時事寸評 書評コーナー

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あまりにひどい野党やマスコミによる言論封殺

あまりにひどい野党やマスコミによる言論封殺

磯崎補佐官へのバッシング

 磯崎陽輔首相補佐官が、安全保障関連法案に関し「法的安定性は関係がない」と発言したことに対するマスコミや野党側のバッシング、余りに行きすぎていると思います。連日この問題を取り上げているマスコミや野党の過熱ぶりは、すでに言論弾圧、といってよいほどのレベルに達しています。参議院の特別委員会の場に引きずり出し、辞任まで迫っています。辞任すれば今度は首相の任命責任を問うつもりでしょう。

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「やりすぎだよ」、と眺めていたら、今度は、2回生議員である武藤貴也衆議院議員がツイッターで行った発言にも噛みついています。自由と民主主義のための学生緊急行動に参加している学生らが、安全保障関連法案に反対していることに関し、「戦争に行きたくないという主張は、自分中心、極端な利己的考え」と指摘した点についてです。
 国会議員がどのような意見を持つかは、文字通り自由であり、その考えを表明することも自由です。学生たちのデモに対して「戦争に行きたくないという主張は、自己中心、極端な利己的考え」と指摘したことの是非については、当然ながら両論あり得るところです。個人的には、自己中心的とか利己的とは思いません。デモをする人たちの自由な考えですから全くかまいません。問題は、武藤議員が意見を表明したら、それが断罪すべき、ということになるのかどうかです。
 このような自由な発言を封じ込めようとするマスコミや野党の姿勢こそ、本来、問題にされるべきものではないでしょうか。なぜならば、武藤議員が「安保法制に反対するデモは規制すべきだ」と発言したのなら、確かに少し問題かもしれません。国会議員は、立法府の議員ですから、議会の決議によって実際にデモ規制ができる立場にいるからです。しかし、それだって武藤議員一人でできるものではありません。ましてや「あなた方の考えは自分中心、利己的考えですよ」と意見表明したに過ぎず、デモを抑え込もうといたわけでもありません。このような意見表明すら許されないとするなら、その姿勢こそ、中国や北朝鮮と同じ独裁国家の論理ということになります。

首相補佐官は単なるアドバイザー

 そもそも首相補佐官という立場は、内閣法第22条において、「国家として戦略的に推進すべき基本的な施策その他の内閣の重要政策のうち特定のものに係る内閣総理大臣の行う企画及び立案について、内閣総理大臣を補佐する」ものと定められています。
 このような補佐官は、現在、5人任命されています。これらの補佐官は、文字通り内閣総理大臣の行う企画立案について、それぞれ自己の専門とする立場から総理を補佐するものであって、決して自ら決定・実行する立場にはありません。補佐官の意見がどのようなものであれ、最終的には総理が政治的に決断をするのです。従って、総理の決断としての意思表明が問われるのは当然ですが、意見具申を行う補佐官の発言をけしからんと言って袋叩きにするのは、筋違いというものです。そもそも様々な意見を許容するのが、民主主義国家というものです。

偏向報道一色のマスコミ

 今のマスコミ報道は余りに偏り過ぎていると思います。文字通り偏向報道のオンパレードです。「民放だから、特定の政党、特定の主義主張を支持するのは当然」というなら、それもありでしょう。

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ならば、その主義主張や支持政党など、その立場を明確にしてほしいのです。アメリカなどでは、最初から旗色を鮮明にしています。ところが日本のマスコミは、主義主張や立場を明確にせず、それどころか、「不偏不党」、「公正中立な報道」、「社会の木鐸」などと標榜しながら、その実、常に反政府の立場から報道し、自分たちの意向に反する者の意見をバッシングする。そのことが問題なのです。
 具体的に言いましょう。朝日新聞や毎日新聞。そしてその傘下にあるテレビ朝日、TBSテレビ、それにTBSラジオなどは、明らかに不偏不党でもなければ公正中立な報道機関でもありません。
 じっと聞いていれば分かることですが、政治問題に関しては、常に「反政府」であり、「自虐史観」で統一されていることに気づく筈です。これらは、戦後、アメリカによって周到に叩き込まれた基本思想です。日本は軍国主義の悪い国だった、深く反省しなければならない。そういうことにしなければ、必然的にアメリカが悪い国になってしまうからです。

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 非戦闘員である一般市民を大量に殺傷するため、広島・長崎に原爆を投下しました。鉄をも溶かす3,000度を超える熱線によって、多くの一般市民が犠牲になりました。そればかりでなく、日本全国の都市に苛烈な絨毯爆撃を行いました。広島では12万3千人、長崎では7万4千人、東京大空襲だって10万人以上が命を落としました。その殺し方だって、木造家屋の多い日本家屋は火災に弱い。そのことを知りぬいた上で、退路を断つため、最初に四角形に焼夷弾を投下したのです。焼夷弾は、直接人を殺すことを目的にした爆弾ではありません。火災を発生させるための爆弾です。住宅街を火の海にし、退路を断った上で、中心部に更に焼夷弾の雨を降らせたのです。全国の主要都市の住民もほぼ同様の方法で焼き殺されました。このようなアメリカに日本を裁く権利などある筈がないではありませんか。
 しかし、戦争というものは過酷なものです。勝者がすべて善で、敗者がすべて悪になるのです。そのことを占領という絶対的権威で日本人に徹底的に教育したのです。本来なら、このような悪辣非道な殺戮を行ったアメリカこそ、世界から徹底的に糾弾されるべきだったのです。
 私たち日本人は、アメリカがこれらの大罪を覆い隠すために、殊更に「軍国日本」「悪い日本」「反省すべき日本」を演出したものであるということを知るべきです。日教組をはじめとする戦後の日本の教育は、占領軍の徹底した指示の下、これら自虐史観のもとで行われてきたのです。朝日新聞や毎日新聞が真っ赤に染まってしまったのも、その延長線上にあると言っても決して誤りではありません。

例えば報道ステーションです

 古舘伊知郎が司会をする報道ステーション。本当に朝日新聞の意を体した報道を行っています。まず、コメンテーターとして登場する人物は、朝日新聞の社員又はその意向を体した大学教授などです。朝日新聞の社員ですから、判で押したように政府批判を行います。従って、安保関連法案にも反対のコメントをします。作家の百田尚樹氏をバッシングした時もそうでしたが、磯崎補佐官の発言についても猛然と批判を展開しました。文字通り、もぐら叩きのように、出てくる発言を片っ端から批判し、封じ込めようとします。

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 当然のことですが、政治問題には、常に両方の意見があります。社会の木鐸を標榜するなら、双方の立場から意見を言わせ、その評価は視聴者に任せるべきものです。それなのに、この番組のコメンテーターは、常に一方的な意見しか言わないのです。
 関口宏が司会をするサンデーモーニングも全く同じです。コメンテーターが、全員「安保関連法案」に反対の意見を述べるんです。政治問題で、そんなことありえないでしょう。賛成の人間はいくらでもいるのに、決して毎日新聞の意に反する意見は取り上げません。コメンテーターが5人、6人いても、全員が同じ意見を述べるなら、これほどのコメンテーターを集める必要はありません。なぜ半数は法案に賛成する人間を含めないのでしょう。明らかに世論を誘導する意図がある、と考えるのは当然です。こんな番組が、公正中立な報道番組と言えるのでしょうか。笑止千万とはことのことです。
 このような司会者やキャスター、コメンテーターが連日「戦争法案」と決めつけて報道をするわけですから、多くの国民も、「もしかしてこの法案は、戦争をするための法案なのではないか」と思い込むのは当然です。その結果が、「安倍内閣の不支持率が支持率を上回る」結果を生んだのです。野党や赤いマスコミは欣喜雀躍で、笑いが止まらないことでしょう。
 私は、国民の多くは、これがよい法案なのかそうでないのかについて、本当は判断しかねているのではないかと思います。しかし、連日、こうした偏向報道が繰り返され、鳥越俊太郎、瀬戸内寂聴、それに憲法学者など、有名な人たちがそう言うんだから、きっと良くない法案なんだろう、という感覚で「不支持」に傾いていったものと推測しています。マスコミや野党による、情報操作の赫々たる戦果です。

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 嘗てマスコミは、強烈な情報操作によって、美濃部亮吉や青島幸夫という都知事を誕生させました。「一人でも反対する者がいれば絶対にゴミ焼却場は作らない」、と格好よく宣言した美濃部候補。きれいな選挙を謳い文句にした青島候補。一切選挙運動はしない=きれいな政治家だ、という情報操作によって、青島候補は選挙期間中、海外に高跳びし、観光に現をぬかしていました。当時の朝日新聞などは、これを褒めちぎりました。まだ頭が未成熟だった当時の私は、朝日新聞を愛読していましたから、そのことは間違いありません。
 2人ともマスコミの絶大な支援を受け、見事当選を果たしました。しかし、両知事による都政の結果、都民は、大きな代償を払わされました。毎日出るゴミを処理する場所がなければ、都内はゴミで埋まってしまいます。自分のところに焼却場は作るなという反対の声は大きく、賛成する者の声が小さいのは世の常です。青島知事も世界都市博を中止しただけで、政治家としての定見は何もありませんでした。それでも大マスコミの支援があれば、当選できるのです。マスコミの力というのはかくも絶大であり、情報操作も可能なのです。

憲法解釈の変更は悪なのか

 そもそも現行憲法では、集団的自衛権なんていうものは想定していません。占領国アメリカが原案を策定して、日本に押し付けた憲法ですから、この憎悪すべき日本が二度と立ち上がれないよう、戦う能力をすべて削ぎ落すことにのみ意義があったからです。
 本来なら、逐次、憲法を改正して、世界の現況に対応できるようにするのが本筋ですが、原案を押しつけたアメリカは事実上改憲ができないように、衆議院と参議院の両院で3分の2以上の賛成がなければ「発議」すらできないように定めてしまったのです。

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 しかしながら、現実の国際情勢は、そんな日本の国内事情にかかわりなく、常に大きく変動しています。戦後の中国は、国力も弱く、膨張主義も前面に出ていませんでした。国防予算も突出して大きくなるということもありませんでした。しかし、2000年頃から、経済力の伸長とともに、毎年、軍事費を10%以上も増大させ、近隣諸国に大きな脅威を与えるようになりました。フィリッピンが領有権を主張する南シナ海のスプラトリー岩礁を一方的に埋め立て、そのうえ軍事施設まで構築しました。東シナ海においても、尖閣列島へのあからさまな侵害行為を繰り返しています。日中共同によるガス田開発の合意を無視して一方的に掘削施設を建設し、その後、急速にその施設を増やしつつあります。防空識別圏も一方的に設定しました。これまでの国際ルールや信義を無視した一方的で強引な活動は、既に座視できるレベルのものではありません。
 北朝鮮も、日本の憲法制定時には、核兵器など保有していませんでした。しかし、今は、核兵器を保有し、日本海に向けてミサイル発射実験を繰り返すなど、挑発的で危険な瀬戸際外交を展開しています。
 こういった国際情勢に対処するためは、憲法を改正し、対処するのが本来の筋道です。しかし、米国に押し付けられた憲法は、文字通りの硬性憲法で、改正などほぼ不可能です。そこで現実的対応としてこれまで行われてきたのが、「憲法の解釈」によって、この不都合を乗り越えてきたのです。これが解釈改憲と言われるものです。
 現実の国際情勢に対応するための解釈改憲ですから、現実が変われば解釈も変えていくというのが当たり前のことです。もちろん、憲法の解釈ですから、内閣が変わるたびにくるくる変えるというのは、法的安定性を損なうことになります。
 しかし、現実の国際情勢が変わってきたなら、それに応じて、解釈を変えていくというのは、至極当然のことで、金科玉条のごとく死守しようとする方がおかしい、というのは小学生でも理解できる論理です。

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 それが、磯崎補佐官の言う「法的安定性は関係ない」発言の本質です。彼は、「法的安定性も大事だが、それよりも国を守ることのほうがより大事だ」という趣旨の発言もしています。まさにその通りです。しかし、そちらの言葉は捨てられ、ひたすら「法的安定性は関係ない」という発言にのみ非難が集中しています。このような言葉の片言隻句を取り上げて攻撃されたら、誰でも自由は発言などできなくなってしまいます。これをマスコミによる「意図的な情報操作」「魔女狩り」と言わずして、何と表現すればよいのでしょう。要するに、攻撃するのに都合のよい文言だけをピンポイントで取り上げ、攻撃する。これら赤い「社会の木鐸」たちは、決して木を見て森を見ようとはしないのです。

民主党政権時の官房長官発言

 嘗て、民主党が政権を取ったとき、当時の仙谷由人官房長官は次のように発言しました。

仙谷由人官房長官(当時)の発言

 憲法解釈は、政治性を帯びざるを得ない。その時点、その時点で内閣 が責任を持った憲法解釈論を国民のみなさま方、あるいは国会に提示するのが最も妥当な道であるというふうに考えている

 この記事は、朝日新聞のグローブ(GLOBE)というというところに現在でも掲載されています。しかも、ナレーション的に「8日、菅政権の組閣発表の会見。官房長官に決まった仙谷由人は、よどみない口調でこう述べた。」なんていうフリまでついています。もちろん写真入りで、「法令解釈担当となった仙谷由人新官房長官=6月8日、川村直子撮影」と明記されています。
【実際の朝日新聞GLOBEの記事は→こちらから
 要するに、鳩山内閣と同じく、内閣法制局長官に憲法解釈などの国会答弁をさせない方針を続ける、その理由の説明だったのです。前行政刷新相の枝野幸男が兼ねていた「法令解釈担当」を自分が引き継ぐとも表明したということです。
 このように、憲法の解釈を時の政権の官房長官がすべて行う、そしてその解釈は時の政権によって政治性を帯びざるを得ない、と発言しているのに、当時の朝日新聞や毎日新聞は全く噛み付いていないのです。

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 それどころか「官房長官に決まった仙谷由人は、よどみない口調でこう述べた」とか、「首相や大臣が答弁に行き詰まると、すっくと立って法解釈をそらんじ、難局を乗り切る。そんな場面がよくあった。」と、手放しで官房長官を褒めたたえてさえいるんです。
 その同じ朝日新聞が、磯崎首相補佐官が「法的安定性は関係がない」といっただけで、狂ったように噛み付き、国会に喚問しろなんて言うんですから、到底、このようなマスコミを信用できるものでないことは明らかでしょう。
 民主党の政権時なら、法的安定性などどうでもよく、自民党政権になると「法的安定性」が金科玉条になる。その論理矛盾に国民が気づかないとでも言うのでしょうか。
 それほどに法的安定性が重要だというなら、仙谷官房長官になぜ厳重抗議と即時辞任要求をしなかったのでしょうか。人間として少しは恥というものを知るべきです。

国会議員の最大の任務は国民の生命財産を守ること

 そもそも国会議員の最大の任務とは何でしょう。言うまでもなく、国民の生命財産を守ることです。憲法を守ることよりも、国民の生命財産を守ることの方が大事なのです。憲法をしっかり守ったけれども、国民の生命や財産が外国の勢力によって蹂躙されたとするなら、本末転倒も甚だしいということです。ですから、議論の出発点は、「いかにして国民の生命財産を守るか」というところからスタートすべきなのです。
 上に述べたような不当な圧迫を続ける中国や北朝鮮という顕在化した脅威に対して、どうしたら国民の生命財産を守れるのか、その一点に絞って絞って議論すべきなのです。これをせずして「違憲」だの、「戦争法案」だのという論議をしているから不毛な論議になるのです。もはやこういう神学論争をしている暇はないのです。
 私は、こういう不毛な論議を展開している野党やマスコミの人たちに聞いてみたい。「今こうしてくだらないバッシングをしている間に、中国漁船と名乗る船団が尖閣諸島に大挙して押し寄せ、その中の数隻が船舶事故や緊急避難と称して上陸を始めた。その時中国軍が自国民の保護と称して上陸を始めた時、日本は一体どのように対応するのか」と。(敬称略)

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