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ブログ/2014-04-02

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市ヶ谷の桜も見てきました

駅前の桜

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 今年は、東京の桜と我が町幸手の桜がほぼ同時に満開になりました。こんなことは今まだありませんでした。幸手の桜は、都内の桜から必ず1週間遅れ、というのがこれまでの当地の常識でした。ほぼ同時になったということは、埼玉県の気温上昇が著しかったということになるのでしょうか。気の短い人が多く集まっているから、湯気が立ち上って気温上昇したのかもしれませんね。
 ところで、今日は仕事で都内、市ヶ谷に行ってきました。2日前に満開情報が出ていましたから、ちょっと遅いかなと思いましたが、何の何の、ご覧いただけますように、まだ十分に鑑賞に堪えるレベルでした。

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 右上の写真は、JR市ヶ谷の駅を降り、靖国通りに向かうところです。右側が靖国神社や逓信病院のある方角です。と言っても、知ってる人は知ってますが知らない人は知りませんから、先ず、地図でお示ししますね。アルカディア会館が作成した地図を使わせて頂きます。
 この地図で、桜の並木が描かれていますが、この部分です。この桜の並木を背景に撮ったのがこれです。

外濠の桜も満開でした

 次に、市ヶ谷橋の上で、橋の上下を写したのが下の写真です。もっともこの外濠、名前の通り、江戸城の「外堀」ですから、川と違い上流、下流の区別がありません。敵の侵入を困難にするための目的で作られたものですから、流れるということを想定していないんだと思います。ということは、浄化作用がなくなり、汚れる一方ということになります。しかし、内堀、外堀が汚くて悪臭ぷんぷんだったという記憶がありません。

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 ということは、きっとどこかで河川の水を導入し、どこかに排出する仕組みがあるに違いありません。それがどこなのかは分かりません。これだけ大量の水を浄化するのであれば、相当膨大な量の水量が必要になるし、河川同様に水の流れが見えないというのはおかしいですよね。でも皇居のお濠や、ここ市ヶ谷のお濠でも、河川のような流れは見られません。それなのに悪臭ぷんぷんということもない。

釣り堀まである

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 それどころか、右の写真でご覧いただけますでしょうか。釣り堀までもあるんです。目を凝らしてみれば、写真中央に釣り糸を垂らしている親子が見えるはずです。この釣り堀、その昔、私が向学心に燃えてパチンコ屋に通っていた頃からありますから、かれこれ50年以上は存在しているのではないでしょうか。
 そうそうパチンコといえば、私が初めてパチンコ屋に行った時のことです。最初にパチンコの玉を購入する必要があります。挿入口に100円玉いくつかを入れました。ジャラジャラと玉が出てきました。そこまではいいんです。その玉を取り出すために手を突っ込んだんです。でも、なかなか取り出すことができないんです。玉の出てきた筒が邪魔なんです。少しづつ取り出そうとしたんですが、どうもうまくいかない。
 故郷の那須にもパチンコ屋はありましたが、当時、高校生でも喫茶店ですら出入りすることは許されていませんでした。学校から、「喫茶店は「不良」の出入りするところ」とされていたからです。不良なんて、懐かしい言葉ですね~。そんな所、まじめで純情を絵に描いたような私が出入りできるはずがありません。ましてやパチンコ屋なんて論外でした。

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 パチンコ初心者なんて思われるのは沽券にかかわるので、2,3個ずつ取り出していたら、隣のおじさん、助け船を出してくれました。この筒を下から持ちあげ、両手で受けるんだよ、というわけです。なるほど!頭いい~と思いました。
 ところで、この釣り堀。皆さん釣った魚を持って帰るんでしょうか。どう見ても、今夜のオカズにするために釣っているとは思えません。多分、釣ったっ魚は池に戻すんでしょうね。要するに、釣るという行為自体を楽しみに来ているのではないでしょうか。そうでなければ、東京のど真ん中で釣りなんかしようと思わないですよね。定年になり、行くところがない、高齢のおじさん族も多いんじゃないでしょうか。

市ヶ谷は私の結婚式の場所です

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 この市ヶ谷、その昔、市ヶ谷会館というところがあったんです。正式には防衛庁市ヶ谷会館という名前で、防衛庁の共済会館のようなものだったんですね。私の叔父がそこで働いていた関係から、私の結婚式はこの市ヶ谷会館だったんです。
 結婚式の当日、11月17日は、佐藤栄作首相の訪米予定日だったんです。訪米の目的は、日米安全保障条約が期限切れとなる1970年を目前に控え、安保条約の継続をアメリカと協議することだったんです。ところが、当時の過激派組織、全共闘・新左翼諸派が、これを阻止するため、中核派、解放派等を中心とした武闘派がゲバ棒や火炎瓶で武装した行動隊を羽田空港に送り込んだんです。佐藤総理も当初の予定を変更し、急遽、防衛庁の市ヶ谷駐屯地からヘリで羽田に向かうことになったんです。そんなこんなの影響で、さまざまな交通機関のダイヤがズタズタになってしまったんです。結婚式の来賓客も定刻通りにつかない人もおり、大変な目に会った記憶があります。

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市ヶ谷にもお寺がありました

 そんな市ヶ谷ですが、こんな駅近くにお寺があったんですね。若い頃はお寺なんて興味がありませんでしたが、70歳を過ぎ、間もなくお世話になるところだと思うと、なぜか愛しく感じられ、思わず立ち寄ってしまうんです。
 「市ヶ谷亀ヶ岡八幡宮」という名前です。境内に行こうとしたら、いきなり急階段です。この急勾配結構きつかったですね~。それも62段です。息を切らして登ってみると、境内は意外と手狭。でも、近くのサラリーマンやらOLの集団がお昼のお弁当をもちより、車座になって食事をしていました。中年や老年のサラリーマンもいましたが、だいたい一人でポツンとしているんですね。ところが、若い女性は、だいたい群れている姿が多いですね。
 そもそも、男というのは、現役の頃から孤独なんですね。そういう私も、群れているよりも、1人の方が落ち着きます。女性は、狩猟時代から、子育てという重要な仕事がありますから、留守を守る、従って、女性同士群れ合い助け合って生活してきたというDNAが体に染みついているんだろうと思います。

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 確かに私の数少ない女性経験(あちらの経験ではありません)によれば、女性は必ず群れる、そして必ずそこにはボスが出る。5人以上になると、グループは2つに分割する。これが私の経験則です。そして、職場の異動を極端に嫌がる、これも女性の特性のようです。井戸端会議という言葉があるように、長屋の井戸端で、洗濯などしながらおしゃべりをするというのは、女性の本能であり、楽しみの一つなのかもしれません。その習性に馴染めない少数派が、仲間外れにされたり、かなりつらい思いをするということになるのでしょう。
 このお寺、写真で見ると広そうですが、意外と手狭です。敷物を広げるような場所はここしかありません。それでも桜はどれも満開でした。本来ならここで一句、「ひさかたの光のどけき春の日に しづ心なく花の散るらむ」位の俳句が読めればいいんでしょうが、何せ当方、無教養に古カビが生えたような人間ですから、花より団子の口です。「ひさかたのさくらにおもうさけのあじ こよいもいかむはなはるのさけ」位しか思い浮かびません。え?あなたも同じレベル?同輩がいてよかった~。

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