増は誰かの同額の収入減」になる、ということです。
 こんなバカな政策を30年近くも継続した結果、日本の経済は長期にわたって低迷し、世界経済に占める国民一人あたりGDPは、1989年は15.3%あったものが、2018年には5.9%に急速ダウンを余儀なくされました。
 こんなバカな発想を財務省が持ち続ける原因は何か。それは、財務省が金科玉条に守り続ける財政法に、その根本原因があります。財政法第4条とは、次のようなものです。

財政法第4条【歳出削減の制限】

 国の歳出は、公債又は借入金以外の歳入を以って、その財源としなければならない。但し、公共事業費、出資金及び貸付金の財源については、国会の議決を経た金額の範囲内で、公債を発行し又は借入金をなすことができる。

 国民からの税収ですべての支出を賄う、という発想は、この財政法の規定から出てくるものです。収入の範囲で支出を賄えという考えは、一見すると正論のように見えます。家計においては全く正当だからです。収入以上に支出を増やせば、毎月赤字が蓄積し、家計はもたないからです。
 しかし、この考え方は、企業でさえ適用不能です。企業は、新規企業の拡大など、必要な資金を借り入れという形で調達しなければ、成長発展はあり得ません。つまり、企業は、常に、借入超過の状態が続く。これが常態なのです。
 更に、家計と国の財政は、根本的に異なります。何が異なるのか。それは、次の3つの点で全く異なっています。
①国は、必要に応じてお金を印刷し、又は国債を発行する権限があります
②国が必要とするお金を税金という形で国民から強制的に徴収することができます
③国は国民を豊かにするという政治的社会的義務があります
 1の、お金を発行する権限とは、紙幣や硬貨の発行権限です。家計がお札を印刷したら重罪です。国は、いつでも必要とされるだけのお金を印刷し、または国債という形で必要な資金を調達することができます。
 2の、税の徴収権も絶大な権限です。社会保障や公共事業、教育、基礎研究、防衛など、必要となる費用を国民から徴収する権限も絶大なものといってよいでしょう。私が近所にお金が足りないから金をくれといったら、警察が来るか精神病院送りかのどちらかでしょう。
 3は、言うまでもなく経済です。国は、国民を富ませ、生活を豊かにする義務を負っています。デフレ状態を30年近くも続けている国など、本来、国民から「NO!」を突き付けられて当然なのです。縛り首にも相当する重罪といってもよいでしょう。国民を豊かにするという義務を全く果たしていないからです。
 財務省とマスコミ、御用経済学者などが、家計論を前提に世論洗脳工作を続けてきたため、多くの国民もそのことに疑問を持っていないようです。このように、家計と国の財政は、月とスッポンほども違うということは、説明を要しないほどに自明のことなのです。
 政府が発行する国債をいう借金は、そのまま国民の懐に入るお金、という意味ですから、この国債発行額は毎年増加しなければ、国民は年々お金が少なくなり、貧乏になります。
 この当たり前すぎる理屈を、財務省は本当は十分に理解しています。なぜなら財務省が対外的な説明文書で、「自国通貨建ての国が破綻することなどあり得ない」と文書で回答しているからです。
 ですから、「国の借金は1,000兆円を超えた。国民一人あたり800万円超の借金を抱えている計算になる」という説明文は、勉強不足のマスコミと国民を騙す手口、便法にすぎないのです。

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 でも、最近では、MMT理論の登場や、今次の新型コロナの蔓延により、超大型の補正予算を組まざるを得なくなったことにより、この嘘も通用しなくなりつつあります。「大型の国債発行は、世に出回るお金の量が増え、金利の急上昇とハイパーインフレを引き起こす」なんて主張が全くのデタラメであったことも、露呈してしまいました。
 しかしながら、相も変わらず、財務省は、財政健全化という美名のまやかしにより、PBを維持しようと画策しているのです。隙あらば「炭素税」を新設しようと、秘策を練っているはずです。
 私たち国民は、財政法という法律が「日本弱体化のために」作られた陰険極まりない悪意の法律である、ことを知るべきです。なぜなら、財政法が施行されたのは昭和22年です。つまりこのときは、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の支配下にあったからです。当時は占領下ですから、占領軍に立てつくことなどできませんでした。反論すれば、「ならば昭和天皇を絞首刑にするがそれでよいか」と言われる、厳しい状況下にあったのです。戦勝国側からの「天皇を絞首刑にせよ」という要求をマッカーサーが抑えていた時期でもあるのです。
 ですから、本来なら、占領軍撤退後に、同法は早急に法改正すべきでした。が、結果的に現在に至るもこの条項の改正はなされていません。占領軍は撤退したものの、日本を監視するための米軍基地は、日本各地に存在していたし、財務省も、この法律を護ることが省益になると考えたのでしょう。
 いかに財務省という役所が、国益を考えず、省益のみを考える存在であるかが分かろうというものです。「馬鹿につける薬はない」とは、財務省にこそ適用すべき言葉です。このままでは、日本は財務省とともに、奈落の底まで沈んでいくことになるでしょう。日本の衰退を先導しているのは、正に財務省そのものなのです。

▶▶▶日本を亡国に追い込む財務省「騙しのテクニック」(三橋貴明)
▶▶▶実は終わっている!日本の財政再建(上念司)
▶▶▶財政破綻論の大嘘 (田原総一朗×藤井聡×三橋貴明)
▶▶▶財政再建論について、麻生財務大臣と黒田日銀総裁に質問します!(西田昌司)

結論

 このように、新型コロナへの対応、地球温暖化への対応、財政健全化への対応など、これらに対する政府の対応を見ていると、本当にこの国の為政者の舵取りは、間違っていると断じざるを得ません。
 為政者に大局観がなく、官僚に無責任と事なかれ主義が蔓延しているのです。一連のコロナ騒動を見ていると、都知事を筆頭に各県知事は余りにも定見がなさすぎます。大局を見据えた断固たる対策をとれる知事が一人もいないのです。
 これでは日本は衰退の一途を辿らざるを得ません。繰り返しますが、これら3項目はすべて、日本の舵取り一つで大きく転換することが可能であり、日本を上昇軌道に乗せることが可能だということです。私たちも、政治の舵取りを間違えぬよう、声を大にして訴えていく必要があります。
 今回は、暗い話をしてしまいました。次回は、少し明るい前向きな話をしたいと思います。(R3・4・25記)

▶▶▶<参考動画>3度目の緊急事態宣言!行政は無策なのか?コロナはゼロにはできません(出演:宮沢孝幸/須田慎一郎)

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