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大相撲、ケガの未然防止に努力すべきです

大相撲、ケガの未然防止に努力すべきです

3横綱含め7力士休場の異常事態

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 大相撲秋場所は、稀勢の里と鶴竜の両横綱に続き、白鵬まで休場するとあって、秋場所の興味は、大いに減退してしまいました。相撲協会に正式な資料が残っている昭和以降では初めての事態だそうです。かくなる上は、高安に優勝の夢を、と期待していたところ、これまた二日目の玉鷲戦で右太ももを負傷し、3日目からの休場が決まりました。対戦相手の玉鷲も右足首を負傷してしまいました。
 高安を含め、何と幕内7人の力士が休場となる異常事態です。

負傷者増加の原因

 なぜこれほど負傷者が多いのでしょうか。角界のOB達からすれば「ふがいない」とか「鍛え方が足りない」とか、かなり厳しい意見もあることでしょう。
 私は、勝手ながら、その理由として、次のような事情があるのではないかと思っています。
① 全体的に、力士の体重が重くなっていること。
② 土俵周りの高低差により、重量化に伴う転落時のケガが増えていること。

重量級力士が増えている

 先ず、力士の体重について考えてみましょう。私が小学生の頃ですから、昭和30年頃だと思います。相撲人気は、今を上回っていたと思います。栃錦が横綱を張り、若乃花(初代)が大関から横綱に昇進する頃の話です。小学生の私も相撲が大好きで、熱心にラジオに耳を傾けて聴いていたものです。既にテレビ(もちろん白黒)はありましたが、わが家にはありませんでした。というより、テレビそのものが極めて珍しく、かなりのお金持ちの家にしかテレビなどなかったんです。

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 小学生の私たちは、学校帰りにテレビのある家に入り込み、相撲を観戦させてもらいました。小学生の厚かましさもあり、余り遠慮をした記憶がありません。というより、いつでも先客が何人かいて、皆相撲観戦をしていたんです。その頃の人気力士が栃錦と若乃花だったというわけです。
 今、当時の映像をビデオで見ると、現在の力士よりも一回りか二回り体が小さい、と感じます。記録を調べてみると、栃錦は132kg、若乃花は最高時でも105kgしかなかったそうです。69連勝の記録を残した不世出の横綱と言われた双葉山でさえ135kgです。
 ところが、現在の力士の平均体重は何と163.5kgだというんです。しかも、この平均体重、10年前に比べると約10kgも増えているというんです。これだけでも驚きです。
 私の実感からしても、現在の力士は、昔に比べて大型化していると感じます。この原因は、食糧事情の改善という背景があることは間違いないでしょう。私たちの小中学生の頃は、修学旅行に行く時は、各自米を持参するように言われていました。持参したコメを旅館に渡し、食事を作ってもらうんですね。
 当時は、それだけ食糧事情も悪かったということです。今は肉であれ、野菜であれ、食料はふんだんにあります。太りすぎに悩んでいる子供も多い時代ですから、食べ物が少なくて悩んでいる力士はいないでしょう。

▶▶▶栃錦・若乃花戦は、こちらから(当時と現在の体重差にご注目ください)

体重増はケガの原因に

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 体重増加の原因は、外国力士の増加も関係しているかもしれません。高見山や小錦など、外国人力士は、上背、体重ともに日本人の平均体重を大きく上回っていました。その大型力士に見劣りしないように、各部屋ともに力士の体重増加に力を入れたのかもしれません。
 いずれにしろ、力士の平均体重が163.5kgというのは、尋常ではありません。人間の体が、これほどの体重を支えるとなれば、相当の筋力をつけていなければ骨格がついていけません。高齢者で膝痛で悩んでいる人が多いですが、一般的に体重過多と膝痛、腰痛は密接な関係があります。力士は、日々稽古を積んで十分に筋肉を鍛えていますから、けがは少ないでしょう。が、それでも160kg超というのは、重すぎるように思います。
 秋場所2日目に高安が負傷しましたが、彼は倒れた時にケガをしたのではありません。玉鷲の寄りを徳俵で堪えていた時に起きたものです。高安本人は「肉離れです」と言っていましたが、稽古熱心な高安でさえ、相手の寄りを堪えるだけで肉離れを起こすんですから、相手から受ける重圧は相当なものがあると想像されます。これも力士の体重増と相手の圧力を受け止めきれない筋肉の悲鳴なのかもしれません。

土俵の高低差による負傷

 稀勢の里は、今年の春場所、日馬富士戦で寄り倒しで初黒星を喫した際、土俵から転落し、左上腕部を損傷しました。その場所は、痛みをこらえながら何とか優勝を勝ち取りました。しかし、その後は、この傷が治りきらず、途中休場や全休を繰り返すという惨憺たる結果になってしまいました。

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 私は、いつも思っているんですが、この土俵の高さが非常に気になって仕方がないんです。平均体重160kgの力士が組み合ったまま、土俵下に転落したら、ケガをしない方が不思議というものでしょう。
 力士は日頃鍛えているから大丈夫、という人も多いでしょう。しかし、各部屋の土俵ってどうなっていますか。平場ですよね。本場所と同じ高低差のある土俵で稽古をしている部屋はないはずです。つまり、転落の練習なんてしていないんです。土俵を割っても、他の力士にぶつかるか、板塀にぶつかるか、くらいです。
 ところが本番になっていきなり高低差のある土俵で相撲を取るんですから、これは厳しいと思います。
 確かに、土俵は昔からの伝統に基づいて作られているから、という言い方もあります。しかし、四隅の柱だって、観客から見えにくいというので、取り払い、頭上に上げてしまいました。これも格式よりも、時代の流れに合わせたものということができます。
 ならば、土俵のあり方だって、力士の体重増に合わせて改革してもよいのではないでしょうか。

どのように改革するか

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 では、どのように改革すればよいのか。一つは、高低差を少なくする。具体的には、高低差を今の半分くらいまで少なくする、という方法が考えられます。この場合、砂被り席からみて、砂の飛ぶ距離が短くなりますから、若干、興ざめするという観客がいるかもしれません。また、伝統を重視する観客から不満が出るかもしれません。
 ならば、仮に転落しても、ケガをしない、いやケガ人が少なくなる方法を検討すべきではないでしょうか。
 具体的には、土俵周りの平地に発泡スチロールを敷き込み、転落しても、ケガをしないようにするんです。発泡スチロールなんて、いかにも安っぽいというなら、安っぽく見えない色使いもできます。食堂の店頭に並んだ食品サンプルの色遣い、素晴らしいじゃありませんか。発泡スチロールに本物の地面と同じ配色にするなんてこと、そう難しいことではないはずです。また、発泡スチロールでなく、厚いラバーシートを敷き詰めるなんて方法も考えられます。
 そして、敷き詰めた後は、砂を撒き、見た目にはこれまでと全く変わらないようにするんです。160kg同士が転落して受け止められるようにするんですから、かなり厚めのシートでないといけませんが、日本の優秀な技術力を使えばさまざまな工夫ができるはずです。
 稀勢の里のような、稽古の鬼と言われる力士でも転落によりケガをするんですから、この際、相撲協会としても、何らかの対策を講じるべきだと思います。このような対策を講じたからと言って、相撲人気に陰りが出るということはない筈です。むしろ、転落により、稀勢の里のような人気力士が何場所も休場する方が、はるかに損失が大きいはずです。また、重量力士も、転落を気にせず、土俵際で思い切り力が出せるようになるのではないでしょうか。

新たな人材発掘に向けて

 最近の相撲を見ていて感じるのは、日本の国技なのに、なぜもっと日本人横綱が誕生しないんだろう、という疑問です。稀勢の里が横綱になるまで、3横綱はすべて外国(モンゴル)出身でした。多くの日本人が日本人横綱を待望していたはずです。やっと稀勢の里が横綱になり、日本人がホッと胸を撫で降ろしたときに転落休場、というのではやり切れません。

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 そもそも日本人と外国人力士、特にモンゴル出身の力士とに違いはあるのでしょうか。ハングリー精神の違い、というだけは片づけられない何かがあると思います。
 この点について、ジャーナリストの鵜飼克郎氏は、次のように述べています。
「特定のスポーツが発展するか(素質のある子供や青年が、どのスポーツを選ぶか)どうかを左右するのは、アマチュア競技人口の規模だ。
 プロを頂点にして社会人、大学、高校、中学、小学と、競技人口のピラミッドの裾野が広がるほど、そのスポーツ全体が発展していくことは、細かい説明を抜きにして理解していただけるだろう。そのため、日本で主流をなすスポーツの「中央競技団体」は、それぞれのやり方で裾野を広げる努力を続けている。」(月刊WILL2016、11月号276頁)。
 確かに、私の子どもの頃は、学校のグラウンドで子供たちが相撲を取るなんてこと、当たり前の風景でした。また、秋祭りなど、村の催しがある時に、子供相撲大会が行われるのは普通のことでした。私も5人抜きをして鉛筆を2本か3本、賞品にもらったなんて記憶があります。
 鵜飼氏は、今の日本相撲協会は、中学校体育連盟や日本相撲連盟、学生相撲連盟に協力金や分担金を出すだけだと言います。強い力士を輩出するためには、小学・中学時代から、「相撲取りになりたい」、という憧れの職業にする必要があります。日本相撲協会には、日本サッカー協会や日本水泳連盟の例に習い、裾野から日本人力士を養成する組織づくりを、是非ともお願いしたいものです。
 力士の引退後の仕事が、年寄株をもらって部屋を持つことだけ、それがだめならチャンコの店を出すだけ、というのではあまりにも寂しすぎます。小学校や中学校、高校で未来の横綱をめざして努力する豆力士の指導ができるよう、力士の活躍できる範囲を広げてあげることこそ、協会の重要な任務なのではないでしょうか。日本の国技なんですから遠慮する必要などありません。
 1人でも多くの子供たちが、誇りをもって相撲の世界に入ってこられるよう、是非とも、広範な組織づくりと力士の職域拡大を願うばかりです。(H29・9・13記)

 
 

 

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