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ブログ/2013-09-05

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昔の上司の奥様が事務所に来て下さいました

それは鳥取から始まった

 吉幾三の演歌に「その昔」、という曲があります。哀愁のあるいい歌ですね~。私の持ち歌でもあります。
 文字通り、その昔、私が建設省に入省したての頃、最初の赴任地が広島でした。その頃に知り合った上司がAさんです。彼は、その当時、鳥取工事事務所の用地課長でした。ですから直属の上司というわけではありません。
 私は、中国地方全域をカバーする用地の強制収用の担当者でした。強制収用の他に、地権者から損害賠償請求など、民事訴訟を受ける、要するに被告の立場になるなどということもしばしばありました。ですから鳥取の地方裁判所に行く機会も度々あったんです。窓口は、鳥取工事事務所用地課ですから、夜、A課長と夕食を共にする機会がしばしばありました。

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 そんな関係で、A課長とは家族的なおつきあいをすることになったんです。私は、役所の人事のローテーションに従い、3年3ヶ月の広島勤務を終え、本省に戻ることになりました。その後は、東京と鳥取ですから、交友関係は途絶え勝ちになっていました。
 その後、昭和56年ですから、私が32歳の頃に、彼が突然、倒れたというニュースが伝えられました。その時の状況がよく分かっていなかったんですが、今回、奥様の口から詳細を伺うことができました。
 それによれば、朝、自宅で倒れたそうですが、その時家の中で1人でいたため誰にも気づかれず、夕刻まで昏倒したまま過ごすことになったそうです。奥様が、夜帰られたときに初めて気づき、即刻、入院させたそうですが、余りにも時間が経ちすぎていました。

 脳出血、という診断だったそうです。脳出血の状態で丸1日を過ごせば、その結果が悲惨なものになるのは、説明を要しないでしょう。当然のように、本人は寝たきり状態となり、妻や子供も認識できない状態になってしまったんです。

脳出血でも戻る意識

 私も、病室に見舞ったことがあります。病室に入り、本人の顔を見ると、彼は本当にびっくりしたような顔をして、思わず身を乗り出そうとしたんです。その時は、一瞬、「あれ~、正常じゃない。全然惚けてなんかいないじゃないか」と思った程です。しかし、すぐに、状態は元に戻り、「あなたはどこのどなた様ですか?」というような状態になってしまうんです。

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 人間の体って本当に不思議でもあり、残酷でもあります。目ははっきり見えているのに、毎日顔を見ていた妻や自分の子供ですらも、認識できなくなってしまうんですもんね。それだけ人は儚い存在でもあるということですね。
 遺伝学者の木村資生さんが言っています。「生物が生まれる確率は、1億円の宝くじに100万回連続して当たるのと同じくらいすごいことなんだ」と。

 確かにその通りだと思います。私達の体は約60兆個の細胞から成り立っています。一個の細胞内は、核と外液で構成されているわけですが、この外液の中は物質の運搬や分泌を行うゴルジ体、タンパク質の合成を行う小胞体、それにミトコンドリアで満たされているとされています。このミトコンドリアだって、一つの細胞内に数百から数千個もある、太さ0.001ミリメートルの極少の器官です。0.001ミリですよ。そんな小さな器官が、私たちが活動するためのエネルギーを作り出しているというんでから驚きです。更に、内側の核部分は、二重螺旋構造からなるDNAが組み込まれている。しかも、この二重らせん、その長さは全部つなぎ合わせると地球を二回りするほどの長さだと聞いたことがあります。本当に、生命の神秘は、その真実が分かれば分かるほど、その深淵性は増すばかりです。
 「1億円の宝くじに100万回連続して当たるのと同じくらいすごいこと」、この言葉、十分に納得できますね。そういう観点からも、私達は人間に生まれついた幸運に心から感謝し、命の尊さを噛みしめるべきだと思います。

奥様の苦労と不憫な三姉妹

 ご主人が倒れたとき、奥様は、3人の学童児を抱え、途方に暮れたそうです。それはそうです。女手1つで、学齢の3人の子供を養っていくんですから並大抵の苦労ではありません
 何かをしなければ、子供達の学業を続けさせることはできない。何をするべきか、必死で模索したそうです。その時に思いついたのが「木彫り」だったんだそうです。人に教えてお金を頂くのは大変だけれど、「これしかない」と思いを定め、自宅の庭にプレハブ小屋を建て、「木彫り教室」のチラシを作り、生徒を募集したんだそうです。
 一時は60人位の生徒さんがおられたそうですが、今は、子供さんも成人し、独立しているので、30人位に絞っているそうです。私には評価する能力は全くありませんが、読売文化教室とか、そういう場でも講師を務められているそうですから、腕前はすばらしいんだと思います。
 そういえば、昔、私達が東京の小平市に住んでいた頃、Aさん一家が当家に遊びに来てくれたことがありました。その時に頂いた木彫り、これが今でも私の家の茶箪笥に鎮座しています。

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 今回もまた、木彫りの品を頂いてしまいました。両方とも木彫りのペンダントとネックレスです。右の写真がそれです。

 それはともかく、Aさんが亡くなったとき、3人のお嬢さん達は、皆高校生、中学生位だったと思います。いわゆる三姉妹というやつで、世間的には羨ましいような子供達です。子供の頃しか覚えていないんですが、本当に可愛らしい三姉妹でした。
 私も、不憫に思い、不肖私儀、娘さん達が卒業したときか入学したときか、定かには覚えていないんですが、父親代わりに、各人にささやかな記念にと、プレゼントをしたという記憶があります。
 長女が、新宿北口地下にある資生堂のお店で働いているというのを聞いて、そっと様子を見に行ったこともありました。元気で働いているのを通行人の振りをして拝見しましたが、声をかける勇気はありませんでした。

Facebookで若い女性から友達リクエスト

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 先日、私のFacebookに若い女性から友達リクエストが届いていました。若い女性がジジイに友達依頼をするはずはありませんから、単なるいたずらか、風俗関係の女性か、と疑いました。
 それでも一応、この女性はいかなる人物なのかとジーッと凝視しました。そしたら、何だか、見覚えのあるようなないような不思議な感覚がよみがえってきたんです。そして、「もしかしてAさんの・・・?」と思ったんです。それで、「もしかしてお父さんは昔建設省に勤めていた方ですか?」と聞いてみたんです。
 そしたら、「そうです。Aの娘です」と言うではありませんか。イヤー、びっくりしました。まるで、浦島太郎の物語を地で行っているようなものでした。既に息子さんが4人もおられて、皆さん剣道をしているスポーツ一家とのこと。今では、ちょくちょく彼女のFacebookを読ませて頂いています。
 長女のみはるさんも、Facebookをしているので、私も一応、「お友達?(笑)」ということにさせてもらい、時々、Facebook上でメール交換をさせてもらっているという次第です。

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 三女は、Facebookをされていないとのことですが、息子さん1人のお母様になられているとのことでした。
 今年のお盆に、お母さんの元に集まったときに、偶然、私のことが話題に出たそうです。そして「島田さんならFacebookをしてるかもしれない」ということになり、その場で検索したら出てきた、ということでした。お盆の時に、私のことを思い出してくれたのは、亡くなったお父上の力によるものではないかと思っています。
 偶然とはいえ、3人とも、それぞれ立派に独自の道を歩まれておられるということを知り、心から嬉しく思っています。この姿を天国のお父さんにも、是非見せてあげたかったですね~。叶わぬ夢ながら、「Aさん、大事にしていたお嬢さん達はみんな逞しく立派に生きてますよ~」と伝えてあげたい気持ちで一杯です。



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