時事寸評 書評コーナー

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ガンで死にたい

私はガンで死にたい

医学界への不信

 私は、今の医療制度について、大きな疑問を持っています。特に、医療行政や医学界には大きな不信感を持っています。国や医学界は、本当に国民の健康というものを最優先に考えているのだろうか、という疑問を拭い去ることができないのです。その結果、今では、「自分が死ぬときは、ガンが一番よい」との確信を持つに至りました。
 その確信を与えてくれた直接の動機は、近藤誠先生の「患者よがんと闘うな」でした。それを補強してくれたのが、社会福祉法人老人ホーム「同和園」附属診療所所長、中村仁一さんの「大往生したけりゃ医療とかかわるな」(幻冬舎新書)という著書です。著者は、老人ホームである同和園の医師という立場で12年を過ごし、「最後まで点滴注射も、酸素吸入も一切しない「自然死」を数百例も見てきた」実績の持ち主です。その彼が、『ガンでさえも、何の手出しもしなければ全く痛まず、穏やかに死んでいきます。以前から「死ぬのはガンに限る」と思っていましたが、年寄りのガンの自然死、60~70例を経験した今は、確信に変わりました』と述べています。
 ほとんどの医者は、多くの患者の死を看取ってきているはずです。しかし、それらの医者から「ガン死は穏やかなものである」という発言をする人はいませんでした。なぜならば、彼らは、自然死の患者は見ていないからです。彼らの見てきた患者は、すべて手術や抗がん剤、放射線治療を受けた患者ばかりなのですから、ガンによる自然死の状況を知る由もないのだと思います。病院に治療を拒否する患者は1人もいないのです。ですから、そのような経験のないお医者さんを一方的に非難するつもりはありません。
 著者は、死について「死というのは自然の営みですから、そんなに過酷ではないのです。痛みや苦しみもなく、不安や恐怖や寂しさもなく、まどろみのうちに、この世からあの世へ移行することだ」とも述べています。
 確かに、自分の子供の頃を考えると、亡くなっていく人は、ごく自然にというのも変ですが、それほどもがき苦しむという情景に出会ったことはありませんでした。

ガン死は壮絶な死か

 今から20年以上も前だったと思います。月刊誌の文芸春秋を愛読していました。その中の記事で、ガン患者が死に至るまでの壮絶な戦いを、奥様の手記という形で読んだことがあります。その手記では、がんと診断されてからの日々の体の変化やガン治療の経過が、克明に綴られていました。死に至るまでの約1年の間に起こる患者の激痛、悶絶するありさまが、これでもかという位に克明に記述されていました。文字通り、壁をかきむしる、身の回りのものすべてを手当たり次第壊してしまう。激しいおう吐、吐血と下血を繰り返し、最後は廃人になって死んでいく、といった壮絶な体験記でした。その時の印象が強烈で、私の脳裏に鋭くビルトインされています。その頃からガン死とは苦しいもの、壮絶なもの、という固定観念が植え付けられてしまったのです。
 書店に行けば、ガンで亡くなった人々が臨終ぎりぎりまで書き残した手記や家族が書き綴った手記などを読むことができます。立ち読みでチラチラ読むことがありますが、いずれも穏やかな死というよりは、壮絶な死という方が相応しく、涙なしには読めないような記事で溢れています。テレビで活躍していた有名タレントやニュースキャスターなどのガン死も例外でなく、多くの場合、大きな苦しみと苦悶の末に命を落とされているようです。

壮絶な死を遂げた人の共通項、それはすべてガン治療者

 でも、ここで共通していることは何でしょうか。それは、みなさん「ガン治療をしていた」ということです。ガン治療とは、言うまでもなく、「手術」と「抗がん剤投与」と「放射線治療」です。これが代表的な三大療法です。「ガン治療のために可能な方法はすべてやった」と殆どの家族は言います。三大療法はもちろんのこと、丸山ワクチンや温熱療法、免疫療法、さらには、気功や猿の腰掛に至るまで、すべて試してみたということでしょう。藁にもすがりたい気持ちとは、こういうことを言うのでしょう。
 皆さんがこれほど大変な思いをしているのだとすれば、国民がガン死に対して恐怖心を抱くのはもっともだと思います。

 そういう中で出版されたのが、「大往生したけりゃ医療とかかわるな」です。これを読まれれば、きっと多くの方が納得されると思います。「そうか、ガンになってもガン治療さえしなければ、穏やかに死ねるのか・・・」。この結論は衝撃的です。おそらく全国のお医者さんからは非難ごうごうでしょう。だって、自然死されたのでは、ガン患者が病院に来なくなってしまうからです。多くの自然死と向き合って、実績・経験を積み重ねてきた老練なお医者さんがこのような発言をされるんですから、医学界にとって衝撃のはずです。きっと「営業妨害だ!」、「張り付け死刑だ!」と苦虫をかみつぶしていることでしょう。

真実はどちらにあるのか

 私は、今年(平成26年)9月で71歳になりました。それなりに人生経験を積んできました。その経験から、自分の所属する業界に反旗を翻した人の言っていることは、ほぼ間違いなく真実であると思うようになっています。これが「経験則」というものです。
 約20年以上も前、「患者よガンと闘うな」という本を出版された慶應大学の近藤誠さんも、その実例の一つです。近藤さんは、ガン治療は本当に有効なのかということに疑問をもち、数量的なデータに基づき、有効性を否定したのです。そもそもガン治療が有効であるか否かを検証するためには、ガン患者という母集団を治療を施すグループと一切治療を施さないグループに分け、その両方の経過を観察して評価するのでなければ正当な評価はできない、という至極まっとうなことを主張されたのです。

 ところが、20年以上前の頃を思い返してください。その当時、わが日本では、ガン患者に対して「がん宣告」は一切していなかったのです。がん宣告は、本人に悟られないように、肉親だけ別室にそっと呼び、こっそりと教えていた時代です。そこからは、治療するグループと治療しないグループに分けて観察するなどという発想は、どこからもでてきません。自分はガンではないかとうすうす感じていた患者も沢山いた筈ですが、胃潰瘍とか別の病名でごまかされた人間に、ガン治療をするかしないかを選択する余地など全くなかったのです。

がん宣告しないのに早期発見早期治療が最善と結論づける不思議

 母集団をグループ分けすることすらできないのに、どうしてガン治療が有効だと断言できたのでしょうか。どうして「早期発見、早期治療が一番有効だ」と断定できたのでしょうか。これは小学生にでもわかる論理です。医学界では、がん病巣が、抗がん剤によって縮小すれば、「薬効あり」として、有効性が認められるそうです。しかし、目的はガンの治癒、根治ですから、「一時的な薬効」ではまったく意味がありません。それどころか、抗がん剤の使用によって、がん組織に耐性ができ、結果的に延命効果はないという実例に基づく報告もなされています。
 近藤誠さんは、このような論理の不合理性を、米国のデータで補ってきちんと説明をされたのです。米国では、その当時から、ガン患者にはっきりがん宣告をする国だったからです。訴訟社会と言われる国では、はっきり病名を告げなければ、後でとんでもない額の損害賠償請求を受ける可能性があったからです。もらえるはずのガン保険金をもらい損ねたりしたら、訴訟社会においては大変なことになります。
 そのようなアメリカのデータを駆使して分析した結果、ガン治療はごく一部の放射線治療を除いて有効ではない、という結論を導き出したのです。
 私は、当時、この本を熟読し、近藤先生の説明は極めて真っ当なもので、論理一貫していると評価したのです。以来、それから20年以上、私は、自らの判断により、あらゆる健康診断、人間ドックの検査を拒否してきました。今でも地元の市役所から、がん検診は無料だから、検診を受けよという通知がきます。無視していると、更に追い打ちをかけるように、受診督促の通知が来ます。まるで非国民であるかのような扱いです。更に、無視していますが、つくづく税金の無駄遣いだと思います。市町村役場にも、「ガンは早期発見早期治療が一番」という医学界の宣伝効果が浸透し、すっかり固定観念ができあがってしまっているんでしょうね。
 私は、がん検診による被曝など一切被らなかったせいで、今でもすこぶる健康です。ご飯もおいしく、晩酌も欠かしません。滅多に風邪も引きません。頭が悪いくらいで、膝も腰もどこも悪いところはありません。検査をしないから悪いところが分からない、という方が正解なのかもしれません。お陰で、70歳を目前にして行政書士事務所の開業やNPO法人(NPO法人幸手げんき社)まで立ち上げ、70歳を超えた今もすこぶる元気にバリバリと仕事をこなしています。(陰の声:「バリバリこなすほど客もなし」恥ずかしい(^^*))
(因みに、近藤誠先生も、平成27年現在、過去20年以上、一切健康診断や人間ドッグを受けたことはないそうです。)

反乱者こそ真実を語る

 このように、自分の所属業界に反旗を翻す人間に対しては、いかにその主張が正しくとも、その業界からは無条件に非難、誹謗・中傷がなされます。へたをすれば、業界から追放されるか抹殺されます。業界は共同の利益擁護団体であり、正しいか正しくないかは問題にされないのです。ここでいう業界の中には、当然行政も含まれます。国や自治体にとって、官民(正確には官業)癒着ほど、美味しい蜜の味はないからです。また、官民癒着ほど、強力な組織はありません。それにマスコミまで加わったらもう鬼に金棒です。

 嘗て、環境問題を訴えた宇井純という東大助手がいました。彼の主張そのものは、まともなものでしたが、公害垂れ流しの製造業界や通産省(当時)などから「経済発展を阻害する!」と猛烈な反発を受け、とうとう退職に至るまで助手のままで、助教授にさえなることができませんでした。もっとも、役所も業界も極めて狡猾ですから、決して「経済発展を阻害する」なんて直截な表現は使いません。「カドミウムと発病との間に疫学的な因果関係は証明されていない」とか、もっともらしい表現を使うんですけどね。

 原発問題でも似たようなことが起きています。京都大学の小出浩章助教は、原発を研究し、その実態を知れば知るほど、その危険性に気付き、学者の良心として、その危険性を訴えてきました。しかし、彼の声が、大きくマスコミに取り上げられることはありませんでした。研究室での研究費も極めて乏しいものだったと、自ら語っています。国の政策と電力会社の圧力に対して、一個人ではなす術がなかったのです。そのため、長年、助教というポストから這い上がることができませんでした。偶々原発事故が起き、国や電力会社に批判が集中したことから、マスコミに登場することになりましたが、この重大事故がなかったら、小出助教は決して陽の当たる場に出ることはなかった筈です。当時、私は月刊誌「文芸春秋」を愛読していました。かなり分厚な雑誌でした。その雑誌にはほぼ毎号のように、カラー刷りの広告が載っていました。そう「原発は100%安全です」という広告です。有名人を起用し、現地訪問をしてもらい、原発の安全性に驚き納得してもらう、という趣向です。広告主は、電事連だったのか通産省だったのか、今ではうろ覚えです。その後、100%!安全であったはずの原発は、次々と爆発し、地域の生活を一変させたことはご存じのとおりです。その原因も、「電力会社なのに電力の供給ができなかった」ために注水ができなかった、という悪い冗談のような初歩的なミスのためにです。蛇足ですが、私は原発容認派です。今の日本で自然エネルギーだけに頼ることに限界があると思うからです。また、この分野の人材確保も必要です。大事なのは、人間の作るものに、100%安全なものなどない、よって、そのための対応策、安全策を二重三重に構築しておくべき、という考えなのです。今回の原発事故も、「100%安全」という虚構の下に生じた不幸な事故だったのです。

 官房機密費が記者クラブの記者など、マスコミ関係者に広く配布されていることを暴露した上杉隆氏は、これまで記者クラブへの出入りはおろか、政府の記者発表の場にさえ出席することを厳しく制限されていました。最近でこそ、多少は参加を認められるようになっているようですが、真実を追求することを使命とするマスコミ人が取材対象からこっそりお金をもらっていたなんて、本来は、「言語道断!破廉恥の極み!」と言ってもよい行為です。にもかかわらず、真実を語る者が一方的にひどい仕打ちを受ける。
 悲しいけれどこれがこの世の習い、厳しい現実なのです。上杉隆氏の発言が真っ赤な嘘だというなら、記者クラブに所属していた記者たちは、それこそ集団で法廷に持ち込んででも、真実を明らかにしなければなりません。どなたか上杉氏を訴えましたか。週刊誌で名指しされた人たちは、とんでもない不名誉だと法廷で真偽を争いましたか。
 そういえば、野党時代、官房機密費の使途を明らかにせよと迫り、官房機密費公表法案まで提出した宇宙の方からきた能天気な鳩山何とかという人は、自ら公表できる立場である(アイアム)ソーリになった途端、一切口をつぐんでしまいましたよね。きっと皆さんも覚えているはずです。みんなみんな、その業界の仲間に入ると、業界仲間の利益の方が優先されるようになるんですね。記者クラブに在籍した経験のある記者が、みな税金という原資(官房機密費)からお金をもらっていた。こんなことを総理が暴露してしまったら、もう政権は一週間も持たないですものね。
 だからこそ、逆に、私は、業界に反旗を翻した中村仁一医師の「自然死のすすめ」に、十分共感することができるのです。

他の病気にも不信感

 医学界に対する不信感はこれだけではありません。高血圧やコレステロール、血糖の値などにも不信感を持っています。
 嘗て高血圧かどうかの基準は、長い間、最高血圧180mgでした。要するに最高血圧が180以上なければ、高血圧とは診断されなかったのです。それが2000年に170に引き下げられ、更に、2004年には140に、そして2008年メタボ検診では130にまで引き下げられています。メタボなんて言葉、それまで一度も聞いたことがありません。いきなりカタカナ用語を持ち込んできて、もっともらしい理屈をつけるのは、厚労省や医学会の常套手段です。
 その結果、どういうことが起こったか。患者の激増です。当然の結果です。東海大学医学部の大櫛陽一教授は、患者数が3,060万人になると試算しています。130mg以上は高血圧だというなら、50歳以上の成人の大部分は高血圧症になってしまいます。
 人間は歳をとればとるほど、すべての臓器は老化します。当然、血管も老化しますから弾力を失います。心臓から送り出される血液を全身にくまなく送り出すためには、より強い圧力を必要とするのは理の当然です。つまり、歳をとれば血圧が上昇するのは自然の摂理でもあります。こんなことは、医学の素人でも分かる自明の真理です。血圧の上昇は加齢現象そのものなのです。加齢現象は、どのような理屈をつけようと病気ではありません。これが病気だというならば、禿げも皺も白髪もすべて病気だということになります。高血圧症という言葉がまかり通るならば、これらも白髪症、皺症、禿げ症と呼んでいただきましょう。白髪は全て黒く染め、皺はシワ伸ばし機で牽引し、禿頭は植毛しなければ「病気」は治らない、ということになります。
 このように、血圧の上昇は単なる老化現象ですから、その標準値も、20代、40代、60代、80代というように、年代別に段階的に設定するのが当然です。なのに、老いも若きも同じ数値、同じ物差しで計測すべき、というのはどのような論理に基づくのでしょうか。しかも、この基準値を段階的に引き下げてきたのは、一体どういう了見に基づくのでしょうか。これでは、年寄りのほとんど、いやほぼ全員が高血圧患者にされてしまいます。年寄りに若い人と同じ分量でご飯を食べろ、そうしなければ十分な栄養が摂取できない、と迫るようなもので、その不合理性は明らかでしょう。こんなことを普通のお店でやっていたら、間違いなく、「詐欺商法」として、即刻摘発されるはずです。
 でも、残念ながら、年寄りは医者好きが多いですから、医者から高血圧だと言われれば、せっせと医者に通い、素直に薬の投与を受けます。お医者さんは皆万々歳です。年間35兆円、何と防衛費の7倍という医療費の負担に喘いでいるこの国で、どうしてこのような不合理、詐欺的商法がまかり通っているのでしょうか。狂気の沙汰と言うべきです。

医者が増えれば患者も増えるという不思議

 そもそも医者の使命は、病人を治すことです。ですから医者が増えれば、患者は減る、と考えるのが常識というものです。先ず、医師の数を調べてみましょう。統計は、すべて厚労省のデータです。薬剤師や歯科医師の数を除いた医師の数は、昭和57年で167千人です。これが平成24年には243千人に増加しています。人口10万人当たり、141人が237人に増加しているのです。何と81%も増加しているのです。
 これに対する患者数はどうなっているか。同じ年次の比較ではありませんが、昭和30年に294万人、昭和58年に887万人、平成20年に825万人となっています。昭和58年にピークに達してはいるものの、その後30年間、一向に患者数は減少せず、ほぼ横ばい状態が続いているのです。医師数が81%も増加したならば、患者数は幾何級数的に減少してもおかしくない筈です。十分すぎるほどの手厚い看護ができるからです。でもそうはなっていない。医は忍術と言われる所以です。

まどろみの中で死にたい

 腹立たしいことはたくさんありますが、今私は、せめて死ぬときだけは医者の世話にならずに死なせてもらいたいと思っています。中村医師の言葉を信じて、少しずつ衰え、まどろみのうちにあの世とやらに辿り着きたいと思っています。
 でも、このような考えは誠に身勝手なものだとも思っています。私の母は25年ほど前、70歳で亡くなりました。糖尿病が悪化し、最後は失明に至りました。その入院時、文字通り体中をチューブだからけにして治療をしました。カッと目を見開き、一晩中うわごとを言い、体を震わせていました。
 私達子供や嫁達が交代で夜の付き添いをしましたが、目を離すとすぐに点滴注射を引き抜いてしまいます。目が離せないため、夜は一睡もできず、神経がくたくたになりました。最後には已む無く、手をベッドに縛り付けて、手を使えないようにしました。目が見えなくなっている人間にこんなことまでしてよいのか、本当に自問自答、無力な自分が情けなくなりました。でも、その時はそうするしかないのだと自分に言い聞かせ納得させました。本当は治療なんて何もしなければもっと安らかに死ねたはずなのに、と今は思いますが、これも後の祭りというものでしょう。
 そんな風に、母には地獄の苦しみを味わわせておきながら、自分が死ぬときは、「少しづつ衰え、まどろみのうちに死んでいきたい」なんて、余りにも身勝手すぎると思います。しかし、その当時は、今とは違い、インターネットで手軽に情報を検索し、収集できる時代ではありませんでした。医学知識、特に良心的なお医者さんが語る、リアルな生情報に接する機会が著しく乏しかったのです。
 結果的には、親不孝なことをしてしまいましたが、私は、救急車で病院に運ばれることだけは、断固拒否しようと思っています。妻にも、絶対に救急車を呼ぶなと言っています。病院に運ばれれば、100%!検査漬け、クスリ漬けの末路が待っているからです。下手をすれば、胃瘻(いろう)なんて恐ろしい「治療」が待っているかもしれません。体が求めてもいないのに、強制的に胃に食料を送り込むなんて、想像するだに非人間的な行為なのではないでしょうか。

医学知識に目ざめるべき

 今は、コンピュータの時代です。自分がその気にさえなれば、パソコンやスマートフォンで、良心的でしかも質の高い情報をいくらでも入手することができます。良質な情報かどうかは、その人の真実を見極める能力、眼力に左右されますが、多くの情報に接することによって、その真贋は自ずから判断できるようになるはずです。
 マスコミの垂れ流す情報を受動的に受け入れているだけでは、とても真実に迫ることはできないと思います。
 医学に関することにも、全く同じことが言えます。私たちは、自分の身を守るためにも、基礎的な医学知識に目覚めるべきだと思います。特に、ガン治療や高血圧、コレステロール値、メタボ検診に用いられる数値、それに健康診断や人間ドック、これらのことについては、自分自身で情報を収集し、本当にそのようなことが必要不可欠なことなのか、ということについて慎重に考えるべきだと思います。
 私も、いろいろな書籍やU-TUBUなどを視聴することによって、自分の目を肥やしてきました。皆さんも、是非、自分の体、自分の家族、そしてやせ細った家計を守るためにも、情報収集に努めていただきたいと思います。大事なことは、「医者に捧げる報酬より、家族に捧げる笑顔と健康」です。必要以上にお医者さんを儲けさせる必要などないのです。
 以下に、皆さんに是非読んでいただきたいと思う書籍やU-TUBUをいくつか例示しておきましたので、是非ご一読、ご視聴頂きたいと思います。彼らが金儲けのために発言しているのかどうか、それはあなた自身の「眼力」でしっかりと判断して下さい。
 

■「患者よガンと闘うな」 近藤誠著 当時の出版社は不明。(現在は文春文庫から出版されています) 
■「大往生したけりゃ医療とかかわるな」 中村仁一著 幻冬舎新書。映像は→こちらから
■「メタボの暴走」 船瀬俊介著 花田社
■「抗がん剤で殺される」 船瀬俊介著 花田社
「人がガンになるたった二つの条件」安保徹著→こちら
■『「薬をやめる」と病気は治る』 安保徹著 マキノ出版

▶▶▶次に挙げた中村仁一先生の自然死のすすめ、船瀬俊介氏の講演、それに安保徹教授3氏の講演や対談、これらを視聴されることを強くお薦めします。認識を新たにすること請け合いです。医学界あたりからクレームがついて映像が見られなくなってしまう可能性があるので、今のうちにご覧になっておいた方がよいでしょう。
■■■中村仁一氏の講演(自然死のすすめ)は、▶▶▶こちらから
■■■船瀬俊介氏の講演(抗がん剤で殺される)は、▶▶▶こちらから
■■■安保徹教授の対談(がん治療のウラ)は、▶▶▶こちらから
■■■<参考>欧米にはなぜ寝たきり老人がいないのか
■■■<参考>今こそ考えよう 高齢者の終末期医療


武田邦彦さんの健康談義もお役に立つと思います
自分の真の健康を取り戻す方法
身体を老化させる最大の原因とは?
認知症がイヤなら今すぐこれを辞めろ!
(武田さんの健康談義シリーズは、このほかにもたくさんあります。これらのYoutubeから近辺を探してご視聴ください。)


★お時間のある方は、こちらの健康漫談も結構面白いですよ。講師の石原結実さんは、元自民党幹事長の石原伸晃氏のおじさんに当たる方です。映像はこちらから▶▶▶



<後日記1>

今日、「徹子の部屋」で・・・(余談ですが)

 今日、昼ごはんを食べながら、何となく惰性で、「徹子の部屋」という番組を見ました。妻が見ていたので、「付き合い見」です。ゲストは岸ユキさんでした。17歳年上の夫が79歳でガンで亡くなったという話をしていました。夫は、一切ガンの治療を拒否するタイプの方だったそうです。ですからガンと判明した時は末期でした。
 ガンと判明した後も、一切がん治療はされなかったそうです。でも、特に苦しむということもなく、亡くなる1週間前まで元気に出勤していたそうです。彼は、西野バレエ団の部長をされていたんですね。日頃から農業にも精を出していたそうです。亡くなった日も、自分でトイレに行き、ベッドに戻る途中で倒れたそうです。苦しむということもなく、穏やかな死だったとのことです。別れを惜しむ暇すらなかったというのです。
 ★亡くなる1週間前まで、出勤していた。★農作業もしていた。そして、★死の直前まで自分でトイレに行っていた。★別れを惜しむ暇もなかった。
 これらはすべて、「別れを惜しむ暇もなかった」という点を除けば、私たちが目標としている理想の死に方、すなわち「ぴんぴんころり」の見本なのではないでしょうか。しかも、「一切医者にお金を払わずに!」、です。
 できれば「お世話になりました。僕の人生、楽しかったよ」くらいのことは言い残す時間があるのが理想ですが、それは贅沢というものでしょう。(この後日記1のみ、H27・6・8記)



<後日記2>

延命治療について

読売新聞(H29・2・16)の読者投稿欄に、次のような投書が載っていました。参考までに掲載いたします。

延命治療 今でも迷い

 妻は生前、私と子供たちに「延命治療は絶対にしないでほしい」と手紙を残していました。
 昨年夏、末期がんで話すこともできなくなった妻に、栄養などを送り込む胃ろうの手術をすべきか迷いました。手術をすれば少しは長く生きられますが、苦しむ妻を見ていると意味がないとも思いました。結局、迷った末に、手術を受けました。
 昨年12月、妻は亡くなりました。手術によって、数か月は延命できたと思います。ただ、術後の苦しみようは想像以上でした。苦しそうに息をする妻を見ていて、「これでよかったのか」と何度も思いました。
 亡くなって2か月が過ぎた今も、答えは出ていません。本人の希望通り、手術をやめればよかったのか。迷うばかりです。
        無職 高橋 和清 85(東京都青梅市)
              

(この後日記2のみ、H29・2・17記)

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