時事寸評 書評コーナー

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終活事業

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人生の最期の迎え方

 私たちは、小さい頃も、そして今もよく聞きます。死ぬときは自分の家の畳の上で死にたい・・・と。しかし、実際に自分の家の畳の上で亡くなっている人はどれ位いるのでしょうか。因みに、次の表をご覧ください。

死亡時の場所

自宅での死亡病院など施設での死亡
1953(昭和28年)87%13%
2003(平成15年)16%84%

 このように、50年前までは、自宅でなくなる人の方が圧倒的多数でした。でも、2003年時点では、完全に逆転しています。現時点(平成25年)では、恐らく病院などの施設で亡くなっている方の割合は、もっと高くなっているのではないでしょうか。

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 本当は、自分の家の畳の上で死にたいと思っているのに、病院などの施設で亡くなることを余儀なくされるのはなぜでしょうか。一つの理由は、核家族化及び高齢化の進展によって、親と同居していないお年寄りが増えたということでしょう。元々別居していたので、体の自由がきかなくなってから、急に同居と言われても子供やお嫁さんの立場も困るでしょう。親が同居よりも介護施設への入居を望むという事情もあるでしょう。また、国の介護制度がかなり整備されてきたという事情もあります。
 更に言えば、死にかけているのに、「病院に連れて行かない」という状況を家族が受容できない、という事情もあるのではないでしょうか。自然な死を受け入れられない。死を看取るのが恐ろしい。他の親族から「病院にも連れて行かなかったのか」と非難されるのが嫌だ、といった複雑な思いもあることでしょう。

参考までに人口がどのように変化してきたのかを⇒こちらの人口動態図でご覧ください

 このようにして高齢者の終末医療は、結局、スパゲッティ症候群と言われるように、栄養を注入するためのチューブや尿道カテーテル、点滴など、延命治療をするために、体中をチューブだらけにして亡くなっていくということになるのです。
 そして、このような姿を見た少なからざる人々が、「自分は絶対にああはなりたくない」と思うのです。思いながら、実際には、病院行きになるのです。このような矛盾が、今、日本中を覆っているのです。

ではどうすればいいのか

 では、私たちはどうすればいいのでしょうか。この問題に簡単な解決の方法などあるはずはありません。
 僅かにできることと言えば、このような問題で悩んでいる人たちと向き合い、相談相手となることです。この相談の中から、さまざまな悩みや問題点、そして解決策も浮かび上がってくるはずです。

 多くの人は、次のようなことで悩まれているのではないでしょうか。

  1. 老後資金にはいったいどのくらい必要なのだろうか
  2. 介護が必要になったらどうすればよいのか
  3. 保険や年金は見直す必要があるのだろうか
  4. 財産管理はどうすればよいのだろうか
  5. 成年後見制度はどのように活用すればよいのだろうか
  6. 尊厳死のための宣言書はどう書けばよいのだろうか
  7. 遺言書はどう書けばよいのだろうか
  8. ラストメッセージとしての「エンディングノート」はどう書けばよいのだろうか
  9. 葬儀やお墓のために、まだ生きている自分はどうすればよいのだろうか

 これらの悩みや相談事は、各人千差万別です。親や兄弟、子供、その他の親族など、自分を取り巻く人達と、複雑に絡み合っているはずです。ですから、「これですべて解決」というような大向こうを唸らせるようなすばらしい解決策があるわけではありません。

 そこで、法律の専門家である行政書士が相談相手ならば、複雑な問題の所在と解決の方向がおのずと出てくるはずです。一緒に考えて問題の解決を図っていこうではありませんか.

相談する場所が必要

 そのような思案を巡らせるようになったときに、気軽に相談に行ける場所、さまざまな法律相談にも乗ってもらえる場所、そういう気軽な相談所として私の事務所を活用して頂ければと思います。
 このような相談にお見えになる方については、相談料がいくらだなどという野暮なことは言いませんから、是非お気軽に相談にお見えになって下さい。
 でも、実際に遺言書を作ったり、遺産分割協議書を作ったりという段階になれば、それは私の本業ですから、報酬はしっかり(^ー^* )頂戴させてくださいね。

終活事業の具体的な内容

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例えば、遺言書を作っておきたい

 自分が先に死んだ場合、妻を路頭に迷わないようにしておいてあげたい。これは普通の夫なら誰しも思うことです。「自分の子供たちは財産のことでは絶対に争いごとなど起こさない」という親の思いは、大きな間違いです。これは保証します。
 
 父親が亡くなれば、配偶者と子が相続人として残されます。今の高齢者は長生きです。遺産を相続するこの世代は、平均で67歳と言われています。67歳ということは、相続をする子供自体が既に年金暮らしに入っているということです。
 年金だけで生活することはかなり大変ですから、普通は、退職金などを少しずつ取り崩して生活している人が多いはずです。ましてやこれからは、消費税のアップなどを控え、増税ラッシュが見込まれています。

 ですから、遺産があるならば、当然欲しいということになります。今の60歳代の世代は、太平洋戦争中、或いはその後に生まれたいわゆる団塊の世代ですですから、兄弟の数も多く、食べ物、着るもの、大学入試や就職試験など、絶えず競争の中にあり、苦労して育ってきた年代ですから、「よきにはからえ」というような鷹揚な生き方はしてきていません。
 頭のてっぺんから爪先まで、戦後の民主主義教育を受けて育ってきた世代でもありますから、権利意識もしっかり持っています。当然、相続となれば、民法の定め通りではないにしても、ゼロでいいということにはなりません。

 そうすると、夫がなくなって奥さんが一人残された場合、法定相続分は2分の1ということになりますから、今までどおり、自分の家にそのまま一人で住むことも叶わなくなるかもしれません。このような現実を踏まえたときに、奥さんを路頭に迷わせないように、遺言書をきちんと作成しておくということは、夫としての最後の重要な仕事だと言えるでしょう。

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例えば、成年後見制度を活用したい

 配偶者に先立たれ、一人暮らしを余儀なくされている高齢者は少なくありません。これら高齢者の特質から、目が悪くなった、耳が遠くなった、足腰が弱くなったなどの事情から、自分の財産を適切に管理することが難しくなった、という人も少なくありません。

 これらの高齢者は、子がいても、存命中は自分の全財産を子に渡すことには躊躇することが多いものです。子供に全財産を渡してしまうと、自分の面倒を見てくれなくなるかもしれない、という不安感から、なるべく死ぬまでお金を持っていたいという欲望があるようです。しかし、多額の財産をいつまでも自分一人で抱え込んでいると、オレオレ詐欺のような巧妙な詐欺集団の餌食になってしまうことも少なくありません。これら悪質な詐欺グループは、独居老人に関する情報を共有し、文字通り骨の髄までしゃぶりとり、とるべき財産がなくなれば、鼻もひっかけません。
 このような独居高齢者を保護するために、成年後見制度というものが1999年にスタートしました。このような制度を活用することにより、高齢者の伴走者として貢献していくことも検討中です。(→成年後見制度)

例えば、尊厳死を活用したい

 人は、必ず死にます。与えられた生を全うし、命の灯火が消えるとき、安らかな死を迎えたいものです。テレビドラマではありませんが、枕辺に近親者が寄り添い、厳かな中で永遠の別れをしたいものです
 しかし、現実は、マカロニスパゲッティのように、全身チューブだらけにされ、へたをすれば手足をベッドに縛り付けられ、いつまでも死なせてもらえない、というような状態が続きかねません 人間には、生き続ける権利とともに死ぬ権利、もっと言えば医療によって弄ばれて死ぬのではなく、静かに穏やかに死ぬ権利もある筈です。そして、そのような厳かな死に方を敢えて選択するためには、生前にきちんと意思表示をしておくことが必要だと思います。これが尊厳死と言われるものです。

 私ごとですが、私は先日配布された「健康保険証」の裏側に「脳死状態になった時に臓器提供を承諾しますか、臓器提供するときは、どの部位の臓器を提供しますか」という趣旨の質問が書いてあったので、すべてに○をつけました。多少酒の匂いはするでしょうが、腎臓であれ、肝臓であれ、目であれ、生きている人にとって必要ならば、何でも自由に取っていただきたいと思っています。ただし、生きている間に、マカロニスパゲッティはされるのだけはまっぴら御免です。

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 もっとも、このような考え方は、一定の宗教を信じる人や死生観を異にする人には受け入れられないことでしょう。それはそれでいいのです。死生観は、百人百様、すべて違うからです。
 しかし、自分の考え方だけはきちんとしておいてあげた方が、残された遺族にとっては、「迷わないでも済む!」だけでも大いに助かるはずです。

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