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海外在留邦人を救出できるよう法改正を急げ

海外在留邦人を救出できるよう法改正を急げ

米軍がアフガンから撤収

 「アフガンでの戦争は終わった。米国にとって正しく賢明で最善な決定だったと心の底から信じている」。バイデン大統領はこう述べてアフガニスタンから米軍を撤収させました。
 この撤収によって、国外退避を望む米軍協力者らが取り残されました。米軍協力者だけでなく、日本を含め各国政府の協力者なども現地に取り残されました。

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 と、簡単に書きましたが、当時のカブール空港での混乱状況は、信じがたいものでした。多くの市民が離陸しようとする飛行機に必死で掴まり、脱出しようとする光景は、阿鼻叫換の地獄絵さながらでした。実際に、離陸後に空から落下する人間の写真も捉えられていました。それほどまでに現地の状況は、混乱を極めていたのです。
 私はこの光景を見て、46年前のベトナム戦争終結時のサイゴン空港や港での混乱を思い出しました。当時の混乱状況もほぼこれと同じだったと言ってよいでしょう。敗戦時の撤退がいかに難しいかということです。戦国時代から同じように、勝者は勝ち誇り一気呵成に攻め、攻撃の手を緩めません。逆に敗者は戦闘意欲を失っており、逃げまどうばかりになります。撤退時に大混乱が起こるのは必然なのです。

邦人救出も叶わず

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 このような混乱が予想されたことから、日本政府も急遽、自衛隊の輸送機3機をアフガンに派遣しました。日本大使館や国際協力機構(JICA)で働く邦人とアフガン人の協力者500人の国外退去を目指していたのです。しかし、結果的には、邦人1人と協力者十数人を救出しただけでした。
 救出が遅れたのは、不幸な事態が重なったからと言うしかありません。脱出しようとするこれらの人々が空港に逃げ込めたのは日本人の大使館員12人だけだったのです。その大使館員は英国軍機でアラブ首長国連邦に脱出しました。
 JAICAのアフガニスタン人職員らのもとに、日本政府側から出国準備の連絡があったのは、8月25日とされています。翌26日午前7時ごろ、「集合場所に集まるように」との指示があり、職員らが首都カブール中心部の集合場所に向かいます。しかし、同日、バスの出発直後にカブールの国際空港で自爆テロが発生します。このテロにより、米兵13人を含め約180人が死亡したのです。これだけの大きなテロ事件が発生すれば、救出機にたどり着くことが困難なのは自明です。

当初はチャーター機での脱出を計画

 米軍から日本側に、首都カブール陥落の知らせがあったのは8月15日とされています。外務省は当時、日本大使館やJAICAが雇用するアフガン人職員やその家らを、18日に民間チャーター機で近隣国に避難させる計画をたてていたと伝えられています。しかし、この混乱のため、外務省は18日以降、各国に軍用機でアフガン人らを同乗させるよう依頼しますが、空席の確約を得られず、逆に米軍から「自衛隊機での輸送を考えるべきだ」と助言されます。当然の助言です。
 そこで急遽、外務省は20日になって防衛省に自衛隊機派遣を依頼します。そして日曜日の22日、首相公邸で菅首相と外務次官らが協議し、自衛隊輸送機の派遣が決まったのです。日本政府が、「法に則り」このような手順を踏んでいる間に、欧米各国や韓国などは多くのアフガン人協力者の退避に成功しています。

野党やマスコミは厳しく批判

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 このような事態に対して、野党側は厳しく批判しています。立憲民主党の福山哲郎幹事長は、ツイッターで次のようにコメントしています。

「派遣された自衛隊員のご尽力に敬意を表します。しかし、なぜわずか1人なのですか。退避を希望する日本人やアフガン人のスタッフなど500人程度の想定だったのではないですか。ロシアも韓国もEUも数百人規模で退避しています。」また、テレビ朝日コメンテーターの玉川徹氏も「現地にいる日本に協力したアフガニスタンの人たちがほぼ避難できず残される。そういう人たちをなぜ有効に避難させられなかったのか」と怒ってみせました。
 なんという無責任な発言でしょうか。確かに、たった一人しか救出できなかったのは、自衛隊機の派遣が遅れたことが原因の一つです。

 ならば、現行法上、自衛隊機はいつでも迅速に派遣できる法体系になっているのでしょうか。自衛隊法を見てみましょう。

自衛隊法84条の4
(在外邦人等の保護措置)

第八十四条の三 防衛大臣は、外務大臣から外国における緊急事態に際して生命又は身体に危害が加えられるおそれがある邦人の警護、救出その他の当該邦人の生命又は身体の保護のための措置(輸送を含む。以下「保護措置」という。)を行うことの依頼があつた場合において、外務大臣と協議し、次の各号のいずれにも該当すると認めるときは、内閣総理大臣の承認を得て、部隊等に当該保護措置を行わせることができる。
一 当該外国の領域の当該保護措置を行う場所において、当該外国の権限ある当局が現に公共の安全と秩序の維持に当たつており、かつ、戦闘行為(国際的な武力紛争の一環として行われる人を殺傷し又は物を破壊する行為をいう。第九十五条の二第一項において同じ。)が行われることがないと認められること。
二 自衛隊が当該保護措置(武器の使用を含む。)を行うことについて、当該外国(国際連合の総会又は安全保障理事会の決議に従つて当該外国において施政を行う機関がある場合にあつては、当該機関)の同意があること。
三 予想される危険に対応して当該保護措置をできる限り円滑かつ安全に行うための部隊等と第一号に規定する当該外国の権限ある当局との間の連携及び協力が確保されると見込まれること

 このように在外邦人を自衛隊が救出するためには、先ず、外務大臣からの依頼が前提であり、そのうえ、次の3つの要件が整わなければならない、とされているのです。
 ① 現地が安全で戦闘行為がおこなわれていないこと
 ② 当該国又は国連の同意があること
 ③ 当該国との連携及び協力が確保できると見込まれること

 非常時において、このような過大な条件をクリアできなければ、自衛隊輸送機すら派遣できないことを決めたのは誰あろう、正に立憲民主党をはじめとする野党側です。
 つまり、自国民の救出に際して、このような過大な条件をクリアしなければ派遣できないよう、がんじがらめに(!)縛っておいて、「なぜ一人なのですか」というセリフはないでしょう。
 言うなら、「今回の事案を教訓にして、速やかに憲法の改正、並びに自衛隊法の改正に応じたい。ともに協力してともに法改正に取り組もうではないか」、と呼びかけるのが、責任ある野党の責務なのではありませんか。
 もっとも、今の野党の体質からすれば、洟からそんなことは言わない、と分かっています。そのような無責任な体質だからこそ、いくら自民党の支持率が低下しても、野党に支持が回らないのです。野党は、もっと真剣に、国民の生命財産、国の安全保障にきちんと向き合うべきです。

憲法改正こそ絶対に必要

 今回の邦人救出劇もそうですが、憲法上、現在の国家の安全保障体系は、緊急時に対応できるシステムになっていません。それは新型コロナへの対応でも同じです。国にとって緊急事態が生じたときに、如何に対応すべきかという国の基本が全く整備されていないのです。
 本来、軍隊のような組織は、ポジティブ規定と言って「何をやっていいか」を定めるのではなく、ネガティブ規定、つまり「何をやってはいけない」と定めるのでなければ、機動的な行動はできないのです。例えば、中国が尖閣諸島に侵攻し武力衝突が生じたとき、武力攻撃をする。その時、「この行為は自衛隊法に明記されていないよな。ということは違法行為になるのか」なんて考えていて、侵略を阻止できますか。日本の自衛隊は、こんな摩訶不思議な法体系によって、行動することを余儀なくされているのです。国民の生命財産を守るのは、国会議員の最たる任務でしょう。その最低限の義務すら守らず、憲法改正を阻んでいる国会議員は、国民を貶める売国奴と呼ばれても文句は言えないはずです。
 いずれにしろ、現在の自衛隊法は「こういう要件をクリアしなければ動いてはいけない」というポジティブ規定になっているため、自衛隊は、アフガン問題のような事態が生じたとき、機動的に対応することができないのです。そのことを国民もしかと胸に刻んでおくべきでしょう。
 このような事態は、決して絵空ごとではありません。近い将来、中国が台湾や尖閣諸島に侵攻する可能性は低くありません。北京冬季オリンピック後とも噂されています。その時、中国に駐在する日本人は一体どうなるのか。悲惨な目に遭う覚悟が必要です。緊急に脱出する人も少なくないでしょう。その時、野党はまた「なぜたった一人なんですか」なんて暢気なことを言うのでしょうか。
 平和ボケした野党や左翼マスコミの垂れ流す情報に依存していると、そのツケが、必ずや自分自身や子、孫の身に降りかかってくることになるのは必定です。

大使館員は最後に脱出すべき

 今回の脱出劇に関しては、外務省の大使館職員にも苦言を呈しておきたいと思います。
 アフガン駐在の大使館員たちは、8月17日に英国軍機でアラブ首長国連邦に脱出したと報じられています。また、一部報道によれば、岡田隆駐アフガニスタン大使も、真っ先に国外に脱出したと報じられています。これが事実だとすれば、とんでもないことです。最後に脱出すべき船長が、真っ先に逃げたということになるからです。正に、韓国のセウオール号事故と同じ構図になります。早急に事実関係を明らかにすべきです。

岡田隆

 前述したように、米軍から日本側に、首都カブール陥落の知らせがあったのは8月15日とされています。その2日後に大使館員たちは英国軍機で脱出しました。これまた前述のとおり、外務省は当時、日本大使館やJAICAが雇用するアフガン人職員やその家らを、18日に民間チャーター機で近隣国に避難させる計画をたてていたと伝えられています。ということは、大使館員たちは、これらの人たちよりも先に脱出していた、ということになります。
 脱出を希望する邦人が残っていた時点で、真っ先に大使館員が脱出することは職場放棄と言っても過言ではありません。大使館職員の職責は、邦人の保護であり、邦人を残したまま脱出することは許されることではありません。報道では、この時点では、「邦人が退避を希望しなかったから」とも報じられていますが、俄かには信じられません。
 太平洋戦争末期、旧ソ連が日ソ不可侵条約を一方的に破棄し、樺太(現サハリン)、千島列島に侵攻しました。その際、避難せよとの指示を拒否し、樺太で自ら命を絶った女性電話交換手9人の悲劇がありました。ギリギリまで市民に避難を呼びかけ、最後には9人全員が青酸カリをあおり命を絶ちました。「皆さん これが最後です さようなら さようなら」というのが、最後の交信と伝えられています。東日本大震災時においても、津波の押し寄せるのを知りながら、最後まで住民に避難を呼びかけ亡くなった若い女性もいました。
 海外に駐留する大使館職員というのは、本来、そういう崇高な任務を課されているのではないでしょうか。(R3・9・6記)

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