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皇位継承策は、二案でなく三案です

皇位継承策は、二案でなく三案です

皇位継承策は3案あった 

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 安定的な皇位継承策を検討する政府の有識者会議の最終報告書(以下、単に「報告書」と記載)については、昨年12月22日に報告が出され、同日のテレビ報道や翌日の新聞報道で、その概要を知ることができました。
 いちいち報告書の内容を点検する暇もないので、私は、その報道で概要をつかんでいました。その時の報道によれば、この有識者会議の結論は、安定的な皇位継承策として「2案」を提示した、と報じられていました。私も、新聞報道をよく読み、2案しかないのだな、と理解していました。
その2案とは、
 ①内親王・女王が婚姻後も皇族の身分を保持することとすること
 ②皇族には認められていない養子縁組を可能とし、皇統に属する男系の男子を皇族とすること
の2案です。
 しかし、先日、青山繫晴氏のYoutubeチャンネル「僕らの国会・第261回」を視聴していたら、報告書が提起したの2案ではなく、3案だったということが分かったのです。え?と、びっくり仰天です。マスコミに騙されるのは慣れっこになっていますが、それにしても、どの報道でも、「2案」と言っており、「3案」と言っている報道は見たことはありませんでした。改めて私が取っている読売新聞の当時の切り抜きを仔細に点検してみると、確かに最後の方に、わずか5行で、第3案が次のように記載されていました。

2021年12月23日付け読売新聞の報道

 この2案でも、皇族数が確保できない場合、旧皇族の男系男子を法整備により直接皇族とすることを第3案として示した。

 しかし、読売新聞の見出しには「皇族数確保2案併記」の大見出しが踊り、サブタイトルでも、「女子の結婚後も皇族」「旧皇族男子を養子に」の文字が表記されているのみで、「旧皇族の直接復帰」に関する記述はありません。
 このようにして、またしてもマスコミ報道によって、私自身も2案しかないものと洗脳されてしまっていたのです。多くの国民も、2案しか提案されていなかったと思っているのではないでしょうか。

あの竹田恒泰氏でさえも?

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 私は、青山繁晴氏のYoutubeにより、事実を知りましたが、その後、1月10日、「虎ノ門ニュース」を見ていたら、皇室情報に詳しい竹田恒泰氏が皇位継承策について、この報告書に触れ、「2案」あると述べておられました。皇室情報通の竹田さんですら、2案しかないと思っているのだろうか。それとも話を簡略化するため、敢えて第3案を省略しているのだろうか、と疑問に思った次第です。
 確かに第3案については、1案、2案の二つを検討し、それでも十分な後継者を確保できない場合に限り、第3案についても検討すべき、という位置づけになっていることは確かです。が、検討案として3案が併記されていることは間違いありません。

 第3案の内容について、調べるのは面倒と思われる方もおられると思いますので、少し長くなりますが、以下に記載させていただきます。
 私は、個人的には、旧皇族を直接皇族に復帰させるという第3案も、十分に有力な案として検討すべきだと思います。なぜなら、旧皇族が皇族から追われたのは、GHQが「将来的に皇室を解体するため仕掛けた時限爆弾」である、と理解しているからです。
 現在のような皇室制度のままでは、皇統が絶える可能性は決して低くはない、と言わざるを得ません。不謹慎を承知で言えば、例えば、秋篠宮ご夫妻の長男で中学生の悠仁(ひさひと)さまが天皇になられた場合、適当なお相手が見つからない、あるいは結婚されてもお子様に恵まれない。お子様が生まれても女の子だけのこともありうる。不慮の事故やご病気により崩御される可能性もありうるなど、さまざまな可能性があります。
 その意味からも、本来ならGHQが去った後、彼らによって敷かれた制度を、早急に旧に復すべきだったのです。ただ、実際には、当時の社会情勢がそれを許さなかった、ということなのでしょう。それほどにGHQの占領政策、つまり洗脳政策は、強烈だったのです。
 その強烈な政策の一例にWGIP(ウオーギルトインフォメーション)というものがあります。このWGIPとは、次のようなものです。

GHQの厳しい言論統制の内容

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 終戦直後の昭和20年9月、占領軍GHQは、自由な言論を統制するため、「日本人に与うる新聞遵則」なるものを定めます。この遵則は、通称「プレス・コード」と言われ、ここには新聞社が守るべき30項目が列挙されていたのです。
 ここで、禁止項目の一部のみ列記してみましょう。

WGIPで定められた禁止項目(一部のみ)

・GHQに対する批判
・極東国際軍事裁判に対する批判
・GHQが日本国憲法を起草したことに対する批判
・検閲制度への言及
・アメリカ合衆国への批判
・ロシアへの批判
・英国への批判
・朝鮮人への批判
・中国への批判
・その他連合国への批判
・満州における日本人の取り扱いについての批判
・ナショナリズムの宣伝
・神国日本の宣伝
・戦争犯罪人の正当化及び擁護
・占領軍軍隊に対する批判
・解禁されていない報道の公表

等々、30項目が列挙されていたのです。この内容を見れば、現在の中国共産党も真っ青になるというレベルの強烈な規制、言論弾圧がなされていたのです。
 ここに定めるもののほか、一般国民の文書すらすべて検閲の対象とされていました。すべての国民の電話や手紙が、盗聴や開封の対象となっていたのです。
 要するに、日本が二度とアメリカに歯向かうことが出来ないように、日本人の精神性の基盤となっている「武士道」を排除させ、憲法をはじめ、教育に関する法律も変え、罪悪感を持たせ続けさせることで、占領・支配をしやすくするための計画だったのです。

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 占領軍は、皇室についても廃止しようとしましたが、これをやるとさすがに国民の反発が大きく、日本統治がうまくいかないと考え、マッカーサーは、むしろ占領政策を円滑に実施するために天皇を利用しようとしたのです。そして、占領政策終了後、皇室が次第に崩壊への道筋をたどるよう、後継となるべき皇族への歳費支出を打ち切ることにより、実質的に各宮家を皇室から離脱せざるを得ないように仕向けたのです。
 このような経緯により、現在、安定的な皇統の存続が危ぶまれる事態になっているのです。ですから、本来は、占領軍が撤退した時点で、旧に復すべきだったのです。しかし、当時の社会情勢は、それを許しませんでした。東大の学長から始まり、全国の主要な企業経営者や学校の先生に至るまで、徹底的に左翼思想の人物に置き換えられていったのです。いわゆるレッド・パージ、赤狩りと言うやつです。占領軍の思想に同調する人物しか主要ポストに就くことが許されなかったのです。
 日本憲法学の泰斗と言われた宮沢俊義東大法学部教授の「八月革命」説などその典型です。彼自身が主張していた「天皇が神意にもとづいて日本を統治する」とする天皇制が、「神権主義」から「国民主権主義」への転換という「革命」が起こったのだと説明したのです。要するに己の地位を守るための保身です。そうしなければ、学者でさえ厳しい時代を生き残れなかったのです。

第3案の内容とは

 では、第3案について、原文のまま、以下に記述しておきます。

(前略)

(2)皇族数確保の具体的方策
 では、皇族数を確保する具体的な方策としてどのようなものがあるのでしょうか。ヒアリングにおいてさまざまな考え方をお聞きし、議論を重ねていく中で、会議としては、以下の三つがその方策としてあるのではないかと考えるに至りました。
 (1)内親王・女王が婚姻後も皇族の身分を保持することとすること
 (2)皇族には認められていない養子縁組を可能とし、皇統に属する男系の男子を皇族とすること
 (3)皇統に属する男系の男子を法律により直接皇族とすること
 (1)内親王・女王が婚姻後も皇族の身分を保持することとすること
 悠仁親王殿下の世代に、悠仁親王殿下以外の皇族がいらっしゃらなくなる恐れがあるのは、現行制度が女性皇族は婚姻により皇族の身分を離れることとなっていることに、一つの原因があるものと考えられます。
 そこで、この制度を改めて、内親王・女王は婚姻後も皇族の身分を保持することとし、婚姻後も皇族としてさまざまな活動を行っていただくというのがこの考え方です。
 これは、明治時代に旧皇室典範が定められるまでは、女性皇族は皇族でない者と婚姻しても身分は皇族のままであったという皇室の歴史とも整合的なものと考えられます。和宮として歴史上も有名な親子ちかこ内親王(第120代仁孝天皇の皇女)は、徳川第14代将軍家茂との婚姻後も皇族のままでありましたし、家茂が皇族となることもありませんでした。
 また、女性皇族に婚姻後も皇族の身分を保持していただくことは、女性皇族が現在行っておられるさまざまな公的活動が継続的に行われていくことにつながり、担われるご公務の発展が期待されるとともに、関わっておられる行事や団体などの継続的発展の観点からも望ましいのではないでしょうか。
 ただし、この方策に反対する考え方もあります。その代表的なものは、女性皇族が婚姻後も皇族の身分を保持することが皇位継承資格を女系に拡大することにつながるのではないか、というものです。これは、女性皇族の婚姻後生まれてくる子(女性皇族の配偶者が皇統に属する男系の男子でない限り、父方で天皇と血統がつながらないので女系の子となる)にもしも将来皇位継承を認めることとなれば、それは女系継承になってしまうという考えです。
 この点については、女性皇族が皇族でない男性と婚姻しても皇族の身分を保持するという新しい制度を導入した場合、その子は皇位継承資格を持たないとすることが考えられます。また、配偶者と子は皇族という特別の身分を有せず、一般国民としての権利・義務を保持し続けるものとすることが考えられます。
 以上のような新しい制度とする場合でも、現在の内親王・女王殿下方は、天皇および皇族以外の者と婚姻したときには皇族の身分を離れる制度(皇室典範第12条)の下で人生を過ごされてきたことに十分留意する必要があります。
 (2)皇族には認められていない養子縁組を可能とし、皇統に属する男系の男子を皇族とすること
 養子は、皇族については、皇室典範第9条により認められていませんが、一般の国民には、民法(1896年法律第89号)に基づき広く活用されている制度です。
 実際の養子の目的はさまざまであり、十分な監護が得られるよう未成年の子のために行われる養子縁組もありますが、例えば家名・家業を継がせるという目的で、養子となるのにふさわしい人を、当事者間の合意により養子とすることも行われています。
 皇族数が減少する中で、皇族が養子を迎えることを可能とし、養子となった方が皇族となり、皇族の役割、皇室の活動を担っていただく、ということは採り得る方策であるものと考えます。その場合、皇族が男系による継承を積み重ねてきたことを踏まえると、養子となり皇族となる者も、皇統に属する男系の男子に該当する者に限ることが適切であると考えます。
 現行の制度では、婚姻により女性が皇族となることおよび皇族の夫婦から子が生まれること以外に皇族数が増加することはありません。未婚の男性皇族が悠仁親王殿下以外いらっしゃらない現状において、皇族が養子を迎えることを可能とすることは、少子化など婚姻や出生を取り巻く環境が厳しくなる中で、皇室を存続させていくため、直系の子、特に男子を得なければならないというプレッシャーを緩和することにもつながるのではないかと考えます。
 この方策については、1947年10月に皇籍を離脱したいわゆる旧11宮家の皇族男子の子孫である男系の男子の方々に養子に入っていただくことも考えられます。これらの皇籍を離脱した旧11宮家の皇族男子は、日本国憲法および現行の皇室典範の下で、皇位継承資格を有していた方々であり、その子孫の方々に養子として皇族となっていただくことも考えられるのではないでしょうか。皇籍を離脱して以来、長年一般国民として過ごしてきた方々であり、また、現在の皇室との男系の血縁が遠いことから、国民の理解と支持を得るのは難しいという意見もあります。しかしながら、養子となった後、現在の皇室の方々と共にさまざまな活動を担い、役割を果たしていかれることによって、皇族となられたことについての国民の理解と共感が徐々に形成されていくことも期待されます。
 また、皇位継承に関しては、養子となって皇族となられた方は皇位継承資格を持たないこととすることが考えられます。
 なお、養子となられる方が婚姻していて既に子がいらっしゃる場合においては、民法同様、子については養親との親族関係が生じないこととし、皇族とならないことも考えられます。
 (3)皇統に属する男系の男子を法律により直接皇族とすること
 この方策は、皇族というわが国において特別な立場について、養子のような一般国民に広く受け入れられている家族制度とは異なるアプローチで、新たなメンバーを迎えようとするものであるといえます。
 (1)(2)の方策と異なり、現皇族のご意思は必要としない制度であるという面もあります。他方、皇統に属するとはいえ現在一般国民である方が、現在皇室にいらっしゃる皇族方と何ら家族関係を有しないまま皇族となることは、国民の理解と支持の観点からは、(2)の方策に比べ、より困難な面があるのではないかとの指摘もあるところです。
 以上の(1)から(3)についての考察を踏まえると、皇位継承資格の問題とは切り離して、喫緊の課題と考えられる皇族数の確保を図る観点から、
 (1)内親王・女王が婚姻後も皇族の身分を保持することとすること
 (2)皇族には認められていない養子縁組を可能とし、皇統に属する男系の男子を皇族とすること
という二つの方策について今後、具体的な制度の検討を進めていくべきではないかと考えます。
 (3)皇統に属する男系の男子を法律により直接皇族とすること
については、(1)および(2)の方策では十分な皇族数を確保することができない場合に検討する事柄と考えるべきではないでしょうか。
 いずれにせよ一定の皇族数を確保することは必須の課題であるので、そのためには多様な方策が存在することが重要であるとの観点に立って検討を進めていくべきではないかと考えます。
(注:アンダーラインは筆者)

旧宮家の復帰こそ最良の選択

 以上のことから、私は、「旧宮家の復活」、すなわち第3案こそが最良の選択だと考えています。以下の文章は、私がこの欄で掲載したものであり、上記の文章と内容が重複する部分もありますが、ここに再掲します。
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 戦後、GHQによって、それまで皇族であった人たちが、事実上追放されました。事実上、と言うのは、経済的支援を打ち切られたからです。GHQ指令に「天皇は皇族に対して一切の金銭・財物の賜与・貸付をしてはならない」ことなど、さまざまな厳しい条件をつけたのです。
 皇族といえども、生活費がなければ、生きていけません。やむなく旧皇族の方々は、その地位を捨て、市井に溶け込んでいったのです。
 その中には東久邇信彦氏などもおられました。彼は、既に故人ですが、彼の母は昭和天皇の長女、成子様で、祖母は明治天皇の9女の聡子(としこ)様で、信彦氏自身、2歳まで皇族だった方です。こういった皇統の歴史を持った方々が、GHQの差配により皇籍を離脱せざるを得なかったのです。ですから、日本の歴史と伝統を守るなら、存命中の旧皇族の方々に皇籍復帰していただき、その中から後継となるべき人物を探索するというのが本筋と言うべきです。
 歴史や伝統というのは、一朝一夕になるものではありません。ましてや日本人の「精神的支柱」たる天皇制を廃止するなどもってのほかと言うべきです。
 たとえば、君主の肩書の呼び名ですが、ヨーロッパの国王はキング、女王はクイーンですが、日本の天皇陛下はエンペラーです。今でもエンペラーと呼ばれるのは、126代続く日本の天皇陛下以外にいないのです。それだけでも日本人にとっての誇りではないでしょうか。正に日本人にとっての天皇の存在は、日本国民全体の「精神的支柱」なのです。

残虐な米国の負の遺産に従う義務はない

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 このような私の主張は、時代錯誤の軍国主義復活者の思想などと言われるかもしれません。しかし、冷静に考えて、当時の日本が戦争に踏み切らざるを得なかったのは、米国による石油の禁輸などエネルギー資源を断たれたことに由来するものです。その後の歴史の検証結果に照らしても、日本がルーズベルト大統領によって、開戦に踏み切らざるを得ない状況に追い込まれたことは明らかです。
 しかも、在米の日本人は米国籍を有していた者まで、強制収容所に送り込まれました。日本に対する空襲も、木造家屋が密集している日本の実情を知悉したうえで、焼夷弾を使って、一般市民を焼き殺すことを狙ったものでした。最初に周辺を四角に焼き住民の退路を断ち、その中で逃げ惑う住民に対して焼夷弾を雨あられと投下したのです。このようにして全国の主要都市も焼き尽くされました。トドのつまりは、広島、長崎への原爆投下です。白人というものの残虐性は、筆舌には尽くしがたいものがあると言わざるを得ません。
 そしてその米国が、極東軍事裁判という茶番劇を演じ、A級戦犯などと称して日本人を断罪したのです。本来、断罪されるべきは、当時の国際法でさえ禁止されていた非戦闘員を大量に虐殺した米国なのです。日本の真珠湾攻撃でも、軍事施設のみを狙い、一般民家は避けていたことはが歴史の真実として明らかになっています。勝者が日本であったなら、日本を開戦へ引きずり込んだルーズベルトや原爆を投下したトルーマンは、真っ先に断頭台の露と消えていたはずです。
 その米国が勝手に潰そうとした皇統を、日本人が本来の姿に戻そうとしているだけです。決して復古主義や時代錯誤ではないはずです。私は旧宮家を復活することこそが、日本の取るべき正しい選択であり、未来を生きる日本人への責任でもあると確信しています。(令和4・1・14記)

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